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2023.07.25

地下杭の残置基準と自治体運用・行政対応の留意点

執筆弁護士

1. はじめに
2. 廃棄物として扱われる場合の基準と実務上の問題点(ガイドラインを踏まえて)
(1) 廃棄物として扱われる場合の基準(総合判断説)
(2) ガイドラインにおける検討考察
3. 令和3年環境省通知における地下杭残置の基準
4. 地下杭残置におけるその他の実務上の論点
(1) 廃掃法違反の判断におけるもう一つの論点
(2) 不動産取引との関係
5. 自治体の運用と行政対応の問題点

本稿は、公開時点までに入手した情報をもとに執筆したものであり、また具体的な案件についての法的助言を行うものではないことに留意してください。本ニューズレター中意見にわたる部分は、執筆担当者個人の見解を示すにとどまり、当事務所の見解ではありません。

1.はじめに

工場や居住用高層住宅、大型ショッピングセンター等の既存建物の解体時において、地下杭等を抜かずにそのまま存置しようと考える例は多い。しかしながら、このような地下杭については、廃棄物の処理及び清掃に関する法律(廃掃法)における廃棄物として扱われる可能性がある。

厚生省環境衛生局通達「廃棄物の処理および清掃に関する法律の疑義について」(昭和57年環産第21号)は、「地下工作物の埋め殺し」について以下のとおりの見解を示している(もっとも、本通知は平成12年に廃止されており、現在は効力を失っている。)。

(地下工作物の埋め殺し) 

【問】 地下工作物が老朽化したのでこれを埋め殺すという計画を有している事業者がいる。この計画のままでは生活環境の保全上の支障が想定されるが、いつの時点から法を適用していけばよいか。

【答】 地下工作物を埋め殺そうとする時点から当該工作物は廃棄物となり法の適用を受ける。

地下杭を残置するにあたって法的整理をする際には様々な問題がある一方で、行政との協議も必要となる中で、十分な整理・説明が出来る限りこれが認められるケースも多いことから、基本的な問題点、環境省通知における考え方及びその留意点について簡単に解説する。

2.廃棄物として扱われる場合の基準と実務上の問題点(ガイドラインを踏まえて)

一般社団法人日本建設業連合会の「既存地下工作物の取扱いに関するガイドライン」(2020年2月)。以下「ガイドライン」という。)においては、一定の場合において地下工作物を「有用物」として残置することができるとされている。

(1)廃棄物として扱われる場合の基準(総合判断説)

一般に、「廃棄物(不要物)」にあたるか否かの基準は、環境省の通知において以下のように説明されている。

※環境省環境再生・資源循環局廃棄物規制課長「行政処分の指針について(通知)」(環循規発第2104141号・令和3年4月14日)

●廃棄物とは、占有者が自ら利用し、又は他人に有償で譲渡することができないために不要となったものをいい、これらに該当するか否かは、その物の性状、排出の状況、通常の取扱い形態、取引価値の有無及び占有者の意思等を総合的に勘案して判断すべきものである。

.物の性状

利用用途に要求される品質を満足し、かつ飛散、流出、悪臭の発生等の生活環境の保全上の支障が発生するおそれのないものであること

イ.排出の状況

排出が需要に沿った計画的なものであり、排出前や排出時に適切な保管や品質管理がなされていること

ウ.通常の取扱い形態

製品としての市場が形成されており、廃棄物として処理されている事例が通常は認められないこと

エ.取引価値の有無

占有者と取引の相手方の間で有償譲渡がなされており、なおかつ客観的に見て当該取引に経済的合理性があること
実際の判断に当たっては、名目を問わず処理料金に相当する金品の受領がないこと、当該譲渡価格が競合する製品や運送費等の諸経費を勘案しても双方にとって営利活動として合理的な額であること、当該有償譲渡の相手方以外の者に対する有償譲渡の実績があること等の確認が必要であること

オ.占有者の意思

客観的要素から社会通念上合理的に認定し得る占有者の意思として、適切に利用し若しくは他人に有償譲渡する意思が認められること、又は放置若しくは処分の意思が認められないこと
なお、占有者と取引の相手方の間における有償譲渡の実績や有償譲渡契約の有無は、廃棄物に該当するか否かを判断する上での一つの簡便な基準に過ぎない

同様に、最高裁判例においても、「『不要物』とは、自ら利用し又は他人に有償で譲渡することができないために事業者にとって不要になった物をいい、これに該当するか否かは、その物の性状、排出の状況、通常の取り扱い形態、取引価値の有無及び事業者の意思等を総合的に勘案して決するのが相当」であると判示している(最決平成11年3月10日判タ999号301頁)。

前記の環境省通知はこの最高裁判所の判断に従っているようにも見えるが、両者は必ずしも同一でないと考えられる。実際にも、裁判所は、行政庁の解釈を尊重するとは考えられるものの、あくまで裁判所の解釈に従って判断するため、事案によっては行政庁と異なる判断をする可能性もある。例えば、下級審裁判例においては、いわゆる逆有償(経済的にはマイナスとなる取引)であっても直ちに廃棄物(不要物)と判断されるわけではなく、他の事情も重視されるということを示している(水戸地判平成16年1月26日判例秘書L05950124、名古屋高判平成17年3月16日LEX/DB28105236等)。

※猿倉健司「不動産取引・M&Aをめぐる環境汚染・廃棄物リスクと法務」(清文社・2021年7月)394頁以下

(2)ガイドラインにおける検討考察

以上の基準に照らし、地盤の健全性・安定性を維持するため、又は撤去した場合の周辺環境への悪影響を防止することを目的として地下杭を存置するケースについて、当該地下杭が「廃棄物」に該当するか否かが問題となる。 以下、ガイドライン44頁以下における検討考察の内容を紹介する。

ア.物の性状

地盤の健全性・安定性を維持する等のために地下工作物を存置する場合であれば、要求される品質を満足できる。場合によっては、地下空間やピット内部を再生砕石や流動化処理土、土砂等で充てんするなどの措置を講ずることで要求品質を満たすことができる。また、当該地下工作物は、杭や、付着物を除去したコンクリート構造物等の、有害物を含まずかつ安定した性状のものであるため、飛散、流出、悪臭の発生等の生活環境保全上の支障のおそれはない。

イ.排出の状況

地盤の健全性・安定性を維持する等のニーズは、建築物や工作物を解体・撤去しようとする時点に生ずるものであり、需要と供給は常に一致していると言える。

ウ.通常の取扱い形態

地下工作物は地中に存在するものであり、単体で市場が形成されるものではない。新規事業において、新築建物と干渉するなどにより不要と判断された時点において撤去し、撤去により発生したコンクリート塊については廃棄物として処理している。一方、存置することで地盤の健全性・安定性に寄与するなど有用性が認められるものについては、廃棄物として処理している事例とは通常は考えられていない。

エ.取引価値の有無

地中に存在する地下工作物そのものを取り引きする事例はないことから、金銭面での有償譲渡を論ずるこの基準には該当しないと考えられる。しかしながら、地下工作物撤去後の地盤対策として埋戻し等しても、原地盤と同等の性状にすることは極めて困難であり、当該地での新規事業においては、改変地盤を把握するための地盤調査や、改変地盤に合わせて本設躯体の強度を高める等の対応が必要となる。既存地下工作物を存置することは、周辺地盤を改変することなく地盤の健全性・安定性を維持できる点で価値があり有用性が高いと考えられる。

オ.占有者の意思

地下工作物を存置するか否かは、設計者・施工者等の技術面からのアドバイスを踏まえ、最終的には「占有者」である発注者及び土地所有者が決定すべきことであり、占有者の意思に拠るものである。この意思決定は、地下工作物を地盤の健全性・安定性を維持する目的等で適切に利用する意思を示していると考えられ、「放置若しくは処分の意思が認められる行為」、あるいは「廃棄物の脱法的な処理を目的としたもの」には全く該当しない。なお、「放置」ではなく地下工作物が適切な管理下にある(地下工作物について占有の意思がある)ことを明確にするためにも、当該地下工作物について図面上などに記録を残し、土地売却時には記録を売却先に譲渡することが重要である。

3.令和3年環境省通知における地下杭残置の基準

以上の検討を踏まえ、令和3年環境省通知によれば、地下工作物の存置については、次に掲げる①から④までの全ての条件を満たすとともに、後述するガイドラインの「存置する場合の留意事項」に基づく対応が行われる場合は、関連事業者及び土地所有者の意思に基づいて地下工作物を存置して差し支えないとの見解を示している。

※環循適発第2109301号・環循規発第2109302号「第12回再生可能エネルギー等に関する規制等の総点検タスクフォース(令和3年7月2日開催)を踏まえた廃棄物の処理及び清掃に関する法律の適用に係る解釈の明確化について(通知)」(令和3年9月30日)

なお、存置の対象となるのは、コンクリート構造体等の有害物を含まない安定した性状のものに限られる。

  • 存置することで生活環境保全上の支障が生ずるおそれがない。
  • 対象物は「既存杭」「既存地下躯体」「山留め壁等」のいずれかである。
  • 地下工作物を本設又は仮設で利用する、地盤の健全性・安定性を維持する又は撤去した場合の周辺環境への悪影響を防止するために存置するものであって、老朽化を主な理由とするものではない。
  • 関連事業者及び土地所有者は、存置に関する記録を残し、存置した地下工作物を適切に管理するとともに土地売却時には売却先に記録を開示し引き渡す。

なお、地下工作物を存置する場合においても、石綿含有建材やPCB使用機器などの有害物、これら以外の内装材や設備機器などは全て撤去すべきものである。また、地方公共団体が上記の①から④までの条件を満たしていないと判断した場合は「廃棄物」に該当し得るとともに、生活環境保全上の支障が生じ、又は生ずるおそれがあると認められると判断した場合は、当該地下工作物の撤去等、その支障の除去等の措置を講ずべきことを命ずることが可能である。

上記で指摘されるガイドラインにおける「存置する場合の留意事項」(52頁以下)の内容は、概要以下のとおりである。

  • 既存地下工作物について撤去するか否かを決定するのは当該工作物を所有している発注者もしくは土地所有者である
  • 存置する場合は、対象物の図面や記録等を作成し、設計図書とともに発注者及び土地所有者が保存することが必要である。併せて他の関係者(設計者、施工会社等)も保存することが望ましい。
  • 存置に関する関係者間での打ち合わせ等のやり取りを記録として残すことで、意思決定の過程を明確にする。
  • 一部の自治体においては、既存地下工作物を存置する際には存置に関する書類の提出を求めているため、事前に自治体へ確認する。
  • 発注者及び土地所有者は、設計者又は施工会社より提出された記録を、存置物を撤去するまでの期間保持することが必要である。また、存置物の存在は土地売買契約時の重要事項であることから、土地所有者は土地売却時には相手方に説明するとともに、図面等の記録を引き渡す。
  • 直ちに新築工事の計画はないが、税務上や土地の有効利用の観点等から、既存建物の上屋を解体することは珍しいことではない。このケースにおいても将来の有用性に鑑み、地盤の健全性・安定性を維持するために存置することは十分考えられる。将来、建築等の土地利用計画が確定した時点で改めて取扱いについて検討することとする。
  • 万一、存置した後から生活環境保全上の支障が判明した場合には、行政から撤去命令が出される可能性も考えられるため、存置可能かどうかの判断は慎重に行う。

以上の他、ガイドラインにおいては、工学的な留意事項についても紹介されている。

4.地下杭残置におけるその他の実務上の論点

(1)廃掃法違反の判断におけるもう一つの論点

環境省通知及びガイドラインにおける判断要素は以上のとおりであり、地下杭残置が許容されるかどうかの判断にあたっては、各要素をそれぞれ検討したうえで、必要に応じて行政に相談することになる。もっとも、上記の各要素は、すべて満たさなければ残置が認められない要件であると考えるべきではなく、各要素を総合的に考慮して判断されるものと考えられる。

また、廃掃法との関係においていえば、同法第16条では、「何人も、みだりに廃棄物を捨ててはならない。」と規定されている。

ここでいう「みだりに」とは、社会通念上許容されないことを意味し、廃棄物処理法の趣旨・目的に照らし、公衆衛生及び生活環境の保全に支障が生じると認められる行為を指すものとされており、廃棄物の性状、数量、地理的条件、行為の態様などの事情を勘案して判断し、社会通念上許容されない処分行為のみが対象となる(廃棄物処理法編集委員会「廃棄物処理法の解説〈令和2年版〉」(日本環境衛生センター、令和2年)388頁)。

そのため、同条における違反と問われるか否かの判断においても、「みだりに」という要件の判断を別途検討する必要がある。

(2)不動産取引との関係

念のために付言すると、環境省の通知は、上記の基準に従った場合に残置が許容されうることを指摘するのみで、これにより直ちに、当該地下杭について対象地の売買取引における瑕疵・契約不適合、重要事項説明義務、賃貸借契約の終了に伴う原状回復義務がなくなるということまで言及されているわけではないことには注意されたい。

この点については、借地人が地中に残置したコンクリート盤について、残置による損害の発生が認められないとして、借地人の責任が否定された例(東京地判平成24年7月6日判例時報2163号61頁)、土地売買における基礎杭の残置等の瑕疵・説明義務違反が否定された例(東京地判平成22年8月30日ウエストロー・ジャパン2010WLJPCA08308015)、その他数多くの事例が公表されている。

5.自治体の運用と行政対応の問題点

ガイドライン5頁以下によれば、自治体の運用として例外なく全て撤去という対応はなく、8 割近くの自治体が原則撤去としつつも、個別相談に応じるとした自治体も6割を超える。自治体によって対応が異なり、統一的な判断基準やルールがない状況であるが、地下杭の存置が許容される場合の条件としては、「撤去によって周辺環境や周辺建物等に悪影響」を及ぼす場合、「有用性・有価性(再利用を含む)」が認められる場合を挙げる自治体が3割を超えるほか、「技術的に撤去困難」な場合や「引き続き使用・他用途使用」を挙げる自治体も比較的多くある。他方で、「コスト削減・工期短縮のみの理由は不可」とする自治体もある(ガイドライン5頁)。

また、地下杭の存置については、届出や存置に関する書類の提出、事前協議を求める自治体もあることから、かかる手続きを適切に行うことが必要不可欠となる。

以上のとおり、地下杭残置については必ずしも明確な基準・解釈が設定されているわけではなく、特に、環境行政においては、自治体の裁量に委ねられている面がある。実際にも、ある自治体や官庁から問題ない旨の見解が提示されたにもかかわらず、他の機関から当該見解に従った処理が違法であると判断されるといったケースもある 。そのため、行政に対して相談を行うにあたっては、弁護士その他の専門家のアドバイスを踏まえて適切に対応する必要があります。

※猿倉健司「環境有害物質・廃棄物の処理について自治体・官庁等に対する照会の注意点」(BUSINESS LAWYERS・2020年5月22日)

※猿倉健司「不動産取引・M&Aをめぐる環境汚染・廃棄物リスクと法務」(清文社・2021年7月)399頁以下

※猿倉健司「新規ビジネスの可能性を拡げる行政・自治体対応 ~事業上生じる廃棄物の他ビジネス転用・再利用を例に~」(牛島総合法律事務所 特集記事・2023年1月25日)

以上

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