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<目次>
1. はじめに
2. カスタマーハラスメントとは
3. カスタマーハラスメント規制についての動向
(1) 東京都条例案
(2) 法改正の動き
4. 企業による対応実例
(1) 民間企業・団体等の取組
(2) カスハラによる企業の不利益

 

1. はじめに

近年、顧客による著しい迷惑行為を意味するカスタマーハラスメント(通称:カスハラ)が社会問題となっています。2020年1月に策定された厚生労働省指針では、顧客等からの暴行、脅迫、ひどい暴言、不当な要求等の著しい迷惑行為(カスタマーハラスメント)に関して、事業主は、相談に応じ、適切に対応するための体制の整備や被害者への配慮の取組を行うことが望ましい旨、また、被害を防止するための取組を行うことが有効である旨が定められています(※1)。
2022年2月には、厚労省によって、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(※2)が策定され、企業におけるカスタマーハラスメント対策への取組が要請されています。また、最近では、カスタマーハラスメントを法的に規制しようという議論が、国の法令のみならず地方自治体を中心に活発になっています。こうした社会の情勢を踏まえ、本稿では、カスタマーハラスメント規制に関する最新の動向や実例についてご紹介します。

※1 厚生労働省「事業主が職場における優越的な関係を背景とした言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(令和2年厚生労働省告示第5号)」
※2 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」

2. カスタマーハラスメントとは

カスタマーハラスメントについては、「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」では、「顧客等からのクレーム・言動のうち、当該クレーム・言動の要求の内容の妥当性に照らして、当該要求を実現するための手段・態様が社会通念上不相当なものであって、当該手段・態様により、労働者の就業環境が害されるもの」と定義しています。
同マニュアルでは、業種や業態、企業文化などの違いから、カスタマーハラスメントの判断基準は企業ごとに違いが出てくる可能性があることから、各社であらかじめ判断基準を明確にした上で、企業内の考え方、対応方針を統一して現場と共有しておくことが重要であるとされています。
なお、カスタマーハラスメントは、個人によるもののみならず取引先を含む法人企業からなされるハラスメントもあり得ます。

3. カスタマーハラスメント規制についての動向

条例や法律による規制の動きも活発化しており、最近の代表例として、以下のものが挙げられます。

(1) 東京都条例案

2024年2月20日の東京都都議会において、カスタマーハラスメント防止のための条例制定に向けた検討を進めることが明らかになりました。現在、「カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会」(※3)では、条例案の内容について、以下のような意見(一部要約の上抜粋)が出されました。

※3 東京都「カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会議事録」:第1回/第2回/第3回

(a) 経済団体

  • 罰則付きの条例は、罰則の対象にならない類似行為が許容されるという誤ったメッセージにもなる。
  • 業界ごとにガイドラインやマニュアル、モデル約款の整備などの取組を促していくことが現時点での現実解ではないか。

(b) 労働団体

  • 罰則はつけて欲しいが、それよりも、幅広い行為をカスハラとして禁止する、という態度を示すことが優先。
  • 条例と防止のための具体策としてのガイドラインはセットだと考えている。

(c) 学識経験者

  • 罰則を設けると内容の決定に時間がかかる。スピード感をもってカスハラを禁止するなら、罰則はないほうがよい。
  • 条例でおおもとの禁止を行った上で、ガイドラインを使いながら、カスハラをやってはいけないのだということをよりわかりやすく発信する、伝えていくようにするのがよい。
  • 企業への義務からスタートし、都が先取りする形がよい。

以上の内容について、ガイドラインを利用するという意見は各立場で概ね一致しています。罰則を設けないという意見は経済団体・学識経験者から出されており、労働団体も優先事項ではない旨意見しています。第4回の検討部会(※4)ではこれらを前提にした議論がなされており、条例の内容に反映される可能性が高いものと思われます。企業への義務を課すという意見から、企業の責務規定を設けることを前提にした議論もなされています。また、カスハラの発生は消費者・民間企業間に限られないことから、「事業者」には国の機関や地方公共団体も含み、行為主体は「消費者」ではなく法人も含む「顧客等」とする等の議論がなされています。

※4 東京都「カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会(第4回)」:事務局長提出資料/議事概要

東京都以外にも、三重県や愛知県などが条例策定の意向を発表しています。愛知県知事は、罰則規定を盛り込むことを前向きに検討するとしており、今後の動きが注目されます。2024年5月31日には、UAゼンセンが群馬県知事に対して、罰則規定のある条例策定を要望しました。また、秋田県では、2022年4月1日に「秋田県多様性に満ちた社会づくり基本条例」が施行され、処分等の規定はないものの、優越的な関係を背景とした不当な要求等を禁止しており(3条2項)、具体的な禁止行為を定める指針の中で、カスタマーハラスメントが具体例とともに挙げられています(※5)。

※5 秋田県「多様性に満ちた社会づくりに関する指針」

(2) 法改正の動き

カスタマーハラスメントに対応しようとする動きは立法レベルでも行われています。

(a) 旅館業法

2023年の旅館業法改正により、ホテルや旅館の営業者がカスタマーハラスメントに当たる特定の要求行為を行った者の宿泊を拒むことができることが規定されました。旅館業法5条1項3号は、「宿泊しようとする者が、営業者に対し、その実施に伴う負担が過重であって他の宿泊者に対する宿泊に関するサービスの提供を著しく阻害するおそれのある要求として厚生労働省令で定めるものを繰り返したとき」に該当する場合は、その者の宿泊を拒むことができると規定しています。
厚生労働省令(同法施行規則5条の6)では、上記の「厚生労働省令で定めるもの」について、「宿泊料の減額その他のその内容の実現が容易でない事項の要求(括弧書省略)」(1号)又は「粗野又は乱暴な言動その他の従業者の心身に負担を与える言動(括弧書省略)を交えた要求であって、当該要求をした者の接遇に通常必要とされる以上の労力を要することとなるもの」(2号)と規定されています。

(b) 労働施策総合推進法

2024年5月13日には、カスハラの対策を強化するため、政府・与党が労働施策総合推進法の改正を検討していることが報道されています。自民党の提言案では、カスハラに該当する範囲や事例を明確化して定義づけすることや、企業への従業員保護対策の義務づけ等について言及されました。厚労省は、これらの提言を受け、同法にカスハラ対策を盛り込む場合の論点を詰め、2025年1月に改正案を提出する見通しとしています。

4. 企業による対応実例

(1) 民間企業・団体等の取組

カスタマーハラスメントの増加に対応して、カスタマーハラスメントに対する方針や対策を発表する企業も増えています。

例えば、東京地下鉄株式会社(東京メトロ)は、2024年3月21日、「東京メトログループカスタマーハラスメント対応ポリシー」(※6)の制定を発表しました。同ポリシーでは、カスタマーハラスメントについて、「お客様等の要求・言動のうち、要求内容の妥当性に照らして、要求を実現するための言動が社会通念上不相当なものであって、従業員の安全及び心身の健康を脅かすおそれのあるものまたは当社グループの業務を不当に妨げるもの」と定義され、「業務を不当に妨げるもの」が規定されているという点で、前記カスタマーハラスメント対策企業マニュアルよりもカスハラの定義を広げていることが特徴的です。
2024年4月26日には、JR東日本グループもカスハラ方針(※7)を策定し、カスタマーハラスメントが行われた場合には、乗客対応をしないことを明らかにしました。
これに続いて、JR西日本も同年5月24日にカスハラに対する基本方針(※8)を発表しました。労働組合から加害者への訴訟支援を求める要望があったことを踏まえ、必要に応じて弁護士を紹介し、加害者への損害賠償請求を支援することとしています。
また、京王電鉄バス株式会社・京王バス株式会社は、2024年3月28日、プライバシー保護の観点から、バス車内の乗務員氏名表示に、本名と異なる「ビジネスネーム」を導入することを発表し、SNSを利用したカスハラの防止策を打ち出しました(※9)。

旅客運送業界に限らず、様々な業界でカスハラ対策が進んでいます。
例えば、社会福祉法人の和光福祉会は、2022年10月にカスハラ指針(※10)を発表しました。同会は、電話や会話の内容を録音し、生じたカスハラ問題の解決に利用することを掲げています。
また、ソフトバンク株式会社は2024年5月15日、「カスタマーハラスメントに関する当社の考え方」(※11)の策定を発表しました。同社は、社員のメンタルケア体制整備の一環として、AIを活用して、顧客の怒っている音声を抑制してやわらかい声に変換する技術を東京大学と共同研究する等、従業員の心理的負担の軽減も目指しています。
その他にも、ゲーム関連コンテンツの販売・開発をしている株式会社セガは、2024年1月31日にカスタマーハラスメントポリシー(※12)を策定しました。同社は、従業員に対して、社会通念上相当な範囲を超える行為があったと判断した場合、サービスの提供を停止することを掲げています。
その他にも、ソフトウェア提供会社のSmartHRやスポーツ用品メーカーのアシックス等がカスタマーハラスメントに関する指針(※13)を策定し、悪質なカスハラが行われる場合には、取引の拒否や中止の措置を採ることを掲げています。こうした取引対応の他、社内研修の実施や相談窓口の設置、外部専門家との連携等は企業におけるカスハラ指針の基本事項となっているようです。

民間企業だけでなく、公的機関においても、カスタマーハラスメントに対応しようという動きが出ています。福岡県警は、2023年5月、警察組織として全国初のカスタマ-ハラスメント運用指針を定め、運用を開始しました。カスハラが確認された場合には、対応の打ち切りや退去を求めるといった積極的な対応を掲げています(※14)。

※6 東京メトログループ「東京メトログループカスタマーハラスメント対応ポリシー」
※7 JR東日本グループ「JR 東日本グループカスタマーハラスメントに対する方針の策定について」
※8 JR西日本グループ「JR西日本グループカスタマーハラスメントに対する基本方針」
※9 京王電鉄バス株式会社・京王バス株式会社「バス車内の乗務員氏名表示に「ビジネスネーム」を導入します。」
※10 社会福祉法人和光福祉会「カスタマーハラスメントに対する行動指針」
※11 ソフトバンク株式会社「カスタマーハラスメントに関する当社の考え方」
※12 株式会社セガ「カスタマーハラスメントポリシー
※13 株式会社SmartHR「カスタマーハラスメントに対する行動指針」/株式会社アシックス「カスタマーハラスメントに対する基本方針」
※14 福岡県警「カスタマーハラスメントへの対応について」

(2) カスハラによる企業の不利益

悪質なカスタマーハラスメントが増加することにより、企業が深刻なトラブルに巻き込まれる例も見られます。
カスハラを理由に飲食店が閉店に追い込まれたケースやカスハラによって自社従業員が抑うつ状態になったことを理由に取引先企業に対して1100万円の損害賠償請求訴訟を提起したケースが報道されているほか、以下のような裁判例も見られます。

  • カスハラに対する店員の対応がフランチャイズ契約上の解除事由(ブランドイメージの低下)に該当すると判断されたケース(大阪高裁令和5年4月27日裁判所ウェブサイト)
  • カスハラに対する学校の対応(カスハラを受けた職員への対応)が、不法行為にあたり損害賠償責任が認められたケース(甲府地判平成30年11月13日労働判例1202号95頁)

トラブルを最小限に抑え、発生した問題に適切に対応するためには、業種・業態の違いや現場の声等を踏まえた実効的なマニュアルづくりが必要になります。
この点については、猿倉健司「クレームへの現場対応・広報対応マニュアルの弊害と現実的対応」(経営法友会リポートNo.590)も参照してください。

1 はじめに(対応マニュアルの盲点と弊害)
2 詳細すぎる現場対応マニュアルの弊害
3 謝罪を認めない現場対応マニュアルの弊害
4 弁明を強調しすぎる広報対応マニュアルの弊害
5 早期公表のみを求める広報対応マニュアルの弊害

以 上

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