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事務所概要・アクセス
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<目次>
1. はじめに
2. PFASをめぐる米国での紛争事例及び米国環境保護庁の規制の動き
3. PFASをめぐる日本の法規制の動き及び最近の問題事例
4. PFASリスクのある不動産取引における実務的留意点
なお、本ニューズレターは、2023年12月28日時点までに入手した情報に基づいて執筆したものであり、また具体的な案件についての法的助言を行うものではございません。また、本ニューズレター中意見にわたる部分は、執筆担当者ら個人の見解を示すにとどまり、当事務所の見解ではないことにご留意ください。
PFASとは、有機フッ素化合物のうち、高度にフッ素化されたペルフルオロアルキル化合物とポリフルオロアルキル化合物を総称したものであり、約1万物質以上があるとされています(※1)。
※1 環境省PFASに対する総合戦略検討専門家会議「PFOS、PFOAに関するQ&A集 2023年7月時点」(2023年7月)2頁
PFASは、化学的安定性、水溶性、不揮発性などの特徴を持ち、泡消火薬剤、半導体、繊維等幅広い用途で使用されてきました。他方で、米国の学術機関によれば、PFASは長期的に環境に残留しやすいということや、コレステロール値の上昇、発がん、免疫系等との関係があることが報告されています(※2)。そこで、予防的な取り組みの観点から、残留性有機汚染物質に関するストックホルム条約(POPs 条約))において、PFOS は2009 年に、PFOA は2019 年に廃絶等の対象とすることが決定されています。
※2 NHK クローズアップ現代「「PFAS」とは?世界の規制状況・健康への影響は?」(2023年4月10日)
同条約締約国の日本においても、後述のとおり、2010年に、PFASのうち代表的なものであるペルフルオロオクタンスルホン酸(PFOS)につき、2021年には、ペルフルオロオクタン酸(PFOA)につき、それぞれ、製造・輸入等が原則禁止されることとなりました。
2023年6月には、米国3M社が、飲料水をPFASで汚染したことを理由として米国内の自治体水道局から訴訟を提起された件に関し、和解金として最大103億ドル(約1.5兆円)を支出し、13年間にわたって支払う旨暫定合意をしたことが報道されました(※3)。
※3 3M Japan News Center「3M、米国での飲料水の改善支援のため公共水道事業者と合意」(2023年6月23日)、ロイター通信 “3M’s $10.3 billion PFAS settlement gets preliminary approval” (2023年8月31日)
日本でも、2010年~2012年及び2020年以降に、米軍基地からPFASを含む泡消火剤が漏出したことによる地下水汚染問題が報道されています。また、過去にPFOAを製造していた大阪府摂津市のダイキン工業淀川製作所の周辺の地下水を2019年度以降国や府が調査したところ高濃度のPFOAが検出されたという報道も見受けられます。
以上のとおり、日本においては、PFASについてのリスクは近年急速に顕在化してきているものの、PFASに対する法的規制等は未だ発展途上の段階にあります。PFASの問題は新たな問題であるため、不動産取引に関するPFASのリスクにどう対応するかについての前例も乏しい状況です。今後、不動産取引においてPFASについてのリスクへの対応に苦慮する場面も出てくるものと思われます。本ニューズレターでは、不動産取引におけるPFASリスクへの対応について理解しておくべきと考えられる事項について解説します。
PFASをめぐっては、2010年代より、米国において問題視されるようになり、PFAS製造者及び水道事業者などへの私人からの訴訟提起が相次ぐようになりました。また、その影響もあってか、日本国内でも、米軍基地周辺などにおいて、PFASによる環境汚染が報告されています。米国における紛争の具体的事例は以下のとおりです。
※4 3M Japan News Center「3M、米国での飲料水の改善支援のため公共水道事業者と合意」
PFASのうち特にPFOA及びPFOSについては、上記のデュポン社や3M社などによる環境汚染が報告される前から、米国においては製造・輸入等が漸次制限されていましたが、これらの企業による環境汚染が報告された後、PFAS全体につき、より具体的に規制が強化されることとなりました。米国環境保護庁(EPA)による大まかな規制の流れは以下のとおりです。
日本においても、PFASに関し、徐々に法的規制が強化されています。
※5 第一種特定化学物質とは、難分解性、高蓄積性及び長期毒性(継続的に摂取される場合には、人の健康を損なうおそれ又は高次捕食動物の生息・生育に支障を及ぼすおそれがある)を有する物質をいいます(化審法2条2項、大塚直『環境法(第4版)』215頁)。
※6 指定施設とは、有害物質を貯蔵し、もしくは使用する施設又は指定物質を製造し、貯蔵し、使用し、若しくは処理する施設を(水質汚濁防止法2条4項)、指定事業場とは、指定施設を設置する工場又は事業場を(水質汚濁防止法14条の2第2項)、それぞれ指します。
厚生労働省は、水道水について、2020 年にPFOSとPFOAを水質管理目標設定項目に位置付け、PFOSとPFOAの合算値で50ng/L(1リットル当たり50ナノグラム)以下とする暫定目標値を定めました。また、公共用水域や地下水についても暫定指針値として同様にPFOSとPFOAの合算値で50ng/L以下と定めています(※7)。
※7 環境省・前掲「PFOS、PFOAに関するQ&A集 2023年7月時点」(2023年7月)2頁、環境省・厚生労働省「PFOS 及び PFOA に関する対応の手引き」(2020年6月)8頁
※8 NHK 首都圏ナビ「PFAS含む泡消火剤 米軍横田基地内で漏出 地下水調査の状況や課題は」(2023年7月6日)
※9 NHK関西 NEWS WEB「有機フッ素化合物PFAS 大阪で住民の血液中濃度調査へ」(2023年9月12日)
※10 朝日新聞デジタル「ダイキン周辺でPFOA検出続く 大阪府摂津市、市民団体は対策要求」(2023年5月23日)
PFAS問題への対応を考える際には、過去の土壌汚染及び地中障害物に関する裁判例の考え方を理解しておく必要があります。
まず、最高裁判例では、契約の目的物における瑕疵の有無は契約締結時の取引観念(社会通念)を斟酌して判断されるとされています(最判平成22年6月1日民集64巻4号953頁、判例タイムズ1326号106頁)。この判例の事案は、売買契約時には法令で規制対象となっていなかった特定有害物質(ふっ素)が、契約後に土壌中から発見されたことから、対象不動産の買主が売主に対し、土壌汚染(ふっ素)処理のために必要となった費用等について瑕疵担保責任に基づき損害賠償請求をしたというものです。最高裁は、瑕疵の有無は売買契約当時の「取引観念」を斟酌して判断すべきとしました。また、最高裁は、この事案においては、売買契約当時に、有害性が認識されていたか否かにかかわらず、人の健康に係る被害を生じるおそれのある一切の物質が含まれていないことが特に予定されていたとみるべき事情もうかがわれないとして、対象不動産の土壌に環境基準値を超えるふっ素が含まれていたことは、民法上の瑕疵にあたらないとし、買主敗訴の判決を下しました。
平成29年5月に成立した民法改正(債権法改正)により、瑕疵担保責任は廃止され、契約不適合責任に変更されましたが、旧法下における「瑕疵」についての判断は、契約不適合の有無を判断する際にも参考となると思われます。
この最高裁の考え方をPFASについて当てはめると、PFASの危険性についての認識は広まりつつあるとはいえ、土壌中に存在した場合の基準値が定められているわけではなく、法令による規制がなされる前の「ふっ素」同様の状況にあると考えられます。
土壌汚染に関する従前の裁判例をみると、土壌中に含まれていた物質に関して法令で定められた基準値(環境基準値)があるか否かにより、紛争の現れ方が変わる傾向があります。土壌中に含まれていた物質に環境基準値が存在する場合は、その物質の量が基準を超えるときは、契約不適合(瑕疵)であると判断され易い傾向があります(東京地判平成18年9月5日判例タイムズ1248号230頁、東京地判平成25年11月11日判例秘書 L06830896等)。他方、基準値のない場合は、契約不適合(瑕疵)となるか否かの判断が難しくなる傾向があります。例えば、土壌中に、有毒性のない地中障害物や油類などが含まれていた場合です(東京地判平成14年9月27日判例秘書 L05732039、東京地判平成22年3月26日Westlaw 2010WLJPCA03268023等)。また、一般にその危険性は認知されているものの、土壌中に存在する場合の環境基準値のないアスベストについても、土壌中に含まれていた場合には契約不適合(瑕疵)となるか否かの判断が難しいケースが多くあります(東京高判平成30年6月28日裁判所ウェブサイト・判例時報2405号23頁等)。
上記のとおり、PFASの危険性が認識され、法的規制も進んできましたが、地下水汚染についての暫定目標値・指針値が設定されているのみであり、PFASが土壌中に存在する場合の環境基準値は未だありません。
このような物質が土壌中で発見された場合、契約不適合か否かが争われやすくなります。従って、土壌中におけるPFASについて法的リスクがあると予想される事案では、土壌中でPFASが発見された場合の法的処理につき予め契約当事者同士で契約に明記しておくべきと考えられます。また、PFASの存在により契約不適合となった場合の対応についての条項なども設けておくことが望ましいといえます。
具体的に必要となる契約条項については、事案の性格や、当事者が対象不動産の売主であるのか買主であるのかによって異なります。例えば、買主としては、通常土処分にかかる費用を超える処分費用がかかった場合の超過費用や、調査にかかった費用、PFASの存在により建設プロジェクトの遅延が生じた場合の費用等について売主に対して損害賠償請求ないし補償請求できる形とすることが望ましいでしょう。他方、売主であれば、上記のような請求を避けたければ、必要な責任制限特約を設けるべきと考えられます。