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2021.09.05

不正・不祥事を理由とする取締役に対する責任追及

執筆弁護士

近時、会計不正や品質・データ偽装などの企業不祥事が相次いでいるが、当該企業等の信用が失墜することで、補償金や賠償金等の経済的損失にとどまらず顧客の流出をはじめ企業の存続に対してきわめて甚大なダメージを受ける例も数多く見られます。他方で、企業だけではなく、当該企業の取締役等の役員についても、刑事責任を問われるケースや、株主代表訴訟等によってきわめて多額の賠償責任を負うケースも見受けられます。

企業としては、不正を行った役職員および不正に責任のある役員に対し、刑事責任や損害賠償請求その他の民事責任を追及する必要がある場合も出てきます。

以下、不正に関与、または不祥事に責任のある役職員に対する責任追及と処分のポイントについて解説します。

なお、本ニューズレターに関連するテーマについては、以下も参照してください。

  • 不動産取引・M&Aをめぐる 環境汚染・廃棄物リスクと法務』(清文社、2021年)第7章(廃棄物・環境汚染の不祥事によって役員の負う責任)
    https://store.skattsei.co.jp/book/products/view/1788
  • 不正・不祥事に責任のある役職員に対する責任追及と処分のポイント』(BUSINESS LAWYERS、2019年)

https://www.businesslawyers.jp/practices/1063

  • 不正・不祥事発生後における株主への対応のポイント(株主代表訴訟・株主総会等)』(BUSINESS LAWYERS、2019年)

https://www.businesslawyers.jp/practices/1064

本ニューズレターは、2021年9月5日時点までに入手した情報に基づいて執筆したものであり、また具体的な案件についての法的助言を行うものではないことに留意してください。また、本ニューズレター中意見にわたる部分は、執筆担当者個人の見解を示すにとどまり、当事務所の見解ではありません。

1. 役員が不正・不祥事の責任を問われるケース

取締役は、会社に対して善管注意義務を負っています(会社法330条・民法644条)。取締役がその任務を怠ったときは、会社に対してこれによって生じた損害について賠償する義務が生じることがあります(会社法423条1項)。

企業において不正・不祥事が発生した場合に取締役が責任を問われるケースは、以下のとおりです。

(1) 役員が不正に直接関与しているケース

まず、役員が、意図的に不正・不祥事に関与していた場合には、当該役員は会社に対する善管注意義務に違反したことを理由に損害賠償等の責任を負うことになります。

(2) 役員が不正に直接関与していないケース

また、役員自らが、不正・不祥事に直接関与していなかった場合であっても、以下の場合に責任が認められることがあります。

①   不正行為に関し、監視・監督を怠っていた場合(監視・監督義務違反)②   内部統制システムの構築を怠っていた場合(内部統制システム構築義務違反またはその監視義務違反

③   不正発覚後の損害拡大回避を怠った場合(損害拡大回避義務違反

つまり、①役員が、不正が行われることについて具体的な認識を有していなかった場合でも、その認識可能性が認められれば、監視監督義務違反を問われる可能性があり、また、②不正についての認識可能性がなかったとしても、内部統制のシステム構築義務(後述)を怠った場合には、その責任を問われる可能性がありますので注意が必要です。

ア. 不正行為に関し、監視・監督を怠った場合の責任(監視・監督義務違反)

取締役は、担当業務に関して従業員を監督すべき義務を負うほか、担当業務以外についても他の役員の職務執行を監視する義務があるとされています。

① 他の役員に対する監視・監督義務に違反した場合の責任

取締役会設置会社の場合、各取締役は、業務を執行する代表取締役や業務執行取締役の職務の執行を監督する義務があります(会社法362条2項2号)。

他方、取締役会非設置会社の場合、原則として、取締役は各自が業務を執行しますが、他の取締役の業務執行を監視・監督する義務も負っているとされています。

監視義務や監督義務に違反した場合については、その役員が不正・不祥事を認識していたか、あるいは認識可能性があった場合に責任が問われることになります(最高裁昭和48年5月22日判決・民集27巻5号655頁)。

② 従業員に対する監督義務に違反した場合の責任

また、取締役は、従業員に対しても監視・監督義務を負う場合があるとされています(東京地裁平成11年3月4日判決・判タ1017号215頁参照)。

【東京地裁平成1134日判決・判タ1017215頁】(事案の概要)

架空・水増しの発注を行って総額約6,000万円の裏金を作っていたことが発覚し税務当局より追徴課税されたことについて、代表取締役に業務監視を行うべき注意義務の懈怠があったとして提起された株主代表訴訟

(判旨の概要)
– 取締役が会社に対して負うこれらの善管注意義務または忠実義務として、従業員の違法・不当な行為を発見し、あるいはこれを未然に防止することなど従業員に対する指導監督についての注意義務も含まれる
– 取締役が従業員の業務執行について負う指導監督義務の懈怠の有無については、当該会社の業務の形態、内容及び規模、従業員の数、従業員の職務執行に対する指導監督体制などの諸事情を総合して判断するのが相当である

取締役が、不正・不祥事が行われることを知り得べき状況にあるにもかかわらず(認識可能性)、何ら対策をとらずに監視監督を怠った場合に責任が認められることになります。

イ. 内部統制システムの構築を怠った場合の責任(内部統制システム構築義務違反・その監視義務違反)

① 内部統制システムの構築義務とその違反

取締役は、善管注意義務の一内容として、企業の規模等に応じて、企業の業務の適正を確保するために必要な体制(4内部統制システム)を構築(整備および運用)する義務を負うとされています。

会社法362条4項6号が規定する「取締役の職務の執行が法令及び定款に適合することを確保するための体制その他株式会社の業務並びに当該株式会社及びその子会社から成る企業集団の業務の適正を確保するために必要なものとして法務省令で定める体制」を、一般に内部統制システムと呼びます。

裁判例(大阪地裁平成12年9月20日判決・判タ1047号86頁)においても、「健全な会社経営を行うためには、目的とする事業の種類、性質等に応じて生じる各種のリスク、例えば、信用リスク、市場リスク、流動性リスク、事務リスク、システムリスク等の状況を正確に把握し、適切に制御すること、すなわちリスク管理が欠かせず、会社が営む事業の規模、特性等に応じたリスク管理体制(いわゆる内部統制システム)を整備することを要する」と判示しています。

取締役会設置会社において、内部統制システムに関する事項の決定は、重要な業務執行の決定として取締役会で決議する必要があるとされています(会社法362条4項6号)。もっとも、内部統制システムの基本方針・大綱は取締役会で決定しますが、具体的な内部統制システムを構築する義務を負うのは、業務を執行する取締役(代表取締役や業務担当取締役等)であるとされています。そのため、不正・不祥事が発生した場合に、内部統制システム構築義務違反を問われるのは、まずは代表取締役・当該不正・不祥事に関係する業務の業務担当取締役となります。

ただ、その他の役員についても、業務を執行する取締役が内部統制システム構築義務を履行しているか否かについて監視する義務を負うとも考えられており、この考えによれば、当該監視義務に違反した場合に責任を問われる可能性があることになります。

② 内部統制システムとして要求されるリスク管理体制の程度

内部統制システムの構築義務を負うとしても、どの程度の内部統制システム(リスク管理体制)を構築していれば義務違反を問われないのかについては、必ずしも明確ではありません。

判例によれば、「通常想定される不正行為を防止しうる程度の管理体制を整えていたかどうか」が問題とされ、また、当該リスク管理体制(内部統制システム)が機能していたのかについても問題となります。さらに、「過去に同様の不正行為が存在したなど、問題となる不正行為の発生を予見すべきであったという特別な事情があったかどうか」も問題となります(最高裁平成21年7月9日判決・判時2055号147頁)。

【最高裁平成2179日判決・判時2055147頁】(事案の概要)

事業部長兼営業部長が部下数名と共謀し、注文書、検収書を偽造して、チェック部門に送付し架空の売上を計上させた事案

(判旨の概要)
– (1) 事業部門と財務部門の分離、(2) 別部署による注文書、検収書のチェック、検収確認、(3) 監査法人が売掛金残高確認書を取引先に直接郵送し確認するという体制をとっていたことから、通常想定される架空売上の計上等の不正行為を防止しうる程度の管理体制は整えていた
– 過去に同様の不正行為が存在したなど本件不正行為の発生を予見すべきであったという特別な事情も見当たらない
– 内部統制を機能させていたかという点については、(4) 売掛金回収遅延の説明が合理的であった、(5) 販売会社との間で過去に紛争が生じたこともなかった、(6) 監査法人も適正意見表明をしていたことから、財務部におけるリスク管理体制が機能していなかったということはできない

ウ. 不正発覚後の損害拡大回避を怠ったことの責任(損害拡大回避義務違反)

上記に加え、取締役は、善管注意義務の一内容として、企業の信用が毀損・低下してしまった場合に、これによる損害の発生を最小限度に止める義務(損害拡大回避義務)を負うとされています(大阪高裁平成18年6月9日・判タ1214号115頁参照)。

【大阪高裁平成1869日判決・判タ1214115頁】(事案の概要)

販売していた肉まんに食品衛生法で禁止されている未認可添加物が混入していたことにより会社が多額の出費を強いられたことについて株主代表訴訟が提起された事案

(判旨の概要)
– マスコミの姿勢や世論が、企業の不祥事や隠ぺい体質について敏感であり、少しでも不祥事を隠ぺいするとみられるようなことがあると、しばしばそのこと自体が大々的に取り上げられ、追及がエスカレートし、それにより企業の信頼が大きく傷つく結果になることが過去の事例に照らしても明らかである
– 現に行われてしまった重大な違法行為による企業としての信頼喪失の損害を最小限度に止める方策を積極的に検討することこそが、このとき経営者に求められていた
– 「自ら積極的には公表しない」というあいまいで消極的な方針が、大々的な疑惑報道がなされるという最悪の事態を招く結果につながったことは否定できない
– 損害が拡大したことに責任を負うべきである

2. 不正・不祥事に責任のある役員に対する責任追及の判断

(1) 刑事責任追及の判断

ア. 不正行為に関する刑事責任

不正調査の結果、不正を行った役員に刑事責任があると認められる場合には、企業として刑事告訴・告発を検討することになります。刑事告訴・告発すべきか否かは、弁護士とも相談のうえで慎重に検討することが必要となります。その場合には、犯罪の重大性や悪質性、会社が受けた被害の大きさ、被害の回復の有無、社内の規律維持への影響、辞任・退職・懲戒等の処分の有無、取引先への影響等の各事情を総合的に考慮して判断することになるものと思われます。

他方で、不正により被害を被った被害者や監督官庁、地方公共団体から刑事告訴・告発がなされる場合もあります。そのような場合には、対応が後手に回ってしまうリスクがあります。外部から刑事告訴・告発がなされたケースには、以下のようなものがあります。

– 廃棄物を不法投棄したケースで、県による刑事告発(廃棄物処理法違反)がなされた例(その結果、企業に罰金5,000万円、担当取締役(不正行為者)について懲役2年の実刑)
– 免震製品のデータ偽装がなされたケースで、当該製品の取引先関係者が、不正競争防止法違反の疑い(免震製品の性能が国の基準を満たしているとする虚偽の検査成績書を作成し、出荷先の建設会社に交付した疑い)で検察庁に対して告発をした例(代表者らは不起訴、不正が行われた会社は不正競争防止法違反罪により罰金1,000万円)
– 土壌汚染に関して必要な届け出を怠って土地の開発を行ったケースで、市民から土壌汚染対策法違反で刑事告発がなされた例(後に不起訴処分)
– 土壌汚染が検出された事実を告知せずに地上マンションを分譲したケースで、宅地建物取引法違反で、同社代表者らや企業について検察官送致がなされた例(後に起訴猶予処分)

イ. 不正に適切に対処しなかった結果生じた事故に関する刑事責任

不正(製品の不具合等)を認識しながら、適時に開示・公表を行わなかった結果として第三者に致死傷の結果が生じたような場合には、業務上過失致死傷罪(刑法211条)の責任を問われる可能性があります。

– 大型トラックのハブが破損し脱落したタイヤが歩行者にぶつかり死亡事故が生じたケースで、同社において以前にも事故があり強度不足の疑いがあったハブについて運輸省に対して虚偽の報告をするなどリコール隠しを行った結果、死亡事故が生じたとして、同社の品質保証部門の責任者2名に業務上過失致死罪の刑が確定した例(禁錮1年6か月、執行猶予3年)
– ガス湯沸器の製造業者につき、ガス湯沸器の修理業者等が内部配線の不正な改造を行ったことにより不完全燃焼が起こって一酸化炭素中毒による死亡事故が生じたケースにおいて、消費者に対する注意喚起を徹底しなかったことによって同事故を招いた過失があるとして、製造業者の代表取締役および品質管理担当の取締役に業務上過失致死罪の刑が確定した例(禁錮1年6か月、禁錮1年(いずれも執行猶予3年))

(2) 民事責任追及の判断(損害賠償請求等)

刑事責任のほか、不正を行った役員に対する民事責任の追及(損害賠償請求等)についても検討することになります。民事責任の追及は、企業が被った財産的損害を回復することを目的とするものですが、それと同時に、対外的に企業の自浄能力を示してさらなる信用の低下を防止・回復することができるほか、企業の厳正な姿勢を示すことにより再発防止に寄与するものと考えられています。

ここで注意すべきは、不正行為者に民事責任が認められる(またはその可能性が高い)にもかかわらず、合理的理由もなくその追及を行わない判断をしたことを理由に、取締役の善管注意義務違反の責任を問われる可能性があることです。

債権を回収するために訴訟提起をすることまでが必要か否かについては、取締役に一定の裁量があると考えられています。もっとも、以下のような状況において訴訟提起をしない場合には、取締役の裁量の範囲を逸脱し責任を負う可能性があるとされています(東京地裁平成16年7月28日判決・判タ1228号269頁参照)。

①    債権の存在を証明して勝訴しうる高度の蓋然性がある②    債務者の財産状況に照らし、勝訴した場合の債権回収が確実である

③    訴訟により回収が期待できる利益が訴訟に要する費用を上回る

 

株主代表訴訟のなかには、きわめて高額の賠償責任が認められるケースがあります。

【大阪地裁平成24629日】(事案の概要)

廃棄物のリサイクル製品(埋戻し材)について成分を偽装して認定を受けたうえで販売・不法投棄したケースで、株主代表訴訟が提起された事案

(判旨の概要)
– 第一審は、元役員ら3名の責任を認め、そのうち1名に対しては請求額のほぼ全額である485億8,400万円の支払い命令
– なお、第一審判決に対して控訴がなされましたが、控訴審では、元役員らがコンプライアンスの不備に遺憾の意を表明し、和解金として合計約5,000万円余りを会社に支払う旨の和解が成立したとのことです

3. 不正・不祥事に責任のある役員に対する処分の検討

(1) 取締役の辞任・解任等

不正・不祥事について責任があると判断した取締役に対する処分としては、以下の対応などが考えられます。

– 取締役の役付(社長、副社長、専務、常務)を解職(降格)
– 取締役の辞任を求める、または、株主総会決議により取締役を解任

もっとも、解任に正当な理由がない場合には、解任された取締役から、任期満了までの報酬や損害賠償の請求がなされるおそれがあります(会社法339条2項)ので、注意が必要です。

(2) 月額報酬の減俸等

上記とあわせて取締役の月額報酬の減額を検討することもありますが、減額幅(10%、30%減など)や減額する期間(3か月、6か月など)は事案によって異なります。

また、社外取締役、非常勤監査役や顧問の報酬を減額する例は、一般的とはまではいえませんが、たとえば社外取締役や監査役の報酬の一部を一定期間自主返上するといった例もあります。

以 上

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