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2019.12.25

競業避止義務合意により保護されるべき秘密情報の範囲について~近時の知財高裁判決を踏まえて~

業務分野

執筆弁護士

1. はじめに-退職後の競業避止義務の有効性について-

退職者は、(元)使用者に対し、当然には競業避止義務を負わず、競業避止義務が認められるためには、個別の合意又は就業規則における定めが必要であるとされている。ただし、競業避止義務は退職者の職業選択や営業の自由を制限するものであることから、過去の裁判例では、①競業制限によって守られるべき使用者の利益の内容・程度、②退職者の在職時の地位、③競業制限の範囲(内容、期間、地理的範囲)、④代償措置の有無・内容等に照らし、合理的と認められる場合に限り、競業避止義務を有効であると判断している。

最近、知財高裁において、競業避止義務の有効性を判断するにあたり、競業制限により守られるべき使用者の秘密情報については、不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するための要件の一つである「秘密管理性」が必要であると判断した判決が出されており、実務上参考になると思われるため、その概要を紹介する。

2. 令和元年8月7日知財高裁第3部判決

(1) 事案の概要

本件は、控訴人(まつげエクステンションサロンを営む会社)の元従業員である被控訴人が、退職後に控訴人と同じ国分寺市内にあるまつげエクステンションサロンに就業したことが、控訴人と被控訴人の間の競業避止義務合意に違反する等として、同合意に基づく退職後2年間の同市内における競業行為の差止が請求された事案である。

控訴人の就業規則には、「社員は、退職後も競業避止義務を守り、競争関係にある会社に就労してはならない」等の定めがあったほか、被控訴人は、控訴人への入社時に、①被控訴人は、退職後2年間は、在職中に知り得た秘密情報を利用して、国分寺市内において競業行為は行わないこと、②秘密情報とは、在籍中に従事した業務において知り得た控訴人が秘密として管理している経営上重要な情報であること、等の記載のある誓約書に署名していた。

(2) 知財高裁の判断

知財高裁は、まず、上記就業規則の定めについて、無限定に就業制限を課すものであり合理的な内容とはいえないから無効であると判断した。また、控訴人と被控訴人の間の誓約書に基づく競業避止義務合意については、その内容を、退職後2年間は、在職中知り得た「秘密情報」を利用して、控訴人と同じ市内において他のまつげエクステンションサロンの経営をせず、他のまつげエクステンションサロンにおけるまつげエクステンションの施術業務に従事しない旨の合意であったとしたうえ(以下「本件合意」という。)、本件合意における「秘密として管理(している情報)」とは、不正競争防止法の「営業秘密」の定義規定(同法2条6項)における「秘密として管理」と同義であると解するのが相当であるから、本件合意における「秘密情報」とは不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するための要件の一つである「秘密管理性」[1]を有する情報であることを要するとした。

そのうえで、知財高裁は、被控訴人が退職後に取得した控訴人の顧客カルテの施術履歴については、従業員間で、私用スマートフォンのLINEアプリを用いて共有する取扱いが日常的に行われていたことを認定し、その管理体制等からして秘密管理性が認められないから、被控訴人が「在職中知り得た『秘密情報』を利用」した事実はないとして、競業避止義務合意違反はないと判断し、差止請求を棄却した。

(3) 知財高裁の判断のポイントと実務に与える影響

従来の裁判例の一般的な傾向としては、競業避止義務合意の有効性判断にあたり、競業制限によって守られるべき使用者の利益が不正競争防止法上の「営業秘密」に該当するか否かを特に問題にしてきていなかった。

本判決では、被控訴人が差し入れた誓約書に「秘密情報とは・・・秘密として管理している経営上重要な情報」との、不正競争防止法の営業秘密の定義規定に含まれるものと同じ文言があったことから、本件合意で守られるべき秘密情報は不正競争防止法上の「秘密管理性」を要すると判断したものであって、直ちにこの判断を一般化することはできないが、不正競争防止法上の「秘密管理性」が認められないような情報については競業避止義務による保護の必要性は低いという裁判所の価値判断を示したものと考えることもできる。

したがって、今後は、競業避止義務に実効性を持たせるという観点から、退職者に利用されたくない情報については、不正競争防止法上の「秘密管理性」を確保しておくべきであるといえよう。また、そのような「秘密管理性」が認められない情報を利用した競業行為を禁ずるためには、誓約書や就業規則等における規定の仕方を工夫することが必要になると考えられる。

以 上

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[1] 平成27年1月28日に改訂された経済産業省の「営業秘密管理指針」によれば、「秘密管理性」が認められるためには、「営業秘密保有企業が当該情報を秘密であると単に主観的に認識しているだけでは不十分」であり、「営業秘密保有企業の秘密管理意思(特定の情報を秘密として管理しようとする意思)が、具体的状況に応じた経済合理的な秘密管理措置によって、従業員に明確に示され、結果として、従業員が当該秘密管理意思を容易に認識できる(換言すれば、認識可能性が確保される)必要がある」とされている。