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2022.11.14

SNS時代における不正競争裁判の「周知性」等の立証の実務-「京都芸術大学」名称裁判における攻防を踏まえて-

<目次>
1. はじめに
2. 「京都芸術大学」名称裁判とは
3. 被告大学による周知性にかかる立証について
4. おわりに

1. はじめに

「京都芸術大学」名称裁判(※1)は、大学の名称変更を巡る裁判として、新聞やテレビ等でも度々報道されて社会的に耳目を集めた裁判である。同裁判については、京都市立芸術大学(以下「原告大学」という。)の正式名称と京都芸術大学(以下「被告大学」という。)の正式名称には類似性がないとする大阪地方裁判所の判断が注目されることが多いが、裁判で中心的な争点となったのは、「京都芸大」等の原告大学の略称が「広く知られているかどうか」(周知性)という点であった。結論として原告大学が主張した略称の周知性は全て否定された(※2)が、そのキーポイントとなったのは、被告大学によるSNS等を用いた立証活動であった。

本稿においては、被告大学の代理人として同裁判に関与した当職らの経験を踏まえて、同裁判における立証活動についてご紹介するとともに、SNS時代における不正競争裁判の「周知性」等の立証の実務について検討したい。

(※1)大阪地判令和2年8月27日・判時2521号99頁。この裁判の第一審の判決文は、裁判所ウェブサイト(こちらのリンク)にて公表されている。

(※2)原告大学は、その正式名称及び自らが主張する「京都芸大」等が「周知」を超えて「著名」である(「著名」とは、当該表示が、全国又は特定の地域を超えた相当広範囲の地域において、取引者及び一般消費者いずれにとっても高い知名度を有するものであることをいう。)旨も主張したが、いずれも排斥された。

2. 「京都芸術大学」名称裁判とは

「京都芸術大学」名称裁判は、「京都造形芸術大学」(被告大学の旧名称である)が、その研究・教育分野が「造形芸術」にとどまらなくなったこと等に伴い、2019年に「京都芸術大学」へと名称変更することを決定したことを契機とするものである。京都市立芸術大学(原告大学)は、このような名称変更により、原告大学の正式名称や広く知られている略称と混同されるおそれがあるなどとして、被告大学に対し、「京都芸術大学」の使用の差止めを求める訴訟を大阪地方裁判所に提起した(※3)。

同裁判において重要な争点となったのが、原告大学(京都市立芸術大学)が自らの略称であると主張した「京都芸大」等の周知性(※4)(原告大学が需要者の間で「京都芸大」等として広く知られているか)であった(※5)。もし「京都芸大」等に原告大学の略称としての周知性が認められた場合、被告大学の「京都芸術大学」が「京都芸大」等と類似しており、混同のおそれがあると認められれば、不正競争防止法第2条第1項第1号等に基づき原告大学の差止請求は認容されることになるため、「京都芸大」等の周知性の有無は極めて重要な争点であった。

(※3)学校名の使用差止めが問題となった過去の裁判例としては、呉青山学院事件(東京地判平成13年7月19日・判タ1123号271頁)がある。この事件では、被告が中学校及び高等学校の校名に「青山学院」との語を含む名称を使用することなどについて、原告である学校法人青山学院の差止請求が認められている。

(※4)不正競争防止法第2条第1項第1号

(※5)原告大学は、「京都芸大」の他にも、「京都芸術大学」「京芸」との略称も周知であると主張していた。本稿においては、便宜上これらも併せて「『京都芸大』等」と表記する。

3. 被告大学による周知性にかかる立証について

被告大学が主に主張したのは、「京都芸大」等が被告大学の名称変更前から(原告大学ではなく)被告大学の略称として需要者の間で広く使用されており、原告大学の略称として定着していない、という点であった。

このような、特定の名称等に対する人々の認識について立証するにあたっては、従来は新聞記事等のオールドメディアを中心とした立証がなされることが一般的であった。しかし、SNS等により一般市民が発信することが一般的になってきた近時においては、SNS等における投稿や記事等が、需要者の認識を直接示すものとして重視される傾向が強まっている(※6)。

「京都芸術大学」名称裁判においては、被告大学が、ツイッターやインスタグラム、ブログ記事、刊行物などを幅広く調査したところ、名称変更以前から、他の美大の学生や、イラストレーター、デザイナー、アートディレクターなどの芸術関係者をはじめ、芸術に関心のある多くの者が実際に「京都芸大」等を被告大学の略称として使用していたことや、京都市の防災タウンページや、京都市長の公式ブログなども「京都芸大」等を被告大学の略称として使用している例が存在することが確認できたことから、被告大学はそれらの証拠(合計500件以上)を提出した(※7)。

大阪地方裁判所は、被告大学による上記のような立証を踏まえ、「京都芸大」等が名称変更前から被告大学の略称として使用される例が「相応に見受けられる」などと認定して、原告大学の略称としての「京都芸大」等の周知性は認められないと判示した。

なお、原告大学は、「京都芸大」等の略称を含む自らが作成したパンフレットやイベントチラシ等を大量に証拠提出するとともに、被告大学が提出した「京都芸大」等が被告大学の略称として使用されているSNS等の証拠は誤記であり証拠としての価値が認められない旨等を主張したが、大阪地方裁判所は、「作成主体を異にする者の間で同様の誤記が頻発すると考えることは合理性に乏しい」こと等を理由に、原告大学の主張を排斥した。

以上のとおり、原告大学の略称としての「京都芸大」等の周知性が否定された結果、原告大学の差止請求は大阪地方裁判所により棄却された。

(※6)近時、社会的な注目を集めたマリオカート事件(知財高判令和元年5月30日・裁判所ウェブサイト)においても、「マリオカート」を「マリカー」との略称で呼称するツイートが一日に600件以上投稿されていたことが、同略称の周知性を肯定する事情として考慮されている。

(※7)その他にも、被告大学は、原告大学(京都市立芸術大学)の略称としては、「京都芸大」等ではなく、「市芸」や「市立芸大」などの「市」を含むものが定着していることを立証するべく、「市」を含む略称が使用された資料を数多く証拠提出しており、その結果、大阪地方裁判所により、京都市が発行している「きょうと市民しんぶん」や、京都市長の公式サイト、あるいは京都市西京区の発行にかかる地図等においても、「市立芸大」などの「市」を含む略称が使用されていた事実が認定されている。

4. おわりに

原告大学は、差止請求を棄却する一審判決に対して控訴したが、控訴審において、原告大学(控訴人)のみが「京都芸大」「京芸」を使用する一方で、被告大学(被控訴人)のみが「京都芸術大学」を使用すること等を内容とする和解(※8)が成立し、本裁判は解決するに至った(※9)。被告大学は、名称変更以前から「京都芸大」「京芸」との略称は使用しない旨を表明していた一方、原告大学が「京都芸大」について商標登録申請をしており、これが認められれば原告大学による「京都芸大」商標に基づく「京都芸術大学」名称の差止請求がなされる可能性があったことから、上記のような、被告大学による「京都芸術大学」の使用を確定的に認める和解は、被告大学にとってメリットがあるものであった。

他者の商品やサービスにかかる名称・略称が自身の商品やサービスの名称・略称に類似しているとして、不正競争防止法を根拠に当該名称・略称の使用を差し止めるためには、自身の名称・略称に「周知性」ないし「著名性」が認められることが必要となる。SNS時代においては、そのような「周知性」ないし「著名性」が認められるかどうかの判断にあたっては、当事者が自ら使用している名称・略称や、新聞等のオールドメディアにおける呼称だけではなく、需要者がSNS等において実際にどのような名称・略称を用いているかを検証することが不可欠であろう。

(※8)和解条項についてはこちらのリンクで公表されている。

(※9)なお、「京都芸術大学」名称裁判の控訴審(大阪高等裁判所)においても、「京都芸大」等の周知性が争点となり、原告大学と被告大学の双方から「京都芸大」等の周知性に関するアンケート調査の結果が証拠提出されたが、控訴審は和解の成立により決着したことから、いずれのアンケート調査の結果を信用すべきかについて裁判所の判断が示されることはなかった。
もっとも、周知性は、当該表示が需要者に広く知られているかどうかを問題にするものであるから、その立証においてアンケート調査が有力な手法の一つであることには間違いがないと思われる。
一般に、当事者により実施されるアンケート調査は恣意性が入りやすいと考えられており、裁判所も具体的な調査手法まで検討したうえで心証を形成することが通常である。そのため、アンケート調査を実施するにあたっては、単に訴訟上自己に有利な結果を導けばよいというものではなく、アンケート調査の対象者の抽出、質問票の設計、回答結果の分析等について、アンケート調査や社会調査の専門家と連携するなどして、客観的に合理的であると説明できる内容のアンケート調査を実施することが肝要であると考えられる。

以 上

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