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2025.02.25

取引先からのカスハラ(B to Bカスハラ)に関する留意点

<目次>
1. 取引先からのカスハラ(B to Bカスハラ)とは
2. 企業に求められるB to Bカスハラ防止の取組み
3. B to Bカスハラが生じた場合に企業が負いうる責任とリスク
(1) 民事賠償責任
(2) 下請法・独占禁止法上の制裁
4. 今後の動向

1. 取引先からのカスハラ(B to Bカスハラ)とは

 近時は、カスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」といいます。)に関する規制・対策の動きが、行政・企業のいずれにおいても非常に活発になっています。2024年10月4日には、東京都で、カスハラを防止するための全国初の条例である「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(東京都条例第百四十号)」(※1)が成立し(2025年4月1日施行予定(附則第1項))、今後の動向が非常に注目されています。
 このように、社会全体のカスハラに対する関心が高まりつつある昨今では、あらためて取引先からのいわゆるB to Bカスハラが注目され始めています。カスハラといえば、典型的には、消費者による悪質なクレーム等が想定されます(B to Cカスハラ)が、実際にはカスハラは企業間の取引の場面でも発生し得ます。このような企業間取引等において発生するカスハラをB to Bカスハラといい、前記東京都の条例(前文第3段落第2文)及びそのガイドライン(※2)1頁では、就業者もカスハラの主体となり得、そのようなカスハラも禁止されることが示されています。

 カスハラが企業間でも問題となることについては、本稿のほか、下記当職の担当記事、取材コメント等(※3)もご確認ください。
 本稿では、取引先からのB to Bカスハラに焦点を当て、企業に求められる取組みやB to Bカスハラが生じた場合に企業が負いうる法的責任などについて解説します。

 ※1 「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」(2024年10月11日公布)
 ※2 「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」(2024年12月25日公表)
 ※3 日経リスクインサイト「危機管理としてのカスハラ対策」(2024年8月8日)、日本経済新聞「カスハラ、企業間でも問題に「暴言」浴びる営業担当」(2024年6月28日)

2. 企業に求められるB to Bカスハラ防止の取組み

 まずB to Bカスハラでは、自社の従業員がカスハラ加害者となり得る点に特徴があります。企業においては、後記3にて説明する法的責任を負うことのないよう、自社の役職員(一般の労働者に限らず、管理職や経営層も含みます。)に対して、カスハラを行わないようにするための措置を講じる必要があります。前記東京都条例では、自社の就業者がカスハラを行わないように必要な措置を講じることが事業者の責務として明記されています(第9条第3項)。
 これを受けて、企業においては、役職員に対して、自身もカスハラの加害者になり得ることやカスハラ行為を行った場合に負いうる責任等について、具体的なケーススタディとともに研修・教育等を行う必要があります。   
 また、前記東京都ガイドライン19頁や厚生労働省のマニュアル(※4)20頁では、企業の方針・基本姿勢の明確化としてカスハラ基本方針の策定が求められているところ、同方針内に、B to Bカスハラの内容を入れ込むといった工夫例(「当社グループの従業員がお取引先等に対して行う行為も含みます」と記載する(※5)など)も見られます。

 ※4 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(2022年2月)
 ※5 JR西日本グループ「カスタマーハラスメントに対する基本指針」(2025年1月27日閲覧)

 なお、企業の視点から見た東京都条例及び同条例のガイドラインの概要・ポイント等については、猿倉健司・福田竜之介「2025年東京都カスハラ防止条例の実務ポイント①(条例の概要とポイント)」(牛島総合法律事務所ニューズレター・2025年1月21日)及び猿倉健司・福田竜之介「2025年東京都カスハラ防止条例の実務ポイント②(ガイドラインに基づく実務対応)」(牛島総合法律事務所ニューズレター・2025年2月10日)を参照して下さい。

3. B to Bカスハラが生じた場合に企業が負いうる責任とリスク

(1)民事賠償責任

 第一に、企業は従業員に対して雇用契約上の安全配慮義務(労働契約法5条)を負っており、B to CカスハラかB to Bカスハラであるかにかかわらず、企業が十分なカスハラ対策措置を採っていなかった場合には、カスハラ被害を受けた自社従業員から所属企業に対して、安全配慮義務違反を理由とした損害賠償請求がなされるおそれがあります。実際の裁判例については、前記当職らの別稿を参照してください。

 第二に、B to Bカスハラの場合、当該カスハラ被害者本人から、カスハラ加害者が所属する企業に対して使用者責任(民法715条)を根拠に、損害賠償請求がなされる可能性があります。実際に、医療機器会社の従業員が取引先である病院の担当者から、出血を伴う暴行や脅迫のカスハラを受けた事案で、カスハラ加害者が所属する病院に対する使用者責任が肯定されました(長野地判飯田支判令和4年8月30日D1-Law 28302089)。

 第三に、B to Bカスハラにより、被害者所属の企業の業務に支障が生じたような場合には、当該企業からカスハラ加害者が所属する企業に対して、業務妨害等を理由にした損害賠償請求がなされる可能性もあります。実際に、最近では、取引先からのカスハラによって従業員が抑うつ状態になったことを理由に、当該従業員所属の企業が取引先に対して1100万円の損害賠償を提起したケースなどが報じられています(※6)。

 ※6 朝日新聞デジタル「「カスハラ」で社員が休職、住宅設備卸業者が取引先を提訴 札幌地裁」(2024年5月9日)

(2)下請法・独占禁止法上の制裁

 事業者間の力関係の差を背景になされるケースが多いのもB to Bカスハラの特徴の一つです。
 正当な理由がない過度な要求行為等もカスハラに該当し得ますが、それが事業者間の力関係を不当に利用して行われたような場合(優位な立場にある企業が取引先企業に対して、過大な要求を行い、これに応えられない場合に、厳しく叱責する、取引を停止する、業務と無関係な私的な雑用を行わせる等)には、独占禁止法上の優越的地位の濫用(独占禁止法2条9項5号)や下請法上の禁止行為(下請法第4条第1項、第2項)に該当し、一定の場合には、刑事罰(独占禁止法:懲役・罰金(第90条第3号)/下請法:罰金(第10条、第11条))や行政罰等(独占禁止法:排除措置命令(第20条第1項)や課徴金納付命令(第20条の6)及びこれらに伴う公表、過料(第97条)/下請法:勧告(第7条)とそれに伴う公表、報告徴収・立入検査(9条))を受ける可能性があります(前記東京都ガイドライン2頁や前記厚生労働省マニュアル43頁)。

カスハラ行為に該当し得る行為の類型
独占禁止法(優越的地位の濫用行為)下請法(禁止行為)
● 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む)に対して、当該取引に係る商品又は役務以外の商品又は役務を購入させること● 受領拒否(注文した物品等の受領を拒むこと)
● 下請代金の減額(あらかじめ定めた下請代金を減額すること)
● 返品(受け取った物を返品すること)
● 継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む)に対して、自己のために金銭、役務その他の経済上の利益を提供させること● 報復措置(下請事業者が親事業者の不公正な行為を公正取引委員会又は中小企業庁に知らせたことを理由としてその下請事業者に対して,取引数量の削減・取引停止等の不利益な取扱いをすること)
● 不当な経済上の利益の提供要請(下請事業者から金銭、労務の提供等をさせること)
● 取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること● 不当な給付内容の変更及び不当なやり直し(費用を負担せずに注文内容を変更し、又は受領後にやり直しをさせること)

※以上は両法律中特にカスハラに該当し得るものを列挙したものであり、これらに限定される趣旨ではありません。実際には、当該問題行為がなされた状況や理由等の具体的な事情にしたがってカスハラ該当性が判断されます。

 なお、親事業者たる企業が下請事業者から商品を受領した後に、当該商品の品質検査を行っていないにもかかわらず、当該商品に瑕疵があるなどとして当該商品を当該下請事業者に引き取らせていた事案では、返品の禁止(下請法第4条1項4号)や不当な経済上の利益の提供要請の禁止(下請法第4条第2項第3号)に該当すること等を理由として、公正取引委員会による勧告・公表が行われました(※7)。

 ※7 公正取引委員会「(令和5年3月17日)株式会社キャメル珈琲に対する勧告について」(令和5年3月17日)

 なお、近時の下請法改正については、猿倉健司・堀田稜人「下請法2025年改正検討案の現在」(牛島総合法律事務所ニューズレター・2024年12月26日)を参照してください。

4. 今後の動向

 以上の取組み及び責任は、現行の制度に基づいたものですが、今後は、更なる拡大が予想されます。
 2024年12月26日に公表された「女性活躍の更なる推進及び職場におけるハラスメント防止対策の強化について(案)」(※8)では、雇用管理措置義務(現行法上は、セクハラ(男女雇用機会均等法第11条)、パワハラ(労働施策総合推進法第30条の2)、マタハラ(パタハラ)・ケアハラ(男女雇用機会均等法第11条の3、育児・介護休業法第25条)が規定されている)にカスハラを加えることが適当であると示されています。同義務にカスハラが加わった場合、事業者には、厚生労働省の指針(※9)(パワハラの場合。他のハラスメントでも同様に講ずべき措置の指針が定められている。)において定められる必要な措置を講ずるべき義務が発生し、同義務を尽くさなかった場合等には、助言・指導及び勧告・公表の対象となること等が予想されます。 また、労働施策総合推進法については、カスハラからの従業員保護に向けた体制整備を盛り込む等の改正も予定されています(※10)。

 ※8 労働政策審議会 雇用環境・均等分科会(第79回)資料「女性活躍の更なる推進及び職場におけるハラスメント防止対策の強化について(案)」(2024年12月26日)
 ※9 厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針」(2020年1月15日)
 ※10 讀賣新聞オンライン「カスハラ対策を企業に義務づけへ、厚労省方針…従業員向け窓口設置など」(2024年12月16日)

 企業においては、弁護士等の専門家の助言を得て、これらの法的責任やリスク、最新の規制状況を十分に理解した上で、早急に対策に乗り出すことが重要です。
 なお、東京都条例成立前の行政・企業の動向については猿倉健司・福田竜之介「カスタマーハラスメント規制に関する近時の動向と各社の対応実例」牛島総合法律事務所ニューズレター・2024年6月5日)も参照して下さい。

以上