〒100-6114
東京都千代田区永田町2丁目11番1号
山王パークタワー12階(お客さま受付)・14階
東京メトロ 銀座線:溜池山王駅 7番出口(地下直結)
東京メトロ 南北線:溜池山王駅 7番出口(地下直結)
東京メトロ 千代田線:国会議事堂前駅 5番出口 徒歩3分
東京メトロ 丸の内線:国会議事堂前駅 5番出口
徒歩10分(千代田線ホーム経由)
セミナー
事務所概要・アクセス
事務所概要・アクセス
<目次>
1. 検討会の設置と改正案の公表
2. 主な改正内容
(1) 従事者指定義務の違反事業者への対応
(2) 公益通報者を探索する行為の禁止
(3) 公益通報を妨害する行為の禁止
(4) 公益通報を理由とする不利益な取扱いの抑止
(5) 公益通報を理由とする不利益な取扱いからの救済(公益通報者の立証責任の転換)
(6) 通報主体や保護される者の範囲拡大
政府は、2025年3月4日、公益通報者保護法の一部を改正する法律案(以下「本改正案」といいます)を閣議決定し、本改正案が通常国会に提出されました。
これに先立ち、2024年5月に消費者庁が公益通報者保護制度検討会(以下「本検討会」という)を設置し、同年12月には本検討会の提言を取りまとめた報告書(以下「本報告書」といいます)が公表されていたところです。
本改正案の附則1条は公布から1年6月以内に改正法を施行する旨を規定していますので、2025年の通常国会において可決されれば、2026年中に改正法が施行されることが想定されます。
本改正案は、一定の公益通報後の解雇・懲戒について「公益通報をしたことを理由としてなされたものと推定」するなど、今後の企業のコンプライアンス体制や労働法実務に影響を与えるものであると考えられますので、以下においてその概要を解説いたします。
現行法においては従事者の守秘義務違反に刑事罰が規定されている一方で(公益通報者保護法(以下「法」といいます)21条及び12条)、事業者の従事者指定義務違反には刑事罰を規定しておらず、事業者の義務の履行に対するディスインセンティブが生じているとの指摘がありました(本報告書8頁)。
そのため、本改正案は、従事者の指定を含めた事業者の体制整備に対する消費者庁の行政措置権限を強化する観点から、現行法の報告徴収、指導・助言、勧告、勧告に従わない場合の公表(法15条及び16条)に加え、事業者への立入検査権(改正法16条1項)及び勧告に従わない場合の命令権(改正法15条の2第2項)を規定いたしました。また、立入検査の拒否や是正命令違反への罰則を規定しています(改正法21条2項。30万円以下の罰金)。
なお、本改正案においては、通報対象事実を規定する法2条3項2号を改正(同号に「この法律」を追記)し、事業者の従事者指定義務違反を公益通報の対象とする旨の改正も含まれています。
通報者探索の防止については、事業者の体制整備義務の具体的措置として法定指針において規定されています(第4の2⑵)。しかし、近年の裁判例などからして、通報者の探索行為をすべきではないことが事業者に十分理解されていないのではとの懸念が生じていました(本報告書11頁、本検討会第3回資料4等)。
そのため、本改正案においては、「正当な理由がなく、公益通報者である旨を明らかにすることを要求することその他の公益通報者を特定することを目的とする行為」を禁止する規定が新設されます(改正法11条の3)。「正当な理由」については、「通報者がどの部署に所属し、どのような局面で不正を認識したのか等を特定した上でなければ、通報内容の信憑性や具体性に疑義があり、必要性の高い調査が実施できない場合に従事者が通報者に対して詳細な情報を問う行為等」が考えられるとされています(本報告書12頁)。もっとも、同時に、「潜脱的な行為が行われ、禁止規定の実効性が損なわれることがないよう、正当な理由として解釈で認められる範囲は限定的な場合に留めるべき」とも指摘されていますので(本報告書12頁)、「正当な理由」の解釈等については、今後の裁判例等を注視していく必要があるものと考えられます。なお、探索行為に対して罰則を規定することは見送られました。
事業者が、誓約書・契約により労働者に公益通報をしないことを約束させることなどは、公益通報者保護法の趣旨に大きく反する行為であり、また、かかる契約や合意は公序良俗違反で無効(民法90条)と考えられます(本報告書13頁)。もっとも、このことは労働者にとって必ずしも明らかでなく、公益通報を躊躇するおそれがあると指摘されていました(本報告書13頁)。
これを受け、本改正案は、「正当な理由がなく、公益通報をしない旨の合意をすることを求めること、公益通報をした場合に不利益な取扱いをすることを告げることその他の行為によって、公益通報を妨げてはならない」旨を明記するとともに(改正法11条の2第1項)、これに違反する法律行為を無効としています(同条2項)。「正当な理由」としては、「事業者において、法令違反の事実の有無に関する調査や是正に向けた適切な対応を行っている場合に、労働者等に対して、当該法令違反の事実を事業者外部に口外しないように求めることなどが考えられる」と例示されています(本報告書13頁及び14頁)。なお、公益通報を妨害する行為に罰則を規定することは見送られました。
公益通報を理由とする不利益な取扱いは現行法で禁止されていますが(法5条)、近年でも、労働者に対する不利益な取扱いが不正行為を通報したことに対する制裁を目的としたものと認定された裁判例が存在します(本報告書19頁、本検討会第5回資料3-4)。かかる不利益取扱いについて、労働者が民事裁判を通じて事後的な救済を図る負担は大きく、労働者が通報を躊躇する大きな要因となっていることを踏まえ、民事上の禁止規定では抑止力として不十分との指摘がされてきたところです(本報告書19頁)。
そこで、本改正案は、公益通報をしたことを理由として解雇その他の不利益取扱いを行うことを禁止する改正法3条1項に違反して、「解雇等特定不利益取扱い」(※)をした事業者に対する罰則を新設いたしました(行為者個人には6月以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金、法人には3,000万円以下の罰金。改正法21条1項)。なお、不利益な配置転換や嫌がらせ等に対して罰則を規定することは見送られました。
※「解雇その他不利益な取扱い(解雇以外の不利益な取扱いにあっては、懲戒(労働基準法第八十九条(第九号に係る部分に限る。)の規定に基づき事業者が就業規則に定めた制裁又は事業者と労働者との間の労働契約に定めた制裁をいう))」と定義されています(改正法3条2項)。
労働者が公益通報をしたことを理由として解雇その他不利益な取扱いを受けた場合、その地位を回復するためには、裁判において、労働者は「不利益な取扱いが公益通報を理由として行われたこと」について立証責任を負担することになります。しかし、その立証負担が重いことが、労働者が公益通報を躊躇する要因になっていると指摘されていました(本報告書25頁)。
民事訴訟においては、自己に有利な法律効果の発生要件となる事実について立証責任を負うことが原則であり、立証責任の転換は、立法政策に基づいて、その例外を設けるものです。主要先進国の通報者保護制度においては、各国内の労働関係法規や労働実務と一定の平仄をとる形で、不利益な取扱いが通報を理由とすることの立証責任を転換する措置が導入されています(本報告書26頁以下)。
これを日本についてみると、労働訴訟実務上、労働者が解雇無効(労働契約法16条)や懲戒無効(同法15条)を主張する場合には、解雇・懲戒事由について、事実上、事業者に重い立証負担があること(本検討会第7回資料3も参照)などを踏まえれば、解雇や懲戒について、「公益通報を理由とすること」の立証責任を事業者に転換すべきことが提言されていました(本報告書26頁以下)。その範囲については、男女雇用機会均等法が、妊娠中又は出産後1年以内の解雇について、解雇理由の立証責任を事業者に転換していること(同法9条4項)などを踏まえ、公益通報をした日(又は事業者がこれを知った日)から1年以内の解雇及び懲戒に限定して、「公益通報を理由とすること」の立証責任を転換すべきと提言されていました(本報告書28頁)。
これを受けた本改正案は、法3条3項を新設して「公益通報者に対する解雇等特定不利益取扱いが…公益通報をした日(※)…から一年以内にされたときは、前項の規定[注:公益通報をしたことを理由とした解雇等特定不利益取扱いを無効とする規定]の適用については、当該解雇等特定不利益取扱いは、当該公益通報をしたことを理由としてされたものと推定する」旨を規定しています。なお、不利益な配置転換や嫌がらせといった解雇・懲戒以外の不利益取扱いを上記の対象とすることは見送られました(本報告書27頁以下)。
※「公益通報をした日(前条第一項第一号に定める事業者が第一項第二号又は第三号に定める公益通報がされたことを知って当該解雇等特定不利益取扱いをした場合にあっては、当該事業者が当該公益通報を知った日)」との規定により、行政機関(いわゆる2号通報)や報道機関等(いわゆる3号通報)がなされ、事業者がかかる公益通報を知って解雇等特定不利益取扱いをした場合には、公益通報を知った日が起算点となります。
本検討会においては、解雇・懲戒が公益通報を理由とすることの立証責任を事業者側に転換することの影響について、解雇・懲戒の場合、実務上、事業者側に厳格な⽴証負担があることから、公益通報者保護法において「公益通報をしたことを理由として」解雇・懲戒がなされたことに関する労働者側の⽴証負担を緩和しても⺠事訴訟の結論には影響を与えないとの指摘が紹介されています。一方で、労働者側の⽴証負担を緩和した場合、①裁判官の⼼証に影響する可能性があり、②解雇や懲戒処分が無効と判断されてもバックペイ以外の損害賠償(慰謝料)までは認められないことが多いが、「公益通報を理由とする」と認められれば、その違法性の⾼さから、慰謝料が認められやすくなる可能性があるとの指摘もされているところです。加えて、本改正により、事業者については、管理職研修において公益通報を理由とする不利益取扱い禁⽌の周知を徹底することや、解雇その他の不利益取扱いの意思決定過程や⼈事・業績評価を明確に⽂書化するなど、内部通報の体制整備を強化し、⼈事プロセスを⼀層客観化することへの効果も期待されています(以上につき本検討会第7回参考資料15頁)。他方、本改正により、解雇等を予期した労働者による濫用的な通報につながることがないか等について、今後の利用実態を注視する必要があるものと考えられます(本報告書17頁等参照)。
近時では働き方の多様化が進展して「フリーランス」が増加し、いわゆるフリーランス法(特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律)の制定によりその保護が強化されています。フリーランスは労働者と同様に取引先の不正を知り得る立場にありますが、公益通報を理由とする業務委託契約の解除や取引の数量の削減等の不利益な取扱いを受ける懸念もあります(本報告書30頁)。
そこで、本改正案は、法2条1項3号を新設し、事業者と業務委託関係にあるフリーランス(フリーランス法における「特定受託業務従事者」)及び業務委託関係が終了して1年以内のフリーランスを公益通報の主体として追加するとともに、公益通報を理由とした業務委託契約の解除や取引数量の削減等の不利益取扱いを禁止しています(改正法5条)。
以 上