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2024.12.26

「会社法の改正に関する報告書(案)」の公表(経産省・「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会)

<目次>
1. 経緯
2. 報告書(案)の枠組み
3. 報告書(案)で言及された会社法改正の方向性等(概要)
(1) 価値創造ストーリーの実行(価値創造ストーリー実現に資するソフトインフラの整備)に関する改正
ア 従業員・子会社の役職員に対する株式の無償交付
イ 株式対価M&Aの拡大(株式交付制度の拡充)
ウ キャッシュ・アウト制度(株式等売渡請求の要件緩和)
エ 社債権者集会のバーチャル化
オ 責任限定契約(業務執行取締役・執行役との間の締結)
(2) 価値創造ストーリーの構築(取締役会/経営陣の体制・仕組み)に関する改正
ア 機関設計制度
(3) エンゲージメント(対話の実質化・効率化)に関する改正
ア 実質株主の情報開示制度
イ 一体開示
ウ バーチャルオンリー株主総会
エ 株主提案権
オ 書面決議制度
カ 株主総会の在り方
(4) その他
4. おわりに

1. 経緯

 2024年12月19日、経産省に設置された「「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会」(以下「本研究会」といいます。)が、「会社法の改正に関する報告書(案)」(以下「報告書(案)」といいます。)を公表しました。
 同年9月18日から開催されている本研究会は、日本企業の収益力の強化と中長期的な企業価値向上を目的としたこれまでのコーポレートガバナンス改革を通じて、多くの企業で社外取締役の選任や指名委員会・報酬委員会の設置が進むなど、形式面においては一定の成果が見られているものの、今後は日本企業の「稼ぐ力」の強化に結びつけるための更なる取組を検討することが重要であるとの考えから、以下の検討結果を公表することを目指していました。

  • コーポレートガバナンス改革の在り方に関する取りまとめ(令和7(2025)年3月目途)
  • 会社法の改正に向けた検討事項に関する報告書(令和6(2024)年12月目途)

 今般、上記のうち「会社法の改正に向けた検討事項に関する報告書」の案文が公表されたことになります。

2. 報告書(案)の枠組み

 報告書(案)は、日本企業が激化するグローバル競争を勝ち抜くためには、自社固有の価値創造ストーリーを構築し、投資家との建設的なエンゲージメントを通じてその価値創造ストーリーを磨き上げ、価値創造ストーリーを実現していくことが求められることから、企業の「稼ぐ力」の強化に向けて、価値創造ストーリーを実行するための企業の選択肢の拡大企業と株主との意味のあるエンゲージメントの促進(対話の実質化・効率化)等に資する会社法制の見直しを早期に図ることが重要であるとしています。
 かかる考え方から、報告書(案)は以下の3つの枠組みのもと、会社法改正の方向性等について提言していますので、3.において各改正の概要についてご紹介いたします。
 ①価値創造ストーリーの実行(価値創造ストーリー実現に資するソフトインフラの整備)
 ②価値創造ストーリーの構築(取締役会/経営陣の体制・仕組み)
 ③エンゲージメント(対話の実質化・効率化)

3. 報告書(案)で言及された会社法改正の方向性等(概要)

(1) 価値創造ストーリーの実行(価値創造ストーリー実現に資するソフトインフラの整備)に関する改正

ア 従業員・子会社の役職員に対する株式の無償交付

【現状】 令和元年の会社法改正により取締役及び執行役に対してのみ株式の無償交付が認められた(会社法202条の2)。したがって、現在の実務では、従業員や子会社の役職員に対する株式付与は金銭債権を会社に現物出資する等の方法で行われている。かかる方法には実務上の負担があると指摘されている。

【改正の方向性】 従業員や子会社の役職員に対する株式の無償交付を認めることを通じて、企業価値や株価への意識向上及び帰属意識の醸成を図り、もって人材の価値を引き出す。

【課題・障壁】 株式価値の希釈化による既存株主の利益が害されるおそれから無償交付に際しては株主総会決議を必要とすべきとの意見がある。

イ 株式対価M&Aの拡大(株式交付制度の拡充)

【現状】 令和元年の会社法改正により創設された株式交付制度(会社法774条の2以下)は国内株式会社の子会社化のみを対象としている。したがって、①外国会社の子会社化や、既に子会社株式の追加取得、及び実質基準による子会社化(※)を行う場合には株式交付制度の利用が認められていない。また、②株式交付に反対する株式交付親会社の株主には株式買取請求権が認められており、不測の金銭支出が株式交付親会社に生じ得る。

【改正の方向性】 会社法改正により株式交付に係る上記①及び②の指摘を解消することで、株式対価M&Aを活性化する。

※ 議決権の保有割合が50%以下でも派遣役員の割合等の一定の要件を充足すれば「子会社」となる。

ウ キャッシュ・アウト制度(株式等売渡請求の要件緩和)

【現状】 上場会社の完全子会社化に際しては、二段階買収(公開買付けとキャッシュ・アウト)による実務が定着している。二段階目のキャッシュ・アウトの方法として、①株主総会における3分の2以上の議決権による承認が必要な株式併合及び②買収者が議決権の90%以上を保有している場合に取締役会決議により実施できる株式等売渡請求がある。このような現状に関して、(i)公開買付けで3分の2以上90%未満の株式を買収者が取得した場合には、キャッシュ・アウトが確実であるのに①の株主総会の開催が必要となり、時間的・手続的コストが発生している。また、(ii)複数の買収者(例えばMBOにおける代表取締役とPEファンド等)が保有する議決権を合算することができれば、単独で90%の議決権を有していなくても複数の買収者の保有する議決権を合計すれば②の株式等売渡請求の要件を満たす場合があった。

【改正の方向性】 株式等売渡請求の議決権要件を3分の2に引き下げ、また、複数の株主の議決権の合算を可能にすることにより、買収に要する手続を合理的・効率的な制度とし、もって企業価値を向上させるうえで有用なM&Aを促進する。

エ 社債権者集会のバーチャル化

【現状】 現状において社債の発行が限定的であるところ、コベナンツの内容が社債権者保護の観点で不十分であったことが要因にあげられる。実効的なコベナンツを付与すると、発行会社がコベナンツに抵触する機会が増加し、社債権者は社債の償還や支払猶予等の迅速な判断が求められ、多くのケースでは社債権者集会の決議が必要となる。現行法上、社債権者集会をバーチャルで開催することはできず機動的な開催の障壁となっている。

【改正の方向性】 バーチャルオンリー株主総会やハイブリッド型株主総会と同様の制度設計とすることで、迅速かつ機動的な社債権者集会の開催を可能とし、企業の成長資金調達の重要なツールの一つである社債市場を活性化させる。

オ 責任限定契約(業務執行取締役・執行役との間の締結)

【現状】 現行法上、業務執行取締役以外の取締役、会計参与、監査役又は会計監査人については責任限定契約を締結できるが(会社法427条1項)、業務執行取締役・執行役については対象外であった。

【改正の方向性】 業務執行取締役・執行役についても責任限定契約の締結を可能とすることにより、経営者の適切なリスクテイクを可能とし、大胆な経営戦略の実現を後押しする。

(2) 価値創造ストーリーの構築(取締役会/経営陣の体制・仕組み)に関する改正

ア 機関設計制度

【現状】 現行の指名委員会等設置会社では、一部の取締役のみが参加する指名委員会に指名の決定権限が帰属しており、取締役会が指名委員会の判断を覆すことはできない。かかる制度設計は、社外取締役の適任者が少なかったことが背景にあるが、現在では取締役の過半数を社外取締役が占める会社が増加しており、かかる会社では指名権限を取締役会に帰属させるべきである。社会経済環境の変化を踏まえ、機関設計制度全体について見直しを検討していくべきとの指摘もある。

【改正の方向性】 本研究会では、指名委員会等設置会社における委員会の権限について優先的に見直すべきとの意見と中長期的に機関設計制度全体を見直すべきとの意見があり、引き続き検討を深めるべきと指摘されている。

(3) エンゲージメント(対話の実質化・効率化)に関する改正

ア 実質株主の情報開示制度

【現状】 企業が株主とのエンゲージメントを行うためには実質株主を把握することが重要であるのに、現行制度上、大量保有報告制度の適用対象となる場合を除き、企業が実質株主を把握する制度がない。上場会社は定期的な実質株主判明調査を実施しているが、把握できる株主の範囲に限界があり、多額の費用負担も発生している。

【改正の方向性】 企業が実質株主や名義株主に対して株式保有状況や実質株主に関する情報を質問した場合にこれに回答することを義務付け、これにより、企業が株主とのエンゲージメントを通じて価値創造ストーリーをブラッシュアップしていくことが期待される。制度の実効性確保のため、質問に回答しないあるいは虚偽の回答を行う株主の議決権を停止すべき旨の意見もある。

イ 一体開示

【現状】 会社法に基づく事業報告及び計算書類と金商法に基づく有価証券報告書は、その記載事項が大部分で重複しているにもかかわらず、企業がこれらを別々に作成・開示する実務が定着している。

【改正の方向性】 上記両書類を一体の書類として同時に開示することを通じて書類作成等の負担を軽減し、非財務情報の充実等の他の開示事項の質を高め、もって株主との間で企業の中長期的な成長に向けた実効性の高い、建設的な対話を促進する。

【課題・障壁】 両資料を一体開示するには、①有価証券報告書の記載事項のうち監査役等が監査義務を負う範囲を明確化すること、②株主による株主総会資料の書面交付請求に対応するには招集通知発送の1~2週間以上前に有価証券報告書を完成しなければならなくなること、③電子提供措置のため株主総会の3週間前までに有価証券報告書を作成・開示する必要があるところ、有価証券報告書の作成負担は大きいため株主総会開催日の後ろ倒し(議決権行使基準日の変更を含む)が必要となる点が課題・障壁として挙げられる。

ウ バーチャルオンリー株主総会

【現状】 現行の会社法はいわゆるバーチャルオンリー株主総会を認めていない。会社法の特例として産業競争力強化法がこれを認めているものの、①経済産業大臣及び法務大臣の確認を受けることや、②通信障害対策に関する方針策定が必要となる。

【改正の方向性】 会社法においてバーチャルオンリー株主総会の開催を可能とし、上記①及び②はバーチャルオンリー株主総会開催の要件としないことが検討されている。

エ 株主提案権

【現状】 現行法上、発行会社の総議決権の1%以上又は議決権300個以上を6か月以上保有する株主に株主提案権が与えられている(会社法303条2項)。近年、個人投資家が投資しやすい環境を整備するため株式分割を実施する会社が多く、その結果、非常に少数の議決権割合を有するだけで株主提案が可能となり、濫用的株主提案がなされているとの指摘がある。

【改正の方向性】 議決権数を基準とする要件は廃止し、濫用的な株主提案を防止し、もって他の株主との建設的・実効的なコミュニケーションに時間と労力を割くことを可能とする。投資金額要件を設定すること等も検討されている。

オ 書面決議制度

【現状】 非上場会社は、迅速な意思決定に基づく柔軟な経営を行う手段として、株主総会の書面決議(株主全員が株主総会議案に書面等により同意した場合に実際に株主総会の開催を要しないものとする制度)が活用されている(会社法319条1項)。他方で、非上場会社でも、スタートアップ企業がその古い創業メンバーやエンジェル投資家、海外VCなど多数の株主のうち1名と連絡がとれない等の理由で書面決議が利用できないなど、非常に少数の株主と連絡がとれないために書面決議制度を利用できない事例がある。

【改正の方向性】 非上場会社における書面決議要件を緩和し、迅速な意思決定に基づく柔軟な経営を可能とし、もって非上場会社を含む日本企業の「稼ぐ力」の強化を後押しする。

【課題・障壁】 書面決議の要件緩和により株主の利益(株主総会において決議に向けた審議を行う機会、決議事項について差止請求等を行う機会)を害することがないようにする必要がある。この点については、①全株主に対して書面決議の対象とする議案の通知を義務付ける、②定款への記載を要件とする、③決議に向けた審議が特に重要と考えられる議案があれば書面決議要件の緩和の例外とする、④書面決議の要件を米国・英国と同水準(可決要件となる議決権を有する株主の同意)までは引き下げないといった措置が考えられている。

カ 株主総会の在り方

【現状】 現行法上、事前の議決権行使により決議の帰趨が見えている場合でも多額の費用をかけて厳格な手続に則り株主総会を開催する必要がある等、上場会社における株主総会の非効率性が指摘されている。

【改正の方向性】 株主が極めて多数に及ぶ上場会社では、株主総会が意思決定に向けた審議の場としては実質的に機能していないケースが多いという実態を踏まえ、会議体としての機能を果たすために認められている規律の意義・在り方を見直したうえで、現行の株主総会の実態に沿った形で、株主総会の手続を効率化、合理化するよう検討を深める。たとえば、①当日の決議手続の省略、②株主の質問権・取締役等の説明義務の範囲・程度、③株主総会当日の議案提案権(動議)、④意思決定に影響を及ぼさないような手続違反を株主総会決議取消訴訟の対象外とするなど決議取消事由の範囲を限定することが考えられる。

(4) その他

 上記のほか、長期保有株主の優遇措置(複数の議決権の付与等)や、調査者制度(会社法316条2項)の見直し、取締役が従業員や取引先等のステークホルダーに配慮する会社法上の義務の創設、株主総会招集請求権制度の見直し、株主代表訴訟制度の見直し、大量保有報告制度違反への罰則の強化といった事項について、今後必要に応じて検討を深めていくことが言及されている。

4. おわりに

 本研究会は、実務上指摘されている課題について具体的な検討がなされており、今後の会社法改正の議論の土台になるものと考えられますので、引き続きその動向を注視する必要があるものと考えられます。

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