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1. はじめに

(1) コーポレートガバナンス・コードの改訂

本年6月11日、コーポレートガバナンス・コードの改訂版(以下「改訂CGコード」という。)が公表された[1]。注目されるべきは、改訂CGコードが「人権の尊重」に言及したことである。改訂CGコードのサステナビリティに関する各補充原則のうち、補充原則2―3①は、取締役会が積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきとする「サステナビリティを巡る課題」の具体例として、「気候変動などの地球環境問題への配慮、人権の尊重、従業員の健康・労働環境への配慮や公正・適切な処遇、取引先との公正・適正な取引、自然災害等への危機管理」を例示しており、「人権の尊重」の問題(いわゆる「ビジネスと人権」の問題)が経営陣において検討すべき課題であると明言した[2]
昨今、グローバルなサプライチェーンにおける人権問題等に関し企業が紛争等の当事者となる事例が数多く報道されている。また、改訂CGコードの立案担当者は、人権問題等について適切・迅速に対処されることが、企業活動におけるリスク減少・収益機会の獲得につながると説明している[3]。このように、ビジネスと人権の問題には、関係法令の遵守(コンプライアンス)という観点から、どのようなリスクがあるかを評価して対応するリスクベースの観点が重要となる。そして、適切な対応を分かりやすく公表・説明することで、企業のブランドの向上などを通じて企業価値向上の機会にもなる。
改訂CGコードの公表前にも、企業による人権の尊重をうたう指針・ガイドライン等は国内外に多数存在した。一般社団法人日本経済団体連合会(以下「経団連」という。)が2017年に公表した「企業行動憲章」も、その例である。しかし、「企業行動憲章」は倫理的な規範にとどまっており、企業に対して強制力を伴うものではなかった。

他方で、CGコードは、各原則を実施するか、実施しない場合にはその理由を説明することが上場企業に義務づけられ(有価証券上場規程436条の3(1))、違反した場合には証券取引所による公表措置の対象となる(有価証券上場規程508条1項(2))。

改訂CGコードが明確に言及したことにより、全ての上場企業は「人権の尊重」について真摯に検討し、少なくとも自社のスタンスを各種ステークホルダーに対して説得的に明示することが求められることとなったのである。

さらに、本稿で言及する国際的な動向や訴訟・当局の処分事例等を踏まえれば、「ビジネスと人権」分野の対応が不適切であれば、サプライチェーン上のステークホルダーの人権が侵害されてしまうリスクがあるだけでなく、これを放置することで企業にも様々な負のインパクトが生じることとなり、ひいては経営陣が善管注意義務違反[4]を理由に、株主、取引先、消費者あるいは人権侵害を受けたと主張する者から個人責任を追及される事態も想定される[5]

上記の観点からも、企業やその経営陣において、「ビジネスと人権」の問題への対応が急務となっているのである。

 

(2) 人権問題に対する社会的関心の高まり

人権問題について検討・対応すべき必要性は、昨今の人権問題に対する社会的関心の高まりからも明らかである。

例えば、株式会社ファーストリテイリング(以下「ファーストリテイリング」という。)が運営する衣料品店「ユニクロ」製品について、新彊ウイグル自治区での強制労働を理由とした米国や仏当局の処分が報道されている。報道等の公表資料によれば、事案の概要は以下のとおりである。

本年1月、米税関・国境警備局(U.S. Customs and Border Protection、“CBP”)は、「ユニクロ」製シャツの輸入をロサンゼルス港で差し止めた[6]。CBPは、中国共産党の傘下組織でウイグル綿花の主要生産団体である「新彊生産建設兵団(XPCC)」が原材料の生産に関わった疑いがあり[7]、中国・新彊ウイグル自治区の強制労働[8]をめぐる輸入禁止措置に違反したと指摘している。

本年6月には、仏検察も、ファーストリテイリングのフランス法人(コントワー・デ・コトニエ)などフランスで衣料品や靴を販売する4社に対して、人道に対する罪に加担した疑いで捜査を開始した。人権問題を扱うNGOなどが、本年4月、ウイグル族らが労働を強制されている工場で作られた製品を扱っているとして4社を告発していたとされる[9]

上記の事案は、当局の行政処分・捜査対象となっている企業の取引先工場での強制労働を問題としているようにも理解できる。これは、企業が直接的に人権侵害を引き起こしている場合(例えば自社工場で従業員に危険な労働環境での作業を強いる等)だけでなく、サプライチェーン全体で発生する人権侵害に対しても、現地法等や、人権に関する国際ルール等に基づき、企業の責任が問われる現実的な可能性を示している(「ビジネスと人権に関する指導原則」(以下「指導原則」という。)13)。

また、ビジネスと人権の問題は、ESG投資の中でも重要な取組みと位置付けされている。国連責任投資原則(PRI)は、ESG(環境・社会・ガバナンス)投資の「S(Social)(社会)」の主要な要素の一つとして人権を位置付けており[10]、スチュワードシップ・コードも、機関投資家は、サステナビリティ(ESG要素を含む中長期的な持続可能性)の考慮に基づく建設的な「目的を持った対話」を行うべきとしている(スチュワードシップ・コード指針1-1)。また、改訂CGコードは、中長期的な企業価値の向上に向け、サステナビリティが重要な経営課題であるとの意識が高まっていると指摘し(基本原則2「考え方」)、ESG要素などの情報提供に主体的に取り組むべきであると指摘している(基本原則3「考え方」)。

 

以上を踏まえ、本稿では、企業活動に直結する人権問題とその対応策について、具体的事例も踏まえて述べることとする。

 

2. 企業運営における人権への配慮の重要性

(1) 人権への配慮を怠った場合に想定される弊害

ビジネス活動は、恒常的・必然的に、ステークホルダーの人権に対して(ポジティブ・ネガティブいずれにしても)影響を与えるものである。例えば、インフラの発展(その貢献)は、人々の「人権(十分な生活水準への権利等)」にポジティブな影響を与える。一方、ビジネスに伴う環境悪化などは、ネガティブな影響の例となる。

一般に、ビジネスと人権の文脈における人権「リスク」は、企業にとってのリスクではなく、企業活動(サプライチェーンにおける活動を含む。)における人権主体(自社や取引先の従業員、顧客、消費者及び地域住民等)がネガティブなインパクトを受けるリスクである点に留意が必要である[11]

もっとも、企業が人権への配慮を怠り人権に関するリスクを放置すると、その結果として、企業にとって以下の①ないし④のような負のインパクトを生じるおそれがある。すなわち、人権に関するリスクはそのまま企業運営に関するリスクにもなり得るのである。

 

類型
①       オペレーションへのインパクト 規制当局による監視の強化、許認可の取得条件の厳格化、行政上の罰金・罰則
②       レピュテーションへのインパクト NGOやマスコミによるネガティブキャンペーン、消費者による不買運動
③       財務上のインパクト ダイベストメント(投資引上げ)、株価の下落
④       法務的なインパクト 訴訟等への対応

 

最近の事例としては、キリンホールディングス株式会社(以下「キリン」という。)のミャンマー事業に関する事例を挙げることができる。

2021年3月に、世界最大級の機関投資家であるノルウェー政府年金基金が、キリンの株式を保有対象から外す可能性があり、保有継続の是非を検討する監視対象に指定したと報道された。ミャンマーでは、クーデターを起こした国軍による民衆への弾圧が続いているとされており、キリンはミャンマーで国軍系企業との合弁事業としてビール事業を展開しているところ、ノルウェー政府年金基金の運用を担うノルウェー銀行(中央銀行)の倫理評議会は、ミャンマー国軍が市民に厳しい残虐行為をはたらき「新たな人権侵害のリスク」があり、キリンの合弁事業は国軍系企業の資金源となっているとの倫理上の懸念を示したとのことである[12]。これは、上記③のインパクトの例(ダイベストメントの現実的可能性)といえる。

 

(2) 日本企業は人権の配慮を求める規制への対応を迫られていること
ア 国際社会の取組み
国際的には、企業がその事業活動において、サプライチェーン全体におけるステークホルダー(取引先やその先の従業員、地域住民等)の人権に配慮しなければならないことが明確に求められている。

その根拠としては、例えば、2011年に国際連合が制定した「ビジネスと人権に関する指導原則」が重要である。指導原則は、①人権を保護する国家の責務、②人権を尊重する企業の責任及び➂救済へのアクセスについて各種原則を定めるとともに、企業に求められる対応策(人権方針の策定、人権デュー・ディリジェンス(以下「人権DD」という。)の実施及び救済メカニズムの構築)を明記している(具体的内容は下記3を参照)。

また、同年にOECDが制定した「OECD多国籍企業行動指針」も、複数の国でビジネスを展開する企業において、人権DDを含めた以下の行動をとるべきことを定めている[13]

 

①       人権を尊重する。
②       人権への悪影響を引き起こす又は一因となることを避けるとともに、そのような影響が生じた場合には対処する。
③       企業が人権への悪影響の一因となっていなくとも、取引関係により、企業の事業活動、製品又はサービスに直接結び付いている場合には、人権への悪影響を防止し又は緩和する方法を模索する。
④       人権を尊重するための政策的なコミットメントを行う。
⑤       適切に人権DDを実施する。
⑥       企業が人権への悪影響を引き起こした又は一因となったと特定した際は、企業はそれらの悪影響からの救済において、正当な手続を提供するかそれを通じた協力を行う。

イ 近年の日本政府の取組み
上記のような国際社会の取組みに対応し、2020年に、日本政府は「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」(以下「行動計画」という。)を公表し、業界団体等を通じた企業への行動計画の内容の周知、人権DDに関する啓発などを行っており、指導原則に対応した日本政府の個別事項・具体的なアクションを明らかにしている。

また、行動計画においては、政府から企業に対する期待表明も明記された。その内容は、国際的に認められた人権等を尊重し、「指導原則」その他の関連する国際的なスタンダードを踏まえ、人権DDを導入すること、また、ステークホルダーとの対話(サプライチェーン上での対話を含む)を期待するとともに、効果的な苦情処理の仕組みを通じた問題解決を図ることを期待するというものである。

上述のとおり、2021年6月に改訂された改訂CGコードでも、「人権の尊重」などの課題に取締役会が積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべきであると明記された[14]

なお、例えば経産省に設置された「繊維産業のサステナビリティに関する検討会」は2021年7月12日に報告書を公表し、繊維業界の特性等も踏まえた責任あるサプライチェーン管理を提言するなど、業態別の特性も踏まえた現状分析や取組方針の提案もなされている。

ウ 日本は国際社会から大きな後れをとっていること
一方で、日本政府・企業のビジネスと人権分野への取組み・意識は、国際的なルールや海外企業の取組みと比較しても、大きく後れをとっていると言わざるを得ない。

例えば、指導原則が明示的に企業に対して求めている人権DDの実施については、欧米諸国(アメリカ・カリフォルニア州、イギリス、フランス、オーストラリア、オランダ、ドイツ、ノルウェーなど)においては法制化の流れが急速に進んでいる(各国の法制化の概要については下記4(2)参照。)[15]。特にフランスでは、要件を充足する人権DD計画策定の義務付け請求や、不十分な人権DD計画に起因する損害に対する賠償請求が可能とされており、実際に訴訟が提起されていることなどから、企業活動全体におけるステークホルダーの人権の尊重が法的義務であることが明確なものとして認識されている。一方で、日本では行動計画においても人権DDの法制化について言及されておらず、十分な議論を経て一定の方向性を示すに至っていないと考えられる。

また、日本企業のビジネスと人権に関する意識も十分ではないというのが現状である。例えば、経団連が実施したアンケート調査(289社が回答)においても、指導原則の取組みを進めていると回答したのは36%にとどまり、指導原則を理解しているが活動に落とし込めていない企業も含め、取組みを進めていない企業が6割となっている[16]

企業においてはサプライチェーン全体の問題を含めたビジネスと人権への対応の必要性を十分に認識し、具体的な対応策を速やかに検討する必要がある。

 

3. 人権配慮に関する事前の対応策

上述のとおり、改訂CGコードは、「人権の尊重」などの課題に取締役会が積極的・能動的に取り組むよう検討を深めるべき旨を明記している。

CGコードは「プリンシプルベース・アプローチ」を採用していることから、「人権の尊重」に係る具体的な対応については、各社がその事業を取り巻く環境の変化等を鑑みて判断するものであるが[17]、人権を含むサステナビリティに関する対応に際しては、「国連の「『ビジネスと人権』に関する指導原則」をはじめとする国際的に支持されている指針や国内的に認められた規範を活用することなども考えられます」と説明されている[18]

指導原則やこれを受けた政府の行動計画は、企業に対し、人権を尊重する責任を果たすため、①人権方針の策定、②人権DDの実施、③救済メカニズムの構築を求めている。したがって、人権に配慮する対応例としては、まずは上記①ないし③を参考に検討することが重要であり、改訂CGコード対応としても有益であると考えられる。

 

(1) 人権方針の策定

企業は、人権方針の策定を通じて、人権を尊重する責任を果たすというコミットメントを企業方針として発信することが求められている。人権方針の策定にあっては、以下の要件を具備しなければならない(指導原則16)。

 

a         企業の最上級レベルで承認されている。
b         社内及び/または社外から関連する専門的助言を得ている。
c         社員、取引先、及び企業の事業、製品またはサービスに直接関わる他の関係者に対して企業が持つ人権についての期待を明記している。
d         一般に公開されており、全ての社員、取引先、他の関係者にむけて社内外にわたり知らされている。
e         企業全体にこれを定着させるために必要な事業方針及び手続のなかに反映されている。

 

上記のように、指導原則における人権方針の要件として、企業の関係者(社員、取引先、及び企業の事業、製品又はサービスに直接関わる他の関係者)に対して企業が持つ人権についての期待(上記c)が含まれているように、人権方針には、その企業特有の関係者に関わる項目とそれへの言及がなされる必要がある。その要素としては以下の点をあげることができ、人権方針において言及されるべき事項となる[19]

 

①       人権尊重に対する当社の考え方
②       企業関係者(ステークホルダー)に対する人権についての期待
③       人権に関する国際規範や国際基準への支持表明
④       方針の適用範囲
⑤       企業理念や他の社内規定(行動規範、CSR 活動方針等)との関連性
⑥       ステークホルダー(rights holders)との対話・協議について
⑦       人権侵害事象が発生した場合の是正プロセス(救済手段)

 

経団連が実施したアンケート調査によれば、人権尊重のための企業方針を策定している企業は65%であり、「策定済み」「策定予定」「策定を検討」している企業を合わせると76%となる。特に売上高5,000億円以上の企業では77%が策定済みと回答しており[20]、人権方針の策定自体については一定程度取組みが進んでいるものと考えられる。

もっとも、重要なのは、形式的に人権方針を策定するということではなく、策定した人権方針に実効性を持たせることである。

まず、人権方針が企業の経営方針の根幹をなすものであることについての社内認識の醸成が重要である。社内教育・研修の実施や、人権方針に違反した場合に人事考課上の不利益、改善指導及び懲戒処分の対象となり得ることを示して規範性を持たせることなどが考えられる[21]

また、人権方針は、上述eのとおり、企業全体にこれを定着させるために必要な事業方針及び手続のなかに反映されている必要があることから、人権方針を軸・基盤として、関連する方針・施策を見直し、整合性・一貫性を再検討することが重要となる。人権方針は、サステナビリティ、Diversity & Inclusion及び気候変動対策などの分野別・対象別の方針・施策を包括的・横断的にカバーするものであるため、既に策定済み・実施中の関連する方針・背策を、人権方針との関係で再検討し、不十分な点の補充や更に積極的な取組みにつなげることが考えられる。

 

かかる人権方針の策定や関連方針・施策の見直し等の過程では、社内外の当事者や専門家と議論を重ねることが重要である[22]

また、策定した人権方針や、これを基にした行動規範及び調達基準については、取引先との取引基本契約において、これらの方針等の遵守義務やその履行確保方法(調査権限や取引先の協力義務)を規定することが考えられる。かかる条項を取引契約書に規定することは、企業が取引先への影響力を確保することができ、また、契約者として人権尊重責任を果たそうとする姿勢を対外的に明確にすること、人権侵害発生時の責任範囲の明確化等に資する[23]。この点について、2017年度のJETRO(日本貿易振興機構)の調査[24]によれば、調達先に対する労働・安全衛生・環境に関する方針を策定し遵守を求めている企業は全体の29%、方針はあるが調達先に準拠を求めていない企業が22%であり、大企業に限っても方針を策定し調達先に遵守を求めている割合は47%と約半数にとどまっている。

 

(2) 人権DDの実施

人権DDとは、自社のビジネス活動が、具体的に「どの人のどの権利にどのような悪影響を与えるのか」を評価し、人権への影響を特定、防止、軽減し、また必要な場合には救済を提供するためのプロセス・仕組みをいう[25]

ビジネス活動は、恒常的・必然的に、サプライチェーンを含むステークホルダーの人権に(ポジティブ・ネガティブ双方の)インパクトを与えるものであるという認識を前提に、かかる負のインパクトの重大性の評価・分析を行うとともに、その発生を防止・軽減するための対応策を講ずることが重要である[26]

人権DDのプロセスの概要は以下の①ないし⑧のとおりである。

 

①       人権方針実施の責任の割り当て

(人権DDに対する監督権限および責任を、適切な上級管理者に割り当てる。方針の実施責任を適切な部署に横断的に割り当てる。)

②       人権DDの対象・範囲の確定

(自社のビジネス及びサプライチェーン/バリューチェーンや進出先における、実際の又は潜在的な人権への負の影響について分析)

③       重大性の評価・分析

(影響の大きさ及び発生可能性、並びに、ステークホルダーの期待と自社の取組みについて分析)

④       人権DDのプランの策定

(継続的な実施・対処プロセスを構築)

⑤       人権DDの実施
⑥       人権DDに基づき特定された人権リスクに対する予防・軽減措置のモニタリング・評価

(質的・量的な指標に基づき行う)

⑦       追跡評価

(質的・量的な指標に基づき継続的に行う)

⑧       外部への報告

(改善が必要な点については是正を行い、人権侵害の懸念のあるサプライヤーについては改善に向けた働きかけなどを行う)

 

人権DDへの取組当初は、自社のみでのリスク評価の実施が難しいことや、第三者の客観的な評価による裏付けを行う必要があること等から、指導原則においては以下の事項が推奨されている(指導原則18)。

 

a         社内もしくは社外の専門家などを通じて、人権に関する専門知識を活用すること
b         自社事業によって影響を受ける可能性があるグループやその他の関連ステークホルダーと協議し、その内容を組み込むこと

 

経団連が実施したアンケート調査によれば、人権DDの実施状況について、「人権リスクが高いと考えられる事業」に対して実施している企業が29%、「事業を行っている国・地域のほぼすべて」に対して実施する企業は24%にとどまり、一方で、実施に着手できていないと回答した企業は31%と多く、人権DDの実施に関して課題が示されている[27]

 

そして、人権DDは単に形式的に実施するのではなくその実効性を高めることが必要となるところ、実効性を高めるための留意点は下記のとおりである。

 

①       人権DDの目的は、経営リスクの軽減ではなく、人権リスクの特定、予防、軽減、(必要な場合には)救済であることについて、関係者の認識を改めて確認すること(2(1)参照)
②       人権DDは関係法令遵守(コンプライアンス)の観点ではなく、リスクベースの観点が重要となること(1(1)参照)

Ÿ   国内法の遵守だけでなく、(国際的に承認されている権利の)ライツホルダーの視点からリスクを分析することが求められる。

③       自社の労働組合を含め、ライツホルダーを巻き込むこと[28]
④       NGOなど現場の人権リスクをよく知る専門家を巻き込むこと

Ÿ   アプローチ、視点及び評価基準等に関する違いがあるとしても、人権リスクの特定、予防、軽減、(必要な場合には)救済に関する方向性について、企業はNGO等と協働することが可能である。例えば、事故や不祥事が発生したときに、対応方針のアドバイスをもらう等、敬意と透明性をもって付き合うことが重要との指摘がある[29]

⑤       海外現地法人を巻き込むこと

Ÿ   現地の法制度との関係で、海外現地法人の方が進んだ取組みを行っている事例もある。

⑥       企業内の広い部署(マネジメント、経営企画、人事、調達、法務、リスクマネジメント及びIR等)を巻き込むこと

Ÿ   日常的に現場の実情・人脈に触れている者が関与する必要があることから、CSR担当部門だけでなく、従業員への人権侵害が問題となるケースでは人事部、サプライヤーによる人権侵害が問題となるケースでは調達部、顧客の人権侵害の可能性があるケースでは当該事業部と共同で取り組むべきである[30]

 

人権DDの具体的な実施方法については、OECD作成の「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」や各産業分野別(機関投資家、農業、採取産業(石油・ガス・鉱物資源等の開発)、紛争地域の鉱物、衣類・履物)のデュー・ディリジェンス・ガイダンス[31]、日弁連作成の「人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引)」等が公表されている。

 

(3) 苦情処理メカニズムの構築(コンプライアンス・ホットラインの整備)
ア 構築に際して考慮すべき事項
企業は、自らのビジネス活動がステークホルダーの人権に対してネガティブなインパクトを引き起こしたか助長した場合の救済措置を設けることが求められる(指導原則29)。

企業における苦情処理メカニズムとして、代表的な対応はホットライン(社内外からの苦情・相談・通報などを受け付け、対応する窓口)の設置であるが(指導原則31参照)、指導原則では、実効性を保つために満たすべき要件が下記のとおり示されている。また、必要に応じて他言語への対応などの考慮を行うことも考えられる。

 

a         正当性がある 利用者であるステークホルダー・グループから信頼され、苦情プロセスの公正な遂行に対して責任を負う。
b         アクセスすることができる 利用者であるステークホルダー・グループすべてに認知されており、アクセスする際に特別の障壁に直面する人々に対し適切な支援を提供する。
c         予測可能である 各段階に目安となる所要期間を示した、明確で周知の手続が設けられ、利用可能なプロセス及び結果のタイプについて明確に説明され、履行を監視する手段がある。
d         公平である 被害を受けた当事者が、公平で、情報に通じ、互いに相手に対する敬意を保持できる条件のもとで苦情処理プロセスに参加するために必要な情報源、助言及び専門知識への正当なアクセスができるようにする。
e         透明性がある 苦情当事者にその進捗情報を継続的に知らせ、またその実効性について信頼を築き、危機にさらされている公共の利益をまもるために、メ力ニズムのパフオーマンスについて十分な情報を提供する。
f          権利に矛盾しない 結果及び救済が、国際的に認められた人権に適合していることを確保する。
g         継続的学習の源となる メ力ニズムを改善し、今後の苦情や被害を防止するための教訓を明確にするために使える手段を活用する。
h         エンゲージメント及び対話に基づく 利用者となるステークホルダー・グループとメ力ニズムの設計やパフォーマンスについて協議し、苦情に対処し解決する手段として対話に焦点をあてる。

 

経団連が実施したアンケート調査によれば、「苦情処理・救済メカニズム」の構築自体については63%の企業が構築済みと回答している(特に売上高5,000億円以上の企業は72%が構築済みと回答)一方で、「事業により負の影響を受ける個人や地域社会が直接通報できる苦情処理メカニズム」を構築していると回答した企業は40%にとどまった[32]

また、一般財団法人企業活力研究所が実施した調査によれば、苦情処理メカニズムについて、従業員向けには約60%の企業が整備済みであるものの、人権リスクが発生しやすい調達先や顧客向けの設置は約30%にとどまっており、さらに、従業員や、調達先、顧客以外にも利用可能な企業は約15%にとどまるとのことである[33]

これらの調査結果からすると、サプライチェーン(のステークホルダー)全体に対して苦情処理メカニズムを利用可能とする取組み(上記①)は、十分に実施されていない可能性があると考えられる。

 

地域事情や文化的背景を考慮した相談・解決のプロセスとして、地域事情や文化的背景から救済メカニズムの利用者が報復を恐れる事態が想定される場合には、関係者の守秘義務の明確化や利用者の匿名性確保、情報セキュリティ確保が重要となる。

例えば2020年にResponsible Business Alliance(ヒューレット・パッカード(HP)、IBM及びデルなどの電子機器大手が、電子業界のサプライチェーンにおける社会的・環境・倫理的課題に対し、業界全体で規範を作成することを目的に2004年に設立したNGO)が公表したWorker Voice Platformのようなテクノロジーを活用することも考えられる。同プラットフォームが提供している機能は概要以下のとおりである[34]

 

①       労働者調査ツール RBAメンバーが自社及びそのサプライヤーの従業員に対し簡単に調査を実施可能とするツール
②       監査サポート 上司の監視なく従業員へのインタビューが実施可能であり、報復があった場合には従業員からの報告が可能。
③       モバイル学習アプリ 複数言語で400以上のコースが利用可能。
④       苦情報告 QRコード、携帯電話またはウェブサイトを介して従業員が簡単に苦情報告をすることができる。

イ 苦情処理メカニズム構築の具体例
日本企業が整備した苦情処理メカニズムの例は以下のとおりである。

 

イオン[35]

 

Ÿ   同社のプライベートブランドである「トップバリュ」の商品について、原材料の調達から製造、在庫管理、配送、販売までの全プロセスに関わる取引先の従業員から相談や通報を受け付ける「お取引さまホットライン」を開設。

Ÿ   窓口の対応に当たる第三者機関として、サプライチェーン上の課題解決に取り組むNGOである一般社団法人「ASSC(ザ・グローバル・フォー・サステイナブル・サプライチェーン=アスク)」の協力を取り付け、同法人との協働でグリーバンスメ力ニズムを推進。

Ÿ   相談者が希望する場合は匿名でイオンの窓口へ報告されることになる。また、相談の内容により、イオンとASSCが協働して対応することになる。

不二製油[36] Ÿ   手続は、①苦情の受領、②苦情の確認、③苦情の登録、④苦情の処理、⑤監視、⑥苦情の終結、という流れをとる。

Ÿ   苦情の内容が同社の「責任あるパーム油調達方針」に照らし問題があると判断された場合、「グリーバンスリスト」に登録し、直接サプライヤーに改善をお願いするのが基本的な対応であるとされている。

Ÿ   2020年6月時点で、不二製油が問題を確認したグリーバンスは108件であるところ、その90%で取引先による改善が行われ、残り10%は改善が見られないなどの理由で取引停止となった。

 

苦情処理のプロセスでは、人権問題等を指摘した者との真摯な対話が重要となる。完全な回答、対応を即時に行うことが難しい場合であっても、改善を目指して取り組み続ける姿勢と行動を示さなければ、人権問題への対応について誤解を生じさせることになりかねない[37]

また、利用者との適切な対話や苦情処理策の検討に際し、企業単体での対応が困難である場合には、現地NGOとの連携なども検討すべきである。苦情を受けた企業が人権問題に関する実施体制と管理プロセスを構築し、その枠組みや施策(自主チェック・監査・社内コミュニケーションなど)を公表することによって、多くのステークホルダーのチェック機能を働かせることが考えられる。

なお、企業においては、苦情処理メカニズムの利用者への対応が不適切な場合には、利用者が自らの権利・利益が軽視されたなどという印象を持ち、かえって事態を複雑化させるリスクもあることから[38]、弁護士等の社外専門家とも連携して対応することが考えられる。

 

4. 人権配慮に関する事後の対応策

以下では、企業がNGO、メディア、地域住民及び海外当局等から、ビジネス活動に伴う人権侵害について指摘を受けた場合を想定し、その対応策について検討する。

 

(1) NGO・メディア・地域住民等から人権侵害等の指摘を受けた場合の対応
ア NGO等による指摘の例
例えば、ヒューマンライツナウ(認定NPO法人)は、日本企業による人権侵害に関する調査報告書・提言として、例えば以下のような資料を公表している。

 

人権侵害が生じたとされる国 調査報告書・提言 調査報告書・提言で言及された日本企業
①     中国 報告書「ウイグル自治区における強制労働と日系企業の関係性及びその責任」[39] 日立製作所、東芝、TDK、ソニー、京セラ、三菱電機、ミツミ電機、シャープ、任天堂、ジャパンティスプレイ、良品計画、ファーストリテイリング、しまむら、パナソニック
②     タイ 報告書「タイ鶏肉産業における「強制労働」:日本企業のサプライチェーン上における労働者の権利侵害」[40] 味の素、三菱商事、Bostonトレーディング、ポムフード、フォーシーズ、伊藤ハム、丸大食品、大日本製薬、住友商事
③     ミャンマー 共同提言:「ヒューマンライツ・ナウと Justice For Myanmarは、米国がミャンマー真珠公社を制裁対象に指定したことを受け、TASAKIにミャンマー国軍との取引を停止するよう要請します。」[41] TASAKI

 

上記のような報告書・提言の公表という手法に加え、NGO等から企業に対し自社あるいはサプライヤー等による人権侵害を指摘する書簡等が送付されることもある。

 
イ 対応の基本方針
自社やサプライチェーンの取引先による人権侵害(委託先工場による長時間労働、低賃金等)を理由としたネガティブキャンペーンや、地域住民によるデモ、従業員のストライキ等が行われた場合について、対応の基本方針は以下のとおりである。

指導原則の考え方に沿った3(3)記載の苦情処理メカニズム(企業内部メカニズム、または企業外部の独立した組織・機関)が存在し、かつ、これに基づく申立て等がなされた場合には、当該メカニズムが規定する手続に沿って、公平・的確に対処をすべきことになると考えられる。

かかる枠組み整備が未了の場合、まず、後から「隠蔽工作」を行ったとの指摘を受けないよう、当該時点で把握している事実関係を速やかに公表するかどうかを検討する必要がある。加えて、可能な限り早期に事実調査を実施して、対応を検討する必要がある[42]

さらに、事実調査の実施や苦情に対する対応を検討するに際しては、苦情処理メカニズムに関する指導原則の要請も踏まえることが重要である。この点について、指導原則における関連部分の条項の解説は、以下のとおりである。

 

指導原則31hの「解説」

(略)企業が、訴えの対象でありながら、同時にまた一方的に苦情処理の結果を決定するというのは正当ではなく、受け入れられないことである。これらメ力ニズムは、対話を通じて合意による解決に到ることに焦点をあてるべきである。裁定が必要とされる場合は、正当で、独立した第三者メ力ニズムにより行われるべきである。

(注)太字下線は筆者らによる。

 

したがって、企業が人権侵害等の指摘を受けた場合には、自らが「苦情処理の結果を決定」したなどという批判を受けることのないよう、「正当で、独立した第三者メ力ニズム」による解決という点を意識して対応することが考えられる。

ウ 企業から独立した専門家による事実調査及び助言・仲介
この点については、上記指導原則やOECD多国籍企業行動指針等を踏まえた、苦情処理メカニズムを強化するための基本的なステップを提示するものとして、責任ある企業行動及びサプライ・チェーン研究会が作成した「責任ある企業行動及びサプライ・チェーン推進のための対話救済ガイドライン」が公表されている。同ガイドラインを参照すると以下の対応が考えられる。

まず、「正当で、独立した第三者メカニズム」を実現する具体的方策として、申し立てられた苦情について第三者的な立場から事実調査を実施する調査委員を選任することが考えられる。

また、苦情の前提となる事実が重大・複雑な場合や事実認識について当事者間に対立がある場合には、事実認定の正当性を確保するため、当事者から独立した立場の調査委員を選任することが望ましい。特に重大かつ複雑な苦情の処理に関しては、十分な調査を行い、過半数による決定を可能とするため、3名以上から構成される調査委員会を設置することが有益である。

「企業が、訴えの対象でありながら、同時にまた一方的に苦情処理の結果を決定するというのは正当ではな(い)」という観点からは、当事者から独立した立場の助言・仲介委員を選任し、制度利用者等のステークホルダーと企業との間の対話の促進・仲介や、苦情処理・問題解決あっせん案の提示等の役割を担わせることが考えられる。特に重大かつ複雑な苦情の処理に関しては、3名以上から構成される助言・仲介委員会の設置が有益であることも、調査委員について述べたことと同様である[43]

調査委員及び助言・仲介委員は、人権侵害等の指摘を行った者等のステークホルダーや企業から独立した第三者的な立場から、関連事実の調査や、当事者間の対話促進、苦情処理・問題解決あっせん案の提示等を行うことが想定されることから、法律、人権、労働、環境・開発、紛争解決、サプライ・チェーン管理などといったサステナビリティ(持続可能性)に関連する分野について専門的な知識及び経験を有しており、かつ、企業からの独立性が確保されていることが重要である。

 

(2) 現地法令違反を根拠とする訴訟・当局による処分への対応
ア ハードロー化の進展
指導原則はあくまでソフトローであり、強制力を伴わない。他方で、近年、欧米を中心に「ビジネスと人権」のハードロー化が進んでいる[44]。詳細は以下のとおりである。

 

国・地域 法令 ポイント
米国カリフォルニア州 サプライチェーンにおける透明性確保のための法律 Ÿ   サプライチェーンにおける奴隷労働・人身取引に関する監査等の実施、関連法令遵守に関する一次サプライヤーからの証明書取得・ウェブサイトでの開示等を義務づけ

Ÿ   企業の義務違反について裁判所による強制履行命令を規定[45]

英国 現代奴隷法 Ÿ   サプライチェーン上の強制労働等に関する報告義務を規定

Ÿ   企業の義務違反について高等法院の強制執行命令や罰金の可能性[46]

フランス 企業注意義務法 Ÿ   人権侵害を軽減するための措置等を内容とする計画の公表・実施義務を規定

Ÿ   企業の義務違反について第三者に対する民事責任も規定

※ 前述のファーストリテイリングは刑法違反(人道に対する罪)で捜査対象となっている。

オーストラリア 現代奴隷法 Ÿ   サプライチェーンにおける現代奴隷に関するリスクなどの報告義務を規定
オランダ 児童労働デュー・ディリジェンス法 Ÿ   サプライチェーン上の児童労働に関する調査、アクションプラン策定、デュー・ディリジェンス実施報告に関する義務を規定

Ÿ   罰金や取締役の禁固刑も規定

ドイツ サプライチェーン注意義務法 Ÿ   人権・環境リスクに関するデュー・ディリジェンスの実施義務を規定

Ÿ   義務違反には行政罰のみを規定

ノルウェー 事業の透明性及び基本的人権等に関する法律 Ÿ   バリューチェーン上での人権尊重に関してとっている措置、デュー・ディリジェンスを通じて特定された実際の負の影響などの公表を要求

イ 訴訟対応
ビジネスと人権分野において各国でハードロー化が進展するとともに、ビジネスと人権に関する法的主張を根拠とした訴訟が提起される例も増加している。

多国籍企業が途上国・新興国でビジネスを展開し、進出先国で人権侵害を行った場合には、進出先国においては、現地の裁判所等の中立性や経験値、執行力に関する制約から、進出先国の現地法人に対してではなく、本社の所在国において本社を被告として訴訟が提起される例も相次いでいる[47]

この種の訴訟では、原告側は必ずしも勝訴することのみを意図している訳ではなく、社会的注目を集めることで、政府に改善を促すとともに、企業に圧力をかけることも意図している点に留意が必要である。紛争発生時に適切な防御をするためにも、人権DDを適切に実施することが重要である[48]

最近の訴訟の例については、本年、オランダ・ハーグの裁判所は、地元の環境保護団体や個人が集団で起こした訴訟において、ロイヤル・ダッチ・シェル社に対し、2030年末までに同社全体のCO2排出量を2019年比で45%削減するよう命じた。

同社に対しては、オランダ民法第6条第162項に違反し、欧州人権条約第2条および第8条(生命に対する権利および家族生活の尊重を受ける権利)に違反していると主張されていたところ、裁判所は、オランダ国内法と条約の両方の下で上記の義務があると判断している[49]

日本企業も、途上国・新興国で自社のビジネスに関連して発生した人権侵害を理由に、進出先国の裁判所のみならず、日本の裁判所にも訴訟提起される可能性がある点にも留意が必要である[50]

ウ 当局対応
ファーストリテイリングの事例では、米税関・国境警備局(CBP)は貿易円滑化・貿易執行法に基づき「ユニクロ」製シャツの米国への輸入を差し止めた[51]。このように、現地法違反を理由とした行政処分等を海外当局から受けることも想定される。

一般に、海外子会社において現地法令違反等の不祥事発生時の対応の概要は以下のとおりと考えられる[52]。現地法律事務所とのネットワークを持つ国内法律事務所を選任するなどして、現地法律事務所とも連携して対応することが必要である。

 

①       初動対応 Ÿ   発覚の端緒:内部通報・監査、報道機関の問合せ、当局調査等。

Ÿ   立入検査や情報提供要請への対応:事情聴取に応じるか否か、提出資料の範囲等の確認。

②       文書の保全 Ÿ   関係者による証拠隠滅を防止するための措置。

Ÿ   具体的には、役職員に対して、文書保全の対象となる文書を保全するよう指示する通知を発出(litigation hold notice)。

③       管轄当局・適用法令等の確認・検討 Ÿ   現地弁護士等のアドバイスを得て、適用法令、関連手続、制裁内容、一般的な対応実務等の概要を把握。
④       事実調査の実施 Ÿ   関連資料の収集・レビュー

Ÿ   関係する役職員のヒアリング

⑤       調査結果を踏まえた対応方針の検討 Ÿ   調査により不正行為が判明した場合には、直ちに是正措置を講ずるための方針を検討。

 

 

「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングによれば、同社は、従前から、人権方針の策定、人権委員会の設置、人権DDの実施及び人権に関する通報窓口と救済措置の設置等の対応を行っており[53]、新彊産綿花についても、取引先の工場を監視し、問題がある取引先の取引停止等の措置を講じていたとのことである[54]。同社は、いわゆるラナ・プラザ事案[55]を受けた「バングラデシュにおける火災予防および建設物の安全に関わる協定」にも署名している[56]

このように、これまで人権問題を意識して対策を講じてきたとされる企業であっても、現地法令違反を理由とした当局の処分等を受ける可能性がある。上記のとおりビジネスと人権分野においてハードロー化が進展している状況においては、訴訟リスクだけでなく、現地当局対応の必要が生ずる可能性も無視できない。

 

5. 企業経営に直結する人権問題の対応における法的観点の重要性

近時は、日本企業においても、人権問題を主題として国際的なNGO等と対話する機会が増えてきている[57]。対話相手となる国際的な人権NGOは弁護士を中心的スタッフとして配置することが多く、国際人権法を背景とした法的論理に基づきアクションをとる傾向が見受けられる。

また、欧米企業では、国際人権NGO等への対応について弁護士等のサポートを受けている例も多いが、日本企業でそのような対策を講じている例は少ないと考えられる[58]。企業が国際人権NGOと対話する場面では、職業的に法的分析・議論を行う能力を有する弁護士のサポートを受けて適切な防御・反論を行うことが重要である(海外では弁護士・依頼者間秘匿特権が適用されることが多い。)[59]

そして、一般に、弁護士等の法律専門家は、国際基準を踏まえた社内規程の策定・修正も可能であるし[60]、特に国内法と国際ルールとの間にギャップがある途上国・新興国でのビジネスについて人権DDを実施するに際しては、現地弁護士のアドバイスだけでなく、国際人権法を理解する弁護士の確認が必要となる[61]。特に、NGO・メディア・地域住民等から人権侵害等の指摘を受けた場合の対応については弁護士の知見の活用が不可欠である。企業においては、経営陣が善管注意義務に沿って行動し、サプライチェーン全体を適切に管理して、ステークホルダーへの負のインパクトをできる限り低減・是正し、当該企業、ひいては社会に対する責任を果たし、「誰一人取り残さない社会」の実現に向け貢献できるよう、弁護士等の法律専門家のアドバイスを得て対応していくことが重要であることが強く指摘されている[62]

                            以 上

 

[1] 東京証券取引所「改訂コーポレートガバナンス・コードの公表」(2021年6月11日)

https://www.jpx.co.jp/news/1020/20210611-01.html

[2] なお、同日に公表された「投資家と企業の対話ガイドライン」の改訂版でも、「ESGやSDGsに対する社会的要請・関心の高まり」や「サプライチェーン全体での公正・適正な取引」への言及がなされている。

(金融庁「『投資家と企業の対話ガイドライン』(改訂版)の確定について」(2021年6月11日)

https://www.fsa.go.jp/news/r2/singi/20210611-1.html))

[3] 島崎征夫ほか「コーポレートガバナンス・コードと投資家と企業の対話ガイドラインの改訂の解説」商事法務2266号12頁(2021年6月25日)

[4] 内部統制システム整備義務違反(会社法362条4項6号、同施行規則100条1項2号)を含む。CGコードだけでなく、東京証券取引所「不祥事予防のプリンシプル」(2018年3月)(https://www.jpx.co.jp/regulation/listing/preventive-principles/index.html)にも、サプライチェーン管理が明記されている。

[5] 「ビジネスと人権に関する指導原則」等は強制力がないものの、法規範に至っていない国際的なガバナンス/CSR基準について、日本企業の役員の善管注意義務違反の判断基準の一要素となることが予測されるとの指摘がある(蔵元左近「コーポレートガバナンス/CSRに関する国際的規範・基準の近時の動向」NBL1065号26頁(2016年1月1日)。奥島孝康「社会的責任の国際規格と会社法」金判1324号1頁(2009年9月15日)、山口利昭「企業の社会的責任論(CSR)とソフトローの親和性」(2009年9月17日)(http://yamaguchi-law-office.way-nifty.com/weblog/2009/09/post-d76b.html)も参照。)。

[6] 時事ドットコム「米、ユニクロ製品を差し止め ウイグル問題で―反論を却下」(2021年5月19日)

[7] 時事ドットコム「米、ユニクロ製品を差し止め ウイグル問題で―反論を却下」(2021年5月19日)

[8] 米シンクタンク「センター・フォー・グローバル・ポリシー」は、2020年12月、中国が少なくとも57万人のウイグル族を綿花栽培などで強制的に働かせていたとの報告書を発表していた(日本経済新聞「仏、ファストリなど4社捜査 ウイグルの人権問題巡り」(2021年7月2日))。

[9] 朝日新聞「仏当局、ユニクロなどを捜査 ウイグルでの人権問題巡り」(2021年7月2日)

[10] ビジネスと人権に関する行動計画に係る関係府省庁連絡会議「『ビジネスと人権』に関する行動計画(2020-2025)」3頁、23頁(2020年10月)(https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/100104121.pdf

[11] 法務省人権擁護局「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応 詳細版」10頁(2021年3月)(https://www.moj.go.jp/content/001346120.pdf

[12] 日本経済新聞電子版「ノルウェー年金、キリンHD株を監視 ミャンマー事業懸念」(2021年3月4日)、読売新聞「ウイグル問題 企業板挟み」(2021年5月28日)。

なお、キリンは、本文記載のノルウェー銀行の判断の後に、合弁相手との提携解消を発表した。そして、ミャンマーにおけるビール事業を継続するため、新たな合弁先(国軍と無関係な企業)の選定を進めていた。しかし、合弁相手は提携解消に応じず、交渉は頓挫し、11月には、合弁相手が裁判所に対し(一方的に)清算を申し立てるまでに至った。そこで、キリンは、12月、シンガポール国際仲裁センターに仲裁を提起し、事態解決の糸口を探っている(日本経済新聞「キリン、ミャンマーで国際仲裁へ 国軍系と合弁解消巡り」(2021年12月6日))。

[13] 本文記載のものに加え、主要なものだけでも、「世界人権宣言」、「国際人権規約(社会権・自由権規約)ILO中核的労働基準」、「ISO26000」、「国際指導原則 報告フレームワーク」、「ILO多国籍企業宣言」、「『2030アジェンダの実施と人権』決議」、「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」、「人権デュー・ディリジェンスと新型コロナウイルス」、「子どもの権利とビジネス原則」、「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」、「国連グローバル・コンパクトの10原則」、「G7エルマウ・サミット首脳宣言」、「G20ハンブルク・サミット首脳宣言」など、多岐にわたる。

[14] 下記に加え、SDGs実施指針改訂版、SDGsアクションプラン2021、未来投資戦略2018、各社が発表している人権に対する方針などが挙げられる。また、「ビジネスと人権」に関する多数の論考がある。

[15] 渡邊純子「『ビジネスと人権』の概要と国際的潮流」(2020年12月21日)

https://www.businesslawyers.jp/articles/872)、ベーカー&マッケンジー法律事務所(外国法共同事業)、KPMGコンサルティング株式会社『海外子会社リーガルリスク管理の実務』56頁以下(中央経済グループパブリッシング、2019年9月15日)

[16] 経団連「第2回 企業行動憲章に関するアンケート調査結果」32頁(2020年10月13日)

https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/098_honbun.pdf

[17] 東京証券取引所「『フォローアップ会議の提言を踏まえたコーポレートガバナンス・コードの一部改訂に係る上場制度の整備について(市場区分の再編に係る第三次制度改正事項)』に寄せられたパブリック・コメントの結果について」No.375(2021年6月11日)(https://www.jpx.co.jp/rules-participants/public-comment/detail/d1/nlsgeu000005hprf-att/nlsgeu000005lo50.pdf

[18] 東京証券取引所「『フォローアップ会議の提言を踏まえたコーポレートガバナンス・コードの一部改訂に係る上場制度の整備について(市場区分の再編に係る第三次制度改正事項)』に寄せられたパブリック・コメントの結果について」No.378(2021年6月11日)(https://www.jpx.co.jp/rules-participants/public-comment/detail/d1/nlsgeu000005hprf-att/nlsgeu000005lo50.pdf

[19] 日本弁護士連合会「人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引)」3.3.2.1項(2015年1月)(https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150107_2.pdf

[20] 経団連「第2回 企業行動憲章に関するアンケート調査結果」26頁(2020年10月13日)

https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/098_honbun.pdf

[21] 日本弁護士連合会「人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引)」29及び30頁(2015年1月)

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150107_2.pdf

[22] 法務省人権擁護局「今企業に求められる『ビジネスと人権』への対応 詳細版」50頁(2021年3月)

https://www.moj.go.jp/content/001346120.pdf

[23] 大村恵美「取引契約書における人権ポリシー遵守規定の定め方と運用方針」ビジネス法務2021年5月号104頁(2021年5月)

[24] 独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)アジア経済研究所「グローバル市場で求められる『責任あるサプライチェーン』とは?」22頁及び23頁(2019年3月)(https://www.ide.go.jp/library/Japanese/Research/Project/2018/pdf/2018110007_06.pdf

[25] 指導原則15は、企業は「人権への影響を特定し、防止し、軽減し、そしてどのように対処するかについて責任を持つという人権デュー・ディリジェンス・プロセス」を設けるべきであるとする。

[26] 例えば、インフラの発展(その貢献)は、地域住民の「人権(十分な生活水準への権利等)」にポジティブなインパクトを与えるものである一方、開発に伴う環境悪化によりネガティブなインパクトも生じ得る。

[27] 経団連「第2回 企業行動憲章に関するアンケート調査結果」33頁(2020年10月13日)

https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/098_honbun.pdf

[28] OECD「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」27頁(2018年)

https://www.mofa.go.jp/mofaj/files/000486014.pdf

[29] 日本弁護士連合会「人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引)」46頁(2015年1月)

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150107_2.pdf

[30] 日本弁護士連合会「人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引)」39及び40頁(2015年1月)

https://www.nichibenren.or.jp/library/ja/opinion/report/data/2015/opinion_150107_2.pdf

[31] https://www.mofa.go.jp/mofaj/gaiko/csr/housin.html

[32] 経団連「第2回 企業行動憲章に関するアンケート調査結果」26頁及び27頁(2020年10月13日)

https://www.keidanren.or.jp/policy/2020/098_honbun.pdf

[33] 一般財団法人企業活力研究所「新時代の『ビジネスと人権』のあり方に関する調査研究(詳細)」24頁(2019年3月)(https://www.bpfj.jp/cms/wp-content/uploads/2020/03/69707541.pdf

[34] Responsible Business Alliance「Responsible Business Alliance Launches Worker Voice Platform」(2020年12月15日)(http://www.responsiblebusiness.org/news/worker-voice/

[35] SUSTAINABLE BRANDS JAPAN「イオンが『グリーバンスメカニズム』構築へ サプライチェーン従業員向け相談窓口開設」(2021年2月16日)(https://www.sustainablebrands.jp/news/jp/detail/1200853_1501.html

[36] 日経ESG「不二製油グループ本社、進化し続けるサステナブル調達」(2021年4月27日)

[37] 湯川雄介「企業法務の知見をSDGsに活かす 法務的観点から『ビジネスと人権』を考える」NBL1172号50頁(2020年6月15日)

[38] 指導原則31の「解説」参照

[39] https://hrn.or.jp/wpHN/wp-content/uploads/2021/04/23231543a42eb93f6355a612f24a5118.pdf

[40] https://hrn.or.jp/news/14964/

[41] https://hrn.or.jp/wpHN/wp-content/uploads/2021/04/joint-statement_JPN.pdf

[42] 久保光太郎・足羽麦子「ビジネスと人権」Business Law Journal 154号101頁(2021年1月)

[43] 日本証券取引所グループ「上場会社における不祥事対応のプリンシプル」(2016年2月24日)

https://www.jpx.co.jp/regulation/listing/principle/nlsgeu000001ienc-att/fusyojiprinciple.pdf)も、不祥事対応について、「内部統制の有効性や経営陣の信頼性に相当の疑義が生じている場合、当該企業の企業価値の毀損度合いが大きい場合、複雑な事案あるいは社会的影響が重大な事案である場合などには、調査の客観性・中立性・専門性を確保するため、第三者委員会の設置が有力な選択肢となる」と指摘している。

[44] 渡邉純子「『ビジネスと人権』の概要と国際的潮流」(2021年12月21日)

https://www.businesslawyers.jp/articles/872)、渡邉純子「世界の人権デューデリジェンス関連法制総まとめ」(2021年6月23日)(https://www.businesslawyers.jp/articles/949

[45] JETRO「カリフォルニア州サプライチェーン透明法の概要と執行状況(米国)」(2021年6月10日)

https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2021/b6c13236c006d018.html

[46] JETRO「英国現代奴隷法の最新動向と企業の対応」(2021年6月10日)

https://www.jetro.go.jp/biz/areareports/2021/ffeed8e385d03a21.html)、渡邊純子「英国現代奴隷法の強化と『現代奴隷』」(2021年5月6日)(https://www.businesslawyers.jp/articles/925

[47] 渡邊純子「『ビジネスと人権』の概要と国際的潮流」(2020年12月21日)(https://www.businesslawyers.jp/articles/872

[48] 渡邊純子「『ビジネスと人権』の概要と国際的潮流」(2020年12月21日)(https://www.businesslawyers.jp/articles/872

[49] 同社は7月20日、判決を不服として控訴すると発表した(日本経済新聞「英蘭シェル、CO2削減命令不服で控訴へ オランダで」(2021年7月20日)(https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGR20C160Q1A720C2000000/))。しかし、同社は、10月28日、2030年までに石油の精製などで出る温室効果ガスの排出量を、2016年と比べて半減させるとするとの目標を発表するに至った(NHKニュース「大手石油会社シェル 温室効果ガス排出量“2030年までに半減”」(2021年10月29日)(https://www3.nhk.or.jp/news/html/20211029/k10013326461000.html))。

[50] 渡邊純子「『ビジネスと人権』の概要と国際的潮流」(2020年12月21日)(https://www.businesslawyers.jp/articles/872

[51] 日本経済新聞「米のユニクロ輸入差し止め 企業に人権リスク感度問う」(2021年6月3日)

[52] 森・濱田松本法律事務所『企業危機・不祥事対応の法務〔第2版〕』(商事法務、2018年7月24日)120頁ないし122頁、127頁、133頁ないし136頁及び276頁、木目田裕『危機管理法大全』(商事法務、2016年3月1日)940頁等

[53] 2020年には、ファーストリテイリングは、英保険大手などの機関投資家が参加し、国際的な主要企業の人権に関する取り組みを採点している「企業人権ベンチマーク(CHRB)」から、アパレル企業中4位という高評価を得ていた(読売新聞「ウイグル問題 企業板挟み」(2021年5月28日))。

[54] 時事ドットコム「ウイグル問題、対応に苦慮 新疆産綿めぐりユニクロなど」(2021年4月13日)

[55] 2013年にバンクラデシュの首都ダッ力近郊で複数の縫製工場が入った複合ビルが崩落し、1138人が死亡し、2500人以上が負傷した(WWDJAPAN「死者多数の事故『ラナ・プラザの悲劇』から6年 バングラデシュの労働環境は改善されたのか」(2019年10月1日))。

[56] 同協定に基づく縫製工場への安全検査により実際に問題点が指摘されている。「H&M」や「INDITEX」(「ZARA」を展開)をはじめとする多くのアパレルメーカーが署名している。

[57] 蔵元左近「ステークホルダー対応の最前線 第11回 ガラパゴス的対応からの脱却」NBL1139号80頁(2019年2月1日)

[58] 蔵元左近「ステークホルダー対応の最前線 第11回 ガラパゴス的対応からの脱却」NBL1139号80頁(2019年2月1日)

[59] 万一、証拠開示制度が認められている米国等での訴訟や国際仲裁に至った場合でも秘匿特権を活用して防御を行うことが可能になる。

[60] 法務省ほか「『ビジネスと人権~企業に求められる人権に配慮した行動~』議事録」(2020年12月4日)(https://www.gov-online.go.jp/tokusyu/COVID-19/img/policy/pdf/business-jinken_ibaraki_gijiroku.pdf

[61] 渡邊純子「『ビジネスと人権』の概要と国際的潮流」(2020年12月21日)(https://www.businesslawyers.jp/articles/872

[62] 片桐大ほか「有事における初動対応と戦略構築上の留意点」経理情報1611号47頁(2021年5月10日)も参照。