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2019.07.30

病院(医療法人)のM&Aについて

業務分野

M&A

 

1. はじめに

近年、病院のM&A案件が増えており、後継者不在といった日本経済が抱える構造的問題や、医療ツーリズムという言葉に代表される国際的な病院間の競争激化という観点から、今後ますます病院のM&A案件は増大していくものと思われる。病院は、医療法で規制されており、そのM&Aに関しては、通常の事業会社等とは異なった考慮が必要となる。

病院は、医療法により、医師である個人と医療法人[1]によって開設することができるとされている。病院が医師である個人により開設されている場合、そのM&Aは事業譲渡という方式で行われることになる。他方、病院が持分の定めのある医療法人により開設されている場合、そのM&Aは、事業譲渡はもちろん、合併や持分の譲渡といったような手法によることも可能である。

本ニューズレターでは、持分の定めのある医療法人が保有する病院のM&Aを中心に、その規制の特殊性について説明することとしたい。

 

2.医療法人について 

医療法人は、医療法の規制の下にあり、公益性が求められることはもちろん、その構造等についても株式会社などとは異なる。そこで、医療法人が保有する病院のM&Aを検討する前提として、まずは持分の定めのある医療法人の基本的な構造等について説明することにしたい。
 
(1) 医療法人とはいかなる法人か

医療法人とは、病院、医師若しくは歯科医師が常時勤務する診療所等を開設する社団又は財団である。
医療法人制度が導入されたのは半世紀以上前のことであるが、その趣旨に関しては、私人による病院経営の経済的困難を、医療事業の経営主体に対し、法人格取得の途を拓き、資金集積の方途を容易に講ぜしめること等により、緩和することにあり、その趣旨は今も変わっていない。ただ医療法人といってもその種類は様々である[2]が、現在でも約75%が持分の定めのある医療法人[3]である。
 
(2) 医療法人の非営利性

持分の定めのある医療法人は、営利目的で開設することができず、剰余金の配当も禁止されている。この非営利性こそが営利法人たる株式会社との最大の違いの一つであり、持分の定めのある医療法人のM&Aにおいては、この非営利性故の規制等に留意する必要がある。

例えば、以下の(3)で述べるように、株式会社などの営利法人は医療法人の社員となることができない。また、持分の定めのある医療法人と経営上利害関係にある営利法人等の役職員は医療法人の役員及び社員に原則としてなることができないとされている[4]

したがって、M&Aのスキームを検討するにあたっては、原則として持分の定めのある医療法人と取引関係にある営利法人等の役員や社員は当該医療法人の役員や社員になることはできないという非営利性との関係にも配慮する必要がある。
 
(3) 医療法人の機関

持分の定めのある医療法人の機関の概要は以下の表記載のとおりである(表中の下線部分は、株式会社との比較において特徴的な点である。)。

機関 概要
社員総会 ·   理事会の上部機関であり医療法人の最高意思決定機関

·   社員は1人1議決権        ⇔一株一議決権

·   社員は社員総会で選任され、

持分権者でなくても社員になれる  ⇔株主は出資する必要あり

·   営利法人は社員になれない     ⇔営利法人も社員になれる。

理事・理事会 ·   医療法人の業務執行機関

ü 理事会は、①医療法人の業務執行の決定、②理事の職務の執行の監督、③理事長の選出及び解職を行う

·   理事は1人1議決権

·   理事は原則3名以上[5]

·   理事のうち1人は理事長

·   理事は医師でなくてもよいが、理事長は原則として医師又は歯科医師(院長兼務の例が多い)[6]

·   理事の任期は2年、再任可

·   理事の欠格事由あり(成年被後見人等)

監事 ·   理事長の代表行為及び各理事の業務執行を監督する機関であり、第三者の立場から会計監査、業務監査を行う

·   監事は1名以上

·   監事の任期は2年、再任可

·   監事の欠格事由あり(成年被後見人等)

·   理事又は法人の職員との兼職禁止

 

持分の定めのある医療法人の機関を株式会社の機関と比較した場合、社員総会が株主総会に相当し、理事会が取締役会に相当し、監事が監査役に相当する。社員総会決議事項及び理事会決議事項は、基本的には株主総会事項や取締役会事項と同様ではあるが、医療法人においては厚生労働省よりモデル定款が公表されており、これを考慮して定める必要がある点には留意が必要である。

 

持分の定めのある医療法人における社員総会決議事項及び理事会決議事項は、以下の表記載のとおりである。

  社員総会決議が必要な事項 決議要件
定款の変更(法54-9Ⅰ) ·   出席者の過半数の賛成(法46-3-3Ⅲ)
役員の選任(法46-5Ⅱ)
基金の返還(規則30-38Ⅰ)
基本財産の設定及び処分、毎事業年度の事業計画の決定・変更、収支予算及び決算の決定、剰余金又は損失金の処理、借入金額の最高限度の決定、社員の入社及び除名、その他重要な事項(モデル定款)
役員の解任(法46-5-2Ⅰ) ·   出席者の過半数の賛成

·   監事の解任のみ出席者の三分の二(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の賛成(法46-5-2Ⅲ)

役員等の責任の免除

(法47-2ⅠⅡ)

·   [全部免除]総社員の同意(法47-2Ⅰ・一般社団法人法112)

·   [一部免除]出席者の三分の二(これを上回る割合を定款で定めた場合にあっては、その割合)以上の賛成(法47-2Ⅱ・一般社団法人法113)

解散(法55Ⅰ③) ·   総社員の四分の三以上の賛成or定款の別段の定め(法55Ⅱ)
合併及び分割(法58・60) ·   総社員の同意(法58-2Ⅰ・60-3Ⅰ)

 

  理事会決議事項
重要な資産の処分及び譲受け(法46-7Ⅲ)
多額の借財(同)
重要な役割を担う職員の選任及び解任(同)
従たる事務所その他の重要な組織の設置、変更及び廃止(同)
定款の定めに基づく理事等の損害賠償責任の免除(同)
基本財産の処分、収支予算の決定、剰余金の処理等(モデル定款)

 

(4) 持分と社員

持分の定めのある医療法人における社員と持分という概念についても注意が必要である。持分の定めのある医療法人における持分とは、定款の定めるところにより、出資額に応じて払戻し又は残余財産の分配を受ける権利をいい、株式会社における株式と類似する概念である。しかしながら、株式と大きく異なり、持分権者と社員(社員総会で議決権を有する者)は一致しない。持分を保有しない者(出資者ではない者)も社員総会の承認を得ることで社員となることができる。

実際に当事務所において扱った案件においても、持分を保有していない社員が存在する医療法人は散見されるところである。また、社員についても、社員=株主と誤解されていることがしばしば見受けられるが、株主と異なり、社員は1人1個の議決権しか有さない。つまり、出資額の多寡又は出資の有無に関わらず社員は1議決権しか有していないことに注意が必要である。

 

3. 医療法人のM&Aの手法

(1) 持分譲渡

持分の定めのある医療法人においては、株式会社における株式譲渡と同様、持分を譲渡し、かつ、社員及び役員を変更するという方法をとることができる。

この方法をとる際に留意すべき点が社員という地位である。株式会社のように、社員=株主と混同し、保有持分額が多い社員の了承さえ得ることができれば医療法人の支配を獲得することができるとの誤解が多少なりともあると思われるが、社員は1人1議決権であるため、過半数の持分を譲り受けても持分の定めのある医療法人を支配することができない。持分の定めのある医療法人を支配するには、持分の譲渡とは別に、社員の頭数の過半数を抑えることが必要不可欠であり、このことに留意する必要がある。
 
(2) 事業譲渡

次に持分の定めのある医療法人においては事業譲渡というM&Aの手法も可能である。事業譲渡を行う場合には、譲渡人において病院の廃止届出、譲受人において新規の開設許可が必要となる(すなわち譲受人は医師や医療法人等の開設主体(いわゆる医療法人等)である必要がある。)。

また、医療法上、会社法における株式会社のように、事業譲渡の手続に関する定め(例えば社員総会決議の要否等)はないが、事業譲渡はモデル定款が社員総会決議事項として定めている「その他重要な事項」に該当する可能性が高いので社員総会決議を経るべきであるとされる。

 

(3) 合併

持分の定めのある医療法人においては合併も認められている。もっとも、合併は持分譲渡と比べると手続が煩雑である。すなわち、持分の定めのある医療法人において合併を行うためには、総社員の同意が必要であることに加え、都道府県知事等の認可も必要である。さらに、認可の申請の際に、合併後2年間の事業計画及びこれに伴う予算書も提出する必要がある。合併を検討する際には、かかる点も考慮する必要がある。

 

(4) 分割

最後に、近年医療法人の分割制度が創設された。したがって、持分の定めのある医療法人において分割手続を実施することも可能である。分割手続による場合、事業譲渡の場合に必要となる病院等の廃止届出・新規開設許可は不要である。株式会社における会社分割と同様、債権者の個別の承諾なく、権利義務を承継することが可能である。もっとも、合併と同様、総社員の同意は必要であることに加え、都道府県知事の認可も必要となる。さらに、認可の申請の際に、分割後2年間の事業計画及びこれに伴う予算書も提出する必要がある。分割を検討する際には、かかる点も考慮する必要がある。

 

4.おわりに

 

近時、病院においても、スムーズに事業承継することができず、紛争に発展するケースも散見される。このような事態を避けるためにも、特に後継者のいない病院においては、M&Aという手法も有効な選択肢といえよう。本稿では持分の定めのある医療法人を中心にM&Aの規制の概要や留意点などについて説明を行ったが、実際にM&Aを実施するに当たっては、本稿で指摘した点に加え、いわゆるメディカルサービス法人の取り扱いなどが問題となるケースが多く、そのスキーム策定や実行の段階において、医療法に精通した対応が必要となることにご留意いただきたい。

以 上

[1] 地方公共団体等の公的機関も開設することができる。

[2] 現在においては、①持分の定めのある社団医療法人、②持分の定めのない社団医療法人、③社会医療法人、④特定医療法人、⑤財団医療法人が認められている。

[3] 現在新たに持分の定めのある医療法人を設立することは認められていない。

[4] 平成24年3月30日付け厚生省健康政策局総務課長「医療機関の開設者の確認及び非営利性の確認について」

[5] 都道府県知事の認可があれば1人又は2人でもよい。

[6] 都道府県知事の認可があれば医師又は歯科医師でなくてもよい(死亡した理事長の妻など)。