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新型コロナウイルス(COVID-19)の感染拡大により、2020年4月7日、日本政府は新型インフルエンザ等対策特別措置法(以下「特措法」という。)に基づき、東京都等の7都府県を対象区域として緊急事態宣言を行った。かかる緊急事態宣言を受け、同月10日、東京都は、特措法に基づき、映画館やライブハウス、スポーツクラブなどのほか、床面積が1千平方メートルを超える商業施設に休業を要請した。また、東京都は、特措法の対象とはならない生活必需品を取り扱わない店舗(床面積が百平方メートル以下の店舗を除く。)にも、休業への協力を独自に依頼した。また、2020年4月16日、日本政府は、特措法第32条第3項に基づき、緊急事態宣言の対象区域を全都道府県に拡大した。大阪府、神奈川県、千葉県等をはじめとして他の多くの都道府県においても、(その対象や内容に相違はあるものの)同様の要請を行い、またはその検討をしているようである。このように、新型コロナウイルスの感染拡大に起因して、商業施設の休館や店舗の休業などがなされ、不動産賃貸借及び不動産管理に様々な問題が生じている。本ニューズレターでは、新型コロナウイルスの感染拡大に起因して生じる商業施設における賃貸借及び管理上の問題点について検討する。なお、本ニューズレターは、特に言及がない限り、平成29年改正民法[1]施行日前に締結された賃貸借契約を前提としている。

本ニューズレターは、2020年4月21日時点までに入手した情報に基づいて執筆したものであり、また具体的な案件についての法的助言を行うものではないことに留意いただきたい。また、本ニューズレター中意見にわたる部分は、執筆担当者ら個人の見解を示すにとどまり、当事務所の見解ではない。

1. 賃貸人が商業施設を休館とした場合の賃料等請求権について

賃貸人が商業施設を臨時休館とした場合に、賃貸人は、テナントに対して、当該休館とした期間の賃料及び共益費を請求することができるかが問題となり得る。
この点については、まず、賃貸借契約に当該事態に対応する規定があればかかる規定に従って判断されることとなる。

他方、賃貸借契約に当該事態に対応する規定がない場合には、民法等の法律に従って判断していくこととなる。当該休館の措置により、テナントは休館中賃借物件を使用収益できなくなるため、賃貸人の使用収益させる義務の不履行が問題になり得る。この点、仮に賃貸人に使用収益させる義務の不履行があるとしても、それが特措法に基づく休業要請や自治体の自粛要請に応じたものである場合には、(その時点における個別の事情によるものの)賃貸人及びテナント双方の責めに帰することができない事由によるものと判断される場合が多いと考えられる。この場合には、民法536条1項又は民法611条1項が適用ないし類推適用されることなどにより、テナントは賃料の支払い義務を負わないものと思われる。裁判例にも、「天災によって賃貸借の対象物が滅失に至らないまでも損壊されて修繕されず、使用収益が制限され、客観的にみて賃貸借契約を締結した目的を達成できない状態になったため賃貸借契約が解約されたときには、賃貸人の修繕義務が履行されず、賃借人が賃借物を使用収益できないままに賃貸借契約が終了したのであるから、公平の見地から、民法536条1項を類推適用して、賃借人は賃借物を使用収益できなくなったときから賃料の支払義務を負わないと解するのが相当である」としたものがある(大阪高判平成9年12月4日判タ992号129頁)。

しかしながら、臨時休館とした場合においても、使用収益させる義務が全く履行されていないといえるか等については各テナントの経営形態や臨時休館時のテナントの当該施設の利用等個別具体的な事情を考慮して判断していく必要があると思われる。使用収益させる債務が一部履行されていると判断される場合には、賃貸人は、テナントに対して、その履行の割合に応じて賃料を請求することができるものと思われる[2]。また、共益費については、震災の影響により電気・水道・ガスが利用できず、飲食店として使用収益できなかったため、民法611条によって受託料(実質は賃料)の支払義務はないとしながら、共益費はビル全体の管理のための費用であるため、支払義務があると判示した裁判例がある(神戸地判平成14年2月26日(2002WLJPCA02269008))。同裁判例のように、共益費は、契約によりその性質は種々あるものの、その性質が使用収益債務の対価ではなく、共用部分の維持管理等のための必要経費である場合があり、その場合には、臨時休館によって建物を使用収益することができなくなった場合でも、なお請求を認める余地があると思われる。

2. 賃貸人が商業施設を休館とした場合のテナントに対する営業補償について

賃貸人が商業施設を臨時休館とした場合、賃貸人は、その間に営業することができないテナントに対し、営業補償等をする責任を負うか否かも問題となり得る。

前記1で述べたとおり、特措法に基づく休業要請や自治体の自粛要請に応じたものである場合には、(その時点における個別の事情によるものの)賃貸人に使用収益させる義務の不履行があるとしても賃貸人の責めに帰することができない事由によると判断される場合が多いと考えられる。この場合、前記1と同様に、賃貸借契約において、当該事態に対応する規定があれば、当該規定にしたがって判断されることとなる。

他方、賃貸借契約に規定がない場合、民法等の法律に従って判断していくこととなるが、債務不履行について帰責性のない場合には、賃貸人は営業補償等の填補賠償をする責任は負わない(大判大正10年11月22日民録27輯1978頁)。なお、改正前の民法においては、明文上、帰責性がない場合には損害賠償責任を負わないと規定されていたのは履行不能のみであったが、平成29年改正民法においては、履行不能以外の債務不履行についてもこの点が明文化された(民法415条1項但書)。)。

3. 一部のテナントに感染者が発生したことによって商業施設を閉鎖した場合のテナントに対する営業補償について

賃貸人が商業施設を休館しないケースにおいて、商業施設の一部のテナントに新型コロナウイルスの感染者が発生した場合、利用客や他のテナントの従業員への感染を防ぐために、当該テナントが賃借している部分を含むフロアや建物全体を一時的に閉鎖し、消毒・清掃を実施する場合がある。この場合、当該テナントと同じフロアもしくは同じ建物内の他のテナントも休業を余儀なくされる場合があり得、賃貸人が当該他のテナントに対して営業補償等の填補賠償をする責任を負うかも問題となり得る。

前記2で述べたとおり、使用収益させる義務の不履行が賃貸人の責めに帰することができない事由による場合には、賃貸人は債務不履行責任を負わない。利用客や他のテナントの従業員への感染を防ぐために、施設を一時的に閉鎖し、消毒・清掃を実施することは、後述する、賃貸物件の衛生環境を保持する義務を履行するためにも、賃貸人の責めに帰することができない事由による場合に該当すると判断される場合が多いと思われる。もっとも、当該措置が必要となった原因について賃貸人に帰責性があれば、損害賠償責任を負うことになる。

この点、賃貸人は、賃貸物件の衛生環境の保持について一定の義務を負っていると解されている(東京地判平成24年6月26日判時2171号62頁など)。もっとも、上記衛生環境保持の義務違反について判示した裁判例は汚水処理設備に不備があったというものであり、賃貸物件として通常求められる環境が保持されていなかったといえるようなケースであるのに対し、一部のテナントにおいて新型コロナウイルス感染者が発生した場合には、当該新型コロナウイルス感染者の発生が賃貸人の衛生環境保持義務違反によるものであると判断される場合は少ないと思われる。

なお、新型コロナウイルス感染者が発生したことについて当該テナントに帰責性が認められる場合には、これにより損害を被った賃貸人及び他のテナントは、感染者を出したテナントに対し、損害賠償請求をなし得る。

4. 売上減少又は休業を行ったテナントからの賃料減額請求について

賃貸人が商業施設を休館しないケースにおいて、新型コロナウイルスの感染拡大により売上が減少したテナント、又は、政府や自治体の休業要請に応じ休業したテナントが、賃貸人に対して賃料減額請求ができるかが問題となり得る。

まず、前記1と同様に、賃貸借契約において、上記のような場合に賃料減額請求ができる旨の規定があれば、当該規定にしたがって判断されることとなる。

他方、賃貸借契約において規定がない場合には、民法等の法律の規定に従うことになる。賃料減額請求権については、借地借家法が、社会経済事情の変動等により賃料が不相当となった場合に、賃料の増減請求権を認めている(同法32条1項)。賃料減額請求の当否や賃料相当額の判断に当たっては、賃貸借契約の当事者が賃料額決定の要素とした事情を総合的考慮すべきとされているが(最判平成15年10月23日民集211号253頁)、売上減少が一時的なものに過ぎない場合には、同条が適用される可能性は低いと考えられる。

5. テナントによる休業を理由とする賃貸借契約の解除について

新型コロナウイルスの感染拡大に起因して、テナントが休業したことを理由として賃貸借契約の解除を主張する場合が考え得る。休業の原因としては、①売上の減少を受けてのテナントによる自主休業、②政府や自治体の自粛要請や休業要請を受けてのテナントによる休業及び③賃貸人による商業施設の臨時休館による休業が考えられる。

上記①ないし③のいずれにおいても、賃貸借契約において、それらの場合に解除できる旨の規定があれば、当該規定に従って判断されることになる。

他方、賃貸借契約において規定がない場合には、民法等の法律の規定に従うことになる。

上記①については、賃貸人としては賃貸物件を使用収益させる債務を提供しているといえ、賃貸人に何ら債務不履行はなく、テナントによる賃貸借契約の解除は認められないことが多いと思われる。

上記②についても、基本的には①と同様と思われる。

上記③は、前記1で述べたとおり、その時点における個別の事情によるが、賃貸人の責めに帰すことができない事由により使用収益させる義務の全部又は一部が履行できない又は履行不能であると判断される場合が多いと考えられる。この点、賃貸借の目的物の効用が失われ目的物が滅失した場合と同様に賃貸借の趣旨が達成できなくなった場合や、賃借人がその債務不履行により賃貸人から賃貸借契約を解除され、転借人が賃貸人から目的物の返還請求を受けたことにより、賃借人の転借人に対する転貸義務が履行不能の状態になった場合には、各当事者の帰責事由を問わず、賃貸借契約は当然に終了すると解されてきた(最判昭和32年12月3日民集11巻13号2018頁、最判昭和36年12月21日民集15巻12号3243頁、最判昭和42年6月22日民集21巻6号1468頁)。しかしながら、新型コロナウイルスの感染防止のために一時的に使用収益ができなくなっているにすぎない場合には、賃貸借の目的物が滅失し以後使用収益することができなくなった場合や、賃貸借契約が債務不履行解除され賃貸人から目的物の返還請求がされたことにより転貸借することが全くできなくなった場合とは事情が異なると思われ、これらの判例法理は直ちには適用されないと考えられる。もっとも、使用収益させる債務が履行できない期間が長期間にわたり、賃貸借の目的物が滅失した場合等と同視できるような場合には、上記の判例法理により、賃貸借契約が終了すると判断される場合もあるものと考えられる。

6. 一部のテナントに感染者が発生した場合の不動産管理会社の責任について

(1) ビルオーナーないし賃貸人に対する責任

不動産管理会社は、ビルオーナー又は賃貸人から不動産管理について委託を受けており、建物の衛生環境を管理する業務を受託している場合が多い。このような場合には、不動産管理会社は、委託者であるビルオーナーや賃貸人に対し受託業務を履行する債務を負っているため、かかる債務の不履行があれば、委託者であるビルオーナーや賃貸人に対し債務不履行責任を負うことになる。しかしながら、不動産管理者が建物の衛生環境を管理する業務の一環として新型コロナウイルスの感染防止策を講じる義務があるか、あるとして具体的にどのような義務を負うのかについては、感染の拡大状況や政府による推奨・要請の有無など個別具体的な事情を総合的に考慮することになると思われる。

また、不動産管理会社に新型コロナウイルスの感染防止について何らかの措置を講じるべき義務が認められ、かかる義務に不履行があったと判断されるとしても、不動産管理会社に対して損害賠償責任を追及するためには、テナントに感染者が発生したことに起因するビルオーナー又は賃貸人の損害と管理会社の債務不履行との間に相当因果関係があることを立証する必要がある。

(2) テナントに対する責任

前記3で述べたとおり、商業施設内の一部のテナントにおいて、新型コロナウイルス感染者が発生した場合、利用客や他のテナントの従業員への感染を防ぐために、当該テナントが賃借している部分を含むフロアや建物全体を一時的に閉鎖し、消毒・清掃を実施することにより、当該テナントと同じフロアや同じ建物内の他のテナントも休業を余儀なくされるなど、他のテナントに損害が発生する場合があり得る。このような場合に、不動産管理会社が当該他のテナントに対して休業補償等の填補賠償をする責任を負うかも問題となり得る。

この点、不動産管理会社は、賃貸人とは異なり、テナントとの間では契約関係がないため、テナントに対し賃貸建物の衛生環境を保持することについて何ら契約上の義務は負っていない。裁判例も、賃貸建物の排水設備等に欠陥があったため、トイレの汚水が店舗内に逆流する自己が生じ、悪臭のため飲食店としては使用できない状態になったとして、賃借人が賃貸人及び賃貸人から当該建物の管理の委託を受けた会社に対し損害賠償を求めた事案において、管理会社は賃借人との間で契約関係にないことを理由に管理会社の責任を否定している(東京地判平成26年5月20日2014WLJPCA05208011)。

しかしながら、不動産管理会社が故意又は過失によってテナントの権利を侵害した場合には、不法行為責任を負う場合があり得る[3]。ただし、不動産管理会社が管理契約上負っている衛生環境を管理する義務が感染症対策まで含むか、含むとしてどの程度要求されるのか、また損害との相当因果関係が認められるのかについては、前述のビルオーナー又は賃貸人に対する責任と同様、個別具体的な事情を総合的に考慮することになり、容易に判断できないと思われる。

新型コロナウイルスに関する法律問題については下記の記事も参照されたい。

猿倉健司『新型ウイルス等の感染症・疫病による契約の不履行・履行遅延の責任』https://www.businesslawyers.jp/practices/1213

猿倉健司『新型ウイルス等による感染症・疫病と不可抗力免責条項の適用範囲および注意点』https://www.businesslawyers.jp/practices/1214

以 上

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[1] 民法の一部を改正する法律(平成29年法律第44号)に基づく改正後の民法(2020年4月施行)をいう。

[2] 賃貸人及び賃借人の責めに帰することができない事由により使用収益ができなくなった場合に、民法536条1項又は民法611条1項を適用ないし類推適用するなどし、使用収益できなくなった部分に対応する部分の賃料が発生しないと判示するものとして、神戸地判平成10年9月24日判例秘書搭載(L05350680)、東京地判平成25年9月11日(2013WLJPCA09110812)等がある。

[3] 東京地判平成25年2月28日判例秘書(L06830237)は、不動産管理会社が契約関係にある賃貸人に対して負う管理義務の違反をもって、賃借人に対する不法行為が成立するとした。