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2025.04.25

近時のテナント賃貸借契約において注意すべき紛争事例-テナント賃貸借契約締結後に判明する法規制と実務対応のポイント-

<目次>
1. はじめに
2. 近時の紛争事例
(1) 民泊事業に伴う紛争事例
(2) 医療クリニックの開業に伴う紛争事例
(3) 飲食店の入居に伴う紛争事例
3. 仲介業者の説明義務
4. 紛争を防止するためのポイント
(1) 賃借人(テナント)側の視点
(2) 賃貸人(オーナー)側の視点

 本ニューズレターは、掲載時点までに入手した情報に基づいて執筆したものであり、また具体的な案件についての法的助言を行うものではないことにご留意ください。また、本ニューズレター中意見にわたる部分は、執筆担当者個人の見解を示すにとどまり、当事務所の見解ではありません。

1. はじめに

 近時、事業用の建物賃貸借において、契約後に消防法や建築基準法等への抵触が判明し、賃借人(テナント)が想定した事業目的で貸室を使用できず、トラブルになる事例が増えています。特に、民泊事業やクリニック、飲食店など、入居などに伴い消防法や建築基準法等に基づく対応が必要となることのある業種では、賃貸人側においてそのような対応の必要性を把握していない一方、賃借人(テナント)としても十分な調査ができていなかったことなどから、想定していなかった設備が必要であったことが契約締結後に判明し、トラブルとなります。必要となる設備が建物全体に関係する場合やその費用が高額となる場合など、具体的な対応を賃貸人・賃借人のいずれが行うかで争いとなることが多く、その結果、裁判に至るケースも見受けられます。当事務所でも、裁判に至った事案を含め、複数件、同種のトラブルを取り扱いました。
 裁判所の判断の傾向としては、賃借人(テナント)の入居に伴って対象建物に新たな規制が適用されるに至った場合について、基本的に賃借人(テナント)側に当該規制の調査義務等を認める傾向にあります。ただし、最終的には、個々の事案における個別の合意内容を仔細に検討することにより賃貸人・賃借人(テナント)のいずれに責任があるかを認定するという形がとられているため、契約締結前における担当者レベルでのやり取りの内容や賃貸借契約書の記載内容も重要であり、仲介を行う宅地建物取引業者(宅建業者)としても注意が必要です。
 以下、関連する裁判例を紹介したうえで、契約締結に際して賃借人・賃貸人それぞれにおいて注意すべきポイントを掲げます。

2. 近時の紛争事例

(1) 民泊事業に伴う紛争事例

 東京高裁令和4年10月27日判決では、賃借人が住宅宿泊事業法第2条第3項所定の住宅宿泊事業(いわゆる民泊事業)を行うことを目的として、4階建ての共同住宅(9戸)のうちの5室を賃借することを内容とする賃貸借契約を締結した後、管轄消防署より、各貸室の用途が「特定用途の複合」(※1)に該当し、建物全体に消防設備(自動火災報知設備等)の設置が必要となるとの指摘を受けることになりました。
 当該消防設備の設置には数百万円の費用がかかり、賃借人は、当該設備の設置に係る対応を賃貸人に求めましたが、拒絶されたため、賃貸人に説明義務違反があるとして、不法行為に基づく損害賠償を求める裁判を起こしています。裁判所は、賃貸借契約書や重要事項説明書に各貸室ないし建物が民泊事業を行うに当たって必要とされる設備を完備している旨の記載や民泊事業を行うに当たり法令上問題が無い旨の記載がないこと、賃貸借契約の締結に際し、賃借人が賃貸人ないし仲介業者に対し、これらのことを要望したり確認を求めたりした形跡がないことを踏まえ、賃貸借契約の合意内容には、各貸室ないし建物に民泊事業に必要とされる設備が備わっていることまで含まれていないなどとして、賃借人の請求を棄却しています(同様の事案である東京高裁令和4年12月21日判決も同趣旨の判断をし、賃借人の請求を棄却しています。)。(※2)

(※1) 消防法上、店舗や劇場、病院、診療所など、不特定多数の人が出入りする建物については特定防火対象物とされ、そうでない建物(非特定防火対象物。建物全体が事務所として使われている場合などがこれに当たります。)に比べて消防用設備等の設置基準が厳しくなります。1つの建物が複数の用途に用いられる場合は「複合用途防火対象物」と呼ばれますが、その用途の中に特定用途に係る部分(不特定多数の人が出入りする部分)があると、特定防火対象物となります(消防法第17条の2の5第2項第4号、同法施行令第34条の4第1項、同別表第一(十六)項(イ))。
(※2) 民泊事業については、平成29年10月27日付の「住宅宿泊事業法に基づく届出住宅等に係る消防法令上の取扱いについて(通知)」など、当局から消防関係に関する通知もなされていることから、賃貸借契約の締結に当たっては、これらを踏まえた対応を行う必要があり注意が必要です。

(2) 医療クリニックの開業に伴う紛争事例

 東京地裁令和3年11月29日判決では、医療法人である賃借人がクリニックとしての使用を目的として対象建物の1フロアについて事業用建物賃貸借契約を締結したところ、管轄消防署より、当該フロアの全面積にクリニックが入居・開業した場合、当該建物が消防法上の特定用途に係る複合用途防火対象物に該当し、建物の屋内消火栓設備に非常電源を設置するなどの対応が必要となるなどとされ、紛争に発展しました。
 当該設備の設置には1000万円以上の費用を要し、賃借人としては、費用があまりにも高額で当該フロアでのクリニックの開業ができないことから、原始的不能や錯誤による無効、瑕疵担保責任に基づく解除、当該設備の設置義務違反ないし告知義務違反などを理由に、賃貸人に対し損害賠償等を求めて裁判を起こしました。
 裁判所は、当該建物において新規の賃借人が入居することによって法令等に基づく規制が新たに適用される場合、第一次的に新たに服すべき規制についての調査義務や当該規制に適合するように消防設備等を設置する義務を賃借人となる入居者側に負わせることが合理的であるなどとして、賃借人の請求を棄却しています。(※3)

(※3) テナントの入居に伴い建物が複合用途防火対象物となり、消防法上の対応が必要となったことに伴う紛争事例は、民泊事業やクリニックの開業に関する事例に限られません。
例えば、東京地裁令和元年7月4日判決では、賃借人が共同住宅の一室を障害福祉サービス事業兼事務所に使用する目的で賃借したところ、賃借人の入居に伴い、建物の用途が共同住宅から複合用途防火対象物に変更となり、建物全体に自動火災報知設備(約500万円)の設置が必要となることが判明し、紛争となっています。当該事案について裁判所は、賃貸人が賃借人の事業等のために建物全体に自動火災報知設備を設置することが契約の合意内容になっていたとは認めがたいとして、賃借人の損害賠償請求を棄却しています。

(3) 飲食店の入居に伴う紛争事例

 飲食店の入居に伴う紛争事例も多数みられます。例えば、東京高裁令和3年9月15日判決では、飲食店事業を営む賃借人が対象物件(居抜き店舗)を飲食店の用に供するため賃借し、当該物件においてビストロレストランを営むために厨房排気ダクトを改修して消防法令の要件を充足しようとしたところ、天井の高さが建築基準法の定めに違反することになり、当該物件において飲食店営業をすることが不可能であったなどとして紛争に発展しました。賃借人は債務不履行や不法行為を根拠に賃貸人に対し損害賠償を求めましたが、裁判所は、「賃借した店舗において希望する営業をするためにはどの程度の設備を必要とするかは、用法順守義務違反に反しない範囲で賃借人・・・が判断すべきものであり、現状の設備の性能が控訴人(注:賃借人)の営業形態に合致し、利用できるかどうかについても、法令上の制限の有無も含め原則として控訴人(注:賃借人)自身が契約締結に当たり調査すべきであって、居抜き店舗として借主を募集し、賃貸借契約の内容としてその旨合意したからといって、被控訴人(注:賃貸人)・・・が控訴人(注:賃借人)に対し、本件店舗が控訴人(注:賃借人)の営業形態に適合することを保証したとはいえない」として賃借人の請求を棄却しています。
 また、東京地裁令和4年9月6日判決では、賃借人が飲食店舗を行うことを目的として建物を賃借したところ、賃貸人が当該建物について消防法令に基づく適法な設備を設置していなかったことから、債務不履行に基づく損害賠償請求を行いましたが、裁判所は、具体的な契約条項の内容を踏まえ、「本件賃貸借契約は、本件貸室及びそれに付随する・・・共用部分については、その消防設備の設置の費用負担及び消防当局の検査立会い等は、賃貸人・賃借人の内部関係において賃借人側に責任があると定めたものと解するのが相当である」と判断して、賃借人の請求を棄却しています。
 消防法や建築基準法以外の紛争事例としては、例えば、東京地裁平成29年11月27日判決では、東京都文教地区建築条例が原因で賃借人が飲食店を営むことができなかった事案において、不動産広告の記載等も踏まえ、「本件不動産において『飲食店営業』が可能であることが合意内容となっていたとは認められない」として、賃貸借の目的物に「瑕疵」が認められない旨判断がなされています。(※4)

(※4) 飲食店以外にも類似の紛争事例が近時多数みられます。東京地裁令和3年4月12日判決では、対象物件をペットショップとして使用することを目的とした賃貸借契約において、排煙設備を設けて用途変更の手続を行うことが困難であるなどとして紛争に至り、結論として、賃借人の損害賠償請求が棄却されています。
また、東京地裁平成24年2月16日判決では、用途制限が原因で賃借人がゴルフレッスン事業を営むことができなかった事案において、賃貸借契約の内容に賃借人が対象建物において現実に営んでいた規模、態様のゴルフレッスン事業を確実に営むことができることまで含むものとはいえないなどとして、賃貸借の目的物に瑕疵が認められない旨判示されています。

3. 仲介業者の説明義務

 賃貸借の仲介業者としては説明義務違反とならないよう配慮する必要があります。宅地建物取引業法上、宅建業者は、建物の賃貸借の媒介に際し、法令に基づく制限として、一定の事項を説明する義務があります(同法第35条第1項第2号、同法施行令第3条第3項)。もっとも、宅地建物取引業法は、これらの事項を「少なくとも」説明しなければならないと定めており(同法第35条第1項柱書)、宅建業者が説明すべき事項は同法に列挙されている事項に限られません。
 裁判実務上も、例えば、東京地裁平成28年3月10日判決では、仲介業者が説明すべき事項に関し、「不動産の賃貸借契約を仲介する宅建業者としては、当該契約の目的不動産について、賃借人となろうとする者の使用目的を知り、かつ、当該不動産がその使用目的では使用できないこと又は使用するに当たり法律上・事実上の障害があることを容易に知り得るときは、それが重要事項説明書の記載事項(宅建業法35条1項各号)に該当するかどうかにかかわらず、賃借人となろうとする者に対してその旨を告知説明すべき義務がある」とされています。
 仲介業者としては、賃借人(テナント)から出店に当たり問い合わせのあった事項については調査や説明を行う義務が生じる可能性があるので注意が必要です。

4. 紛争を防止するためのポイント

(1) 賃借人(テナント)側の視点

 賃借人(テナント)としては、業種を問わず、出店に当たり、自己又は仲介業者、コンサルティング業者等を通じて、貸室において自己が想定している事業を行うことに法令上の障害が存しないか入念に調査を行うことが重要です。上記の紛争事例において頻発している消防法関係のトラブルについても、管轄消防署への問い合わせにより容易に把握できる場合も多く、賃貸借契約の締結に先立ち適切に調査を行っておくことが紛争を未然に防止することに繋がります。
 また、このような調査を通じて懸念事項がある場合には、賃借人(テナント)において、賃貸借契約の締結に先立ち関係者に問い合わせを行い、必要に応じて、賃貸借契約書や重要事項説明書にもその内容を記載する(場合によっては、契約締結後の無償解除や交付した金銭の返還について規定を設ける)ことで、将来的に紛争となった場合にも有利に手続を進めることが可能になるものと考えられます。関係者とのやり取りについては事後的に裁判所に証拠として提出することができるよう、電子メール等の記録に残る形で行っておくことも有効です。

(2) 賃貸人(オーナー)側の視点

 賃貸人(オーナー)としては、第一次的な調査義務が賃借人にあることを、自己又は仲介業者、コンサルティング業者等を通じて賃借人に理解してもらい、賃借人による適切な調査を促すことが重要になります。このようなやり取りの存在自体が、賃貸人(オーナー)側に調査義務・説明義務がないことを裏付けることにもなりますので、電子メール等の記録に残る形で対応を記録化しておくことも有効です。
 また、一般的な賃貸借契約書においては、上記のような調査義務の所在や必要設備の費用負担について明確な定めがなされていないことが通常であり、このようなことから上記のような紛争が頻発しているという背景もあるものと考えられます。そのため、賃貸人(オーナー)としては、賃貸借契約書の特約事項として関連法令の調査や必要となる設備の費用負担について明確な定めを行っておくことも有効と考えられます。

以 上

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