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前回は、事業承継の代表的な対策の一つである種類株を用いた経営権の承継の準備について述べました。今回は、近時、事業承継の方法として注目されている民事信託を用いた対策について説明します。
【設例】
A(被相続人、現経営者):保有株式100% B(Aの配偶者):法定相続分50% C(Aの子で、後継者): 法定相続分25% D(Aの子で、非後継者):法定相続分25% 被相続人Aの財産は、株式のみと仮定する。 |
1. 対策を何もしない場合-法定相続
上記事例において、相続人Aが死亡した場合、事前に何らの対策も講じていなければ、共同相続人(B、C、D)間で遺産分割が行われることになります。遺産分割は、法定相続分を基準になされることになります。法定相続分は、配偶者Bが50%、後継者Cが25%、非後継者Dが25%となります。
法定相続分のとおり相続した場合、後継者Cは25%の株式しか承継できず、後継者は経営権を承継できません。
2. 生前贈与等と遺留分
後継者への経営権の承継に当たっては、後継者が定款変更、組織再編等の重要事項を単独で決定できるように、議決権の3分の2以上を後継者に承継させることを目指すべきです。
したがって、まず、後継者Cに対して、生前贈与や遺贈等を行うことにより、Cが3分の2以上の議決権を取得するように手当しておくことが考えられます。
しかしながら、設例においては、B及びDの遺留分はBが25%、Dが12.5%であるところ、Aの保有する財産は株式のみです。そのため、Aが生前贈与や遺贈等によりCにおいて3分の2以上の議決権を取得するように手当てした場合、B及びDの遺留分を侵害することになります(遺留分の意義等については前号をご参照下さい。)。従いまして、B及びDが遺留分減殺請求をしたときは、Cは最大でも議決権の62.5%しか保有できないことになります。この不都合を回避する方法の一つとして種類株式を用いることが考えられることは前回述べたとおりです。
3. 定款変更と反対株主買取請求権
新たに種類株式を発行しようとするためには、定款を変更することが必要です。
定款を変更するためには株主総会の特別決議[1]が必要となります。そのため、事業承継のために新たに種類株式を発行しようとする場合は、特別決議を可決できる程度の株主からの賛同を得ておく必要があります。
また、定款変更をするに際しては、これに反対する株主が会社に対して株式買取請求権を行使することができる点に留意する必要があります。株式買取請求権が行使されると、会社はその株主の保有する株式を公正な価格で買い取らなければならず、会社資金が流出することになります。また、会社提案の取得対価に不満を持つ株主は裁判所に対して取得価格の決定の申立てをすることができます。このように、経営承継中に紛争が顕在化してしまうリスクがあります。
4. 民事信託[2]
これらの定款変更に伴うリスクを回避できる方法として、株式を信託することで、経営権の承継を図る方法が考えられます。以下、株式を信託する方法をみてみましょう。
株式を信託する方法は、種類株式を発行する場合と異なり、株主総会での特別決議を得る必要はありませんし、会社資金が株主に流出することもありません。また、株主総会に諮る必要がないので、経営承継を周りに悟られることもありません。株式を信託することにより、株式を①相続税が課税される経済的権利と、②会社に対する議決権とに分離することができ、これにより、相続対策と後継者に対する会社支配権の承継とを両立することができます。以下、具体的に説明します。
(1) 信託とは
信託とは、委託者が、信頼できる人(受託者)に、一定の財産の名義を移し、一定の目的(信託目的)に従って、受益者のために、当該財産を管理、処分する制度のことをいいます。
信託により、受託者は信託された財産の名義を取得し、財産の管理、処分を行うことになります。受託者は自己の固有財産と受託者として所有する信託財産とを分別して管理することになります。
また、信託は委託者が死亡した場合も効力に影響がありません。財産所有者(被相続人)が委託者として生前(健常時)に一旦有効に信託をすれば、その後相続が発生しても、既に行った信託の内容が変更されることはなく、生前の意思を生かすことができます。また、財産所有者(被相続人)が委託者として有効に信託した後に、認知症になるなど能力が減退したとしても、信託の内容が変更することはありません。
信託は、移転ができる特定の財産でかつ金銭的価値に見積もりができるものについて設定することができ、また、財産ごとに設定することもできます。従いまして、経営権の承継のために、株式を信託することはできますし、株式のみを信託することもできます。
(2) 株式の信託
そこで、株式を信託することで、経営の承継を図ることが考えられます。
すなわち、現経営者Aがその生前に、以下の内容の信託を行うことで、議決権の分散を防止し、後継者(C)への安定的な事業承継を図ることができます。
信託目的 | (円滑な事業承継による企業価値の維持・向上を目的とする)株式の管理 |
委託者 | 現経営者A |
当初受益者 | 現経営者A |
受託者 | 資産管理会社(一般社団法人等) |
議決権の行使の指図権[3] | 現経営者の生前:現経営者A
現経営者の死後:後継者C |
信託財産 | 自社株式 |
上記信託の内容を図示すると以下のとおりです。
上記の信託を行うことにより、以下の効果が期待できます。
効果 | 具体的内容 | |
① | 事業承継の確実性 | 現経営者はその生存中、引き続き経営権を維持しつつ、予め死亡時に後継者たる子が議決権行使の指図権を取得する旨定めることにより、後継者が確実に経営権を取得できるようにできる。 |
② | 後継者の地位の安定性 | 受託者が自社株式を管理することになるため、信託設定後、現経営者が第三者に当該株式を処分してしまうリスクを防止できる(財産の隔離)。 |
③ | 議決権の分散化の防止 | 受益権を分割して非後継者の遺留分に配慮しつつ、議決権行使の指図権を後継者のみに付与することで、議決権の分散を防止できる。 |
④ | 円滑な経営権の承継 | 遺産分割の完了を待たずに経営を承継できる。 |
5. 民事信託の導入の手続
以上のとおり、経営権の承継に民事信託を用いることには多くのメリットがあります。
しかしながら、民事信託はその性質上長期にわたって継続するものであり、信託設定時の設計(信託契約の内容の検討)が非常に重要です。また、民事信託は、その目的が不法や不能でない限り、どのような仕組みも設定することが可能で、その設定には想像力が要求されます。したがって、民事信託を利用する場合は民事信託に豊富な経験を有する専門家の助言を求めるべきです。
以 上
[1] 議決権を行使することができる株主の議決権の過半数(3分の1以上の割合を定款で定めた場合にあってはその割合以上)を有する株主が出席し、出席した当該株主の議決権の3分の2(これを上回る割合を定款で定めた場合にあってはその割合)以上に当たる多数による決議をいいます。
[2] 信託について、民事信託と商事信託という分類がされていますが、この分類は法律により定められたものではなく、確立されたものでもありません。従来は営業として受託する信託(信託業法によって必要とされる免許や登録がない限りできないもの)を商事信託、非営業信託を民事信託と称されてきましたが、これも確立されたものではありません。
[3] 遺留分の算定に当たっては、議決権行使の指図権は、独立して取引の対象となる財産ではないため、財産的価値はなく、遺留分算定基礎財産に参入されないと考えられています(信託を活用した中小企業の事業承継円滑化に関する研究会「中間整理~信託を活用した中小企業の事業承継の円滑化に向けて~」4頁)。