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<目次>
1. はじめに
2. 報告書で示された論点のうち実務上重要と考えられるもの
(1) 専属義務の期間(本報告書27頁、本報告書概要9頁)
(2) 期間延長請求権(本報告書31頁、本報告書概要10頁)
(3) 競業避止義務(本報告書36頁、本報告書概要12頁)
(4) 移籍・独立制限等(本報告書40頁、本報告書概要13頁)
(5) 権利等の利用許諾(本報告書61頁、本報告書概要16頁)
(6) 書面によらない契約、不十分な契約内容の説明(本報告書75頁、本報告書概要20頁)
(7) その他
3. おわりに

1. はじめに


 公正取引委員会は、令和6(2024)年12月26日、「音楽・放送番組等の分野の実演家と芸能事務所との取引等に関する実態調査報告書」(以下「本報告書」といいます。)を公表しました。本報告書は、優越的地位の濫用等を防止し、クリエイター個人の創造性が最大限発揮される取引環境を整備するため、音楽・放送番組等の実演家(アーティスト、俳優、タレント等)とその所属する芸能事務所・プロダクション(以下「芸能事務所」といいます。)との契約状況やその内容について実態を調査したものです。
 以下では、本報告書のうち、特に実務上問題となることが多いと考えられるいくつかの点について、説明いたします。

2. 報告書で示された論点のうち実務上重要と考えられるもの

(1) 専属義務の期間(本報告書27頁、本報告書概要9頁)

 専属義務とは、実演家が契約している芸能事務所のみと取引をしなければならないという義務をいいます。芸能事務所と実演家の間で締結される一般的な専属マネジメント契約においては、実演家は専属義務を負います。実務上、3年間の自動更新条項付き契約としたうえで、退所の意向がある実演家に対して、契約更新時のみ仕事を与えてその後は仕事を与えないことを繰り返す例などが見られることが問題となっています。
 公正取引委員会は、芸能事務所が、実演家に投じた育成費用を回収するという目的の達成のために合理的かつ手段の相当性が認められる範囲で専属義務を課すことは、直ちに私的独占の禁止及び公正取引の確保に関する法律(以下「独占禁止法」といいます。)上問題となるものではないとしています。しかしながら、例えば、以下のような場合には、独占禁止法上問題となります。

①実演家に対して取引上の地位が優越していると認められる芸能事務所が、その地位を利用して、育成費用の未回収分の回収という目的に照らして過度な期間にわたり専属義務を課すことにより実演家を拘束し、実演家に正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える場合
このような場合は、優越的地位の濫用(※1)として、独占禁止法上問題となります。

②育成費用の未回収分の回収という目的に照らして過度な期間にわたり専属義務を課すことで、他の芸能事務所が実演家を確保できなくなることなどにより、他の芸能事務所が排除される又はこれらの取引機会が減少するような状態をもたらすおそれが生じる場合
このような場合は、排他的条件付取引(※2)又は拘束条件付取引(※3)として、独占禁止法上問題となります。

③ 芸能事務所が、実演家と契約するに当たり、専属義務の期間について十分な説明を行わず又は虚偽若しくは誇大な説明をし、これにより実際の契約内容よりも著しく優良又は有利であると誤認させ、他の芸能事務所と取引し得る実演家を自己と契約するように不当に誘引する場合
このような場合は、欺瞞的顧客誘引(※4)として、独占禁止法上問題となります。

(※1)「優越的地位の濫用」とは、自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に、継続して取引する相手方(新たに継続して取引しようとする相手方を含む)に対して、商品・役務を購入させたり、自己のために金銭・役務その他の経済上の利益を提供させるなどすることをいう(独占禁止法2条9項5号)。
(※2)「排他的条件付取引」とは、不当に、相手方が競争者と取引しないことを条件として当該相手方と取引し、競争者の取引の機会を減少させるおそれがあることをいう(昭和57年6月18日公正取引員会告示(以下「一般指定」といいます。)11項)。
(※3)「拘束条件付取引」とは、再販売価格拘束又は排他的条件付取引のほか、相手方とその取引の相手方との取引その他相手方の事業活動を不当に拘束する条件をつけて、当該相手方と取引することをいう(一般指定12項)。
(※4)「欺瞞的顧客誘引」とは、自己の供給する商品・役務の内容・取引条件その他これらの取引に関する事項について、実際のもの又は競争者に係るものよりも著しく優良又は有利であると顧客に誤認させることにより、競争者の顧客を自己と取引するように不当に誘引することをいう(一般指定8項)。

(2) 契約期間延長請求権(本報告書31頁、本報告書概要10頁)

 期間延長請求権とは、契約満了時に実演家が退所を申し出た場合でも、芸能事務所のみの判断で契約を一方的に更新・延長できる権利をいいます。本報告書によると、芸能事務所と実演家との契約においては期間延長請求権が規定されている場合があり、アンケート調査では、約4分の1の芸能事務所が期間延長請求権を有していると認識しており、そのうち約1割(有効回答数全体の約2%)の芸能事務所が期間延長請求権を行使したことがあるとのことでした。実務上も、突然売れ始めた実演家が急に退所を求めてくるような場合に備え、芸能事務所が期間延長請求権を規定している例が見られ、その内容によっては問題となります。公正取引委員会は、期間延長請求権についても専属義務と同様に、一般的には、育成費用の未回収分を回収するという目的の達成のために合理的な必要性かつ手段の相当性が認められる範囲であれば、競争促進効果を有し得るとしていますが、以下のような場合には独禁法上問題となるとしています。

① 実演家に対して取引上の地位が優越していると認められる芸能事務所が、その地位を利用して、期間延長請求権を規定・行使することで実演家の移籍・独立を断念させることなどにより、実演家に正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える場合
このような場合には、優越的地位の濫用として独占禁止法上問題となります。

② 芸能事務所が、期間延長請求権を規定・行使することで、他の芸能事務所が実演家を確保できなくなることなどにより、他の芸能事務所が排除される又はこれらの取引機会が減少するような状態をもたらすおそれが生じる場合
このような場合は、排他条件付取引又は拘束条件付取引として独占禁止法上問題となります。

③ 芸能事務所が、実演家と契約するに当たり、期間延長請求権を規定することについて十分な説明を行わず又は虚偽若しくは誇大な説明をし、これにより実際の契約内容よりも著しく優良又は有利であると誤認させ、他の芸能事務所と取引し得る実演家を自己と契約するように不当に誘引する場合
このような場合は、欺瞞的顧客誘引として独占禁止法上問題となります。

(3) 競業避止義務(本報告書36頁、本報告書概要12頁)

 競業避止義務等とは、芸能事務所との契約終了後の一定期間又は無期限で、芸能事務所を退所した実演家が一切の芸能活動を行わない、他の芸能事務所に対して役務提供を行わない等、実演家の芸能活動を制限する義務をいいます。アンケート調査によると、競業避止義務等の契約終了後の活動制限をする芸能事務所は1割未満でしたが、実演家に対するヒアリング調査では、契約終了後、他の芸能事務所への移籍が一定期間禁止される、一定のフリー期間を経る必要があるなどの回答が見られました。その他にも、移籍先の芸能事務所が移籍元の芸能事務所から競業避止義務を理由に活動を制限するよう要請を受けトラブルに発展することもあるなど、実務上も大きな問題となっています。以下のような場合には、独占禁止法上問題となるものとされています。

① 実演家に対して取引上の地位が優越していると認められる芸能事務所が、その地位を利用して、実演家に対して競業避止義務等を課すことで実演家の移籍・独立を断念させることなどにより、実演家に正常な商慣習に照らして不当に不利益を与える場合
このような場合には優越的地位の濫用として独占禁止法上問題となります。

② 芸能事務所が、競業避止義務等を課すことで、他の芸能事務所が実演家を確保できなくなることなどにより、他の芸能事務所が排除される又はこれらの取引機会が減少するような状態をもたらすおそれが生じる場合
このような場合には、排他条件付取引又は拘束条件付取引として独占禁止法上問題となります。

③ 芸能事務所が、実演家と契約するに当たり、競業避止義務等を課すことについて十分な説明を行わない又は虚偽若しくは誇大な説明をし、これにより、実際の契約内容よりも著しく優良又は有利であると誤認させ、他の芸能事務所と取引し得る実演家を自己と契約するように不当に誘引する場合
このような場合には、欺瞞的顧客誘引として独占禁止法上問題となります。

 さらに、公正取引委員会は、実演家が所属芸能事務所の営業秘密を知ることは原則としてないと考えられること等を踏まえると、そもそも競業避止義務等を課すこと自体の必要性・相当性が認められない可能性が高く、原則として、競業避止義務等の活動制限を契約上規定すべきではないとの見解を示しており、
仮に、保護されるべき営業秘密を実演家が把握するような場合でも、より競争制限的でない他の手段として、まずは秘密保持契約を検討すべきであるとしているため、注意が必要です。

(4) 移籍・独立制限等(本報告書40頁、本報告書概要13頁)

 実務上、以下のような形で実演家の移籍、独立を制限する例が見られます。

  • 退所する実演家又は現在所属する実演家が移籍予定の芸能事務所に対して、芸能事務所が、金銭的給付(いわゆる移籍金)を要求する
  • 契約期間満了時に退所させない、移籍・独立するとその後の芸能活動を一切行えなくなる旨脅す、実演家の悪評を移籍予定先の事務所やマスコミ等に流布する等による妨害を行う
  • 放送事業者等に対して退所した実演家を出演させないよう働き掛ける、他の芸能事務所等に対して退所した実演家と共に業務を行わないよう働き掛ける

 本報告書では、①移籍・独立に係る金銭的給付、②移籍・独立を希望する実演家及び移籍・独立した実演家に対する妨害及び③共同又は事業者団体による移籍制限について、他の芸能事務所が排除される又はこれらの取引機会が減少するような状態をもたらすおそれが生じる場合には、取引妨害(※5)として独占禁止法上問題となるとしています。さらに、優越的地位の濫用、排他条件付取引、拘束条件付取引、欺瞞的顧客誘引なども問題となり得ます。

(※5)「取引妨害」とは、自己又は自己が株主若しくは役員である会社と国内において競争関係にある他の事業者とその取引の相手方との取引について、契約の成立の阻止、契約の不履行の誘引その他いかなる方法をもってするかを問わず、その取引を不当に妨害することをいう(一般指定14項)。

(5) 権利等の利用許諾(本報告書61頁、本報告書概要16頁)

 著作権法上、実演家には実演家人格権や著作隣接権等が認められており、また、裁判例においても氏名や肖像等の有する顧客誘引力を排他的に利用する権利(パブリシティ権)が認められる場合があります。一方、専属マネジメント契約に係る事業者団体の雛形等では、著作権や著作隣接権、パブリシティ権等について、実演家が芸能事務所に譲渡したり、芸能事務所に帰属したりする例もみられ、さらに、当該実演家の退所後も芸能事務所に帰属する例もあります。アンケート調査によりますと、退所した実演家の各種権利等について利用許諾を求められた場合の対応として、約3割の芸能事務所が「一切許諾しない」又は「許諾しないことがある」と回答しました。その他には、実務上、退所したらSNSのアカウントを買い取るよう要求されたといった例も見られ、問題となっています。
 実演家から権利等の利用許諾を求められたのに対して、芸能事務所が許諾しないことが直ちに独占禁止法上問題となるわけではありません。しかしながら、例えば、芸能事務所が、退所した実演家を市場から排除するために利用を許諾せず、これにより実演家の事業活動が困難となるおそれがあるような場合には、取引拒絶(※6)として独占禁止法上問題となるとされています。具体的には、以下のような場合には、独占禁止法上不当な目的のためであると判断され得ます。

  • 名誉棄損的に使用されるおそれがあるというような合理的な理由がない場合
  • 合理的な範囲で使用料等について実演家等と十分に協議することなしに使用を一切認めないというような場合

 芸能事務所は、各種権利の利用を許諾しない場合には、その理由について許諾を求めた者に十分に説明すべきであり、許諾しないことに特段の理由がなければ各種権利等の利用を許諾すべきであるとされています。


(※6)単独の「取引拒絶」とは、不当に、ある事業者に対し取引を拒絶し若しくは取引に係る商品若しくは役務の数量若しくは内容を制限し、又は他の事業者にこれらに該当する行為をさせることをいう(一般指定2項)。

(6) 書面によらない契約、不十分な契約内容の説明(本報告書75頁、本報告書概要20頁)

 アンケート調査によると、実演家との契約を「全て書面」により行っている芸能事務所は約6割、「全て口頭」により行っている芸能事務所は約3割とのことです。一方、実演家に対するヒアリング調査では、実演家が契約書の必要性を訴えたにもかかわらず長期間契約書が作成されなかった例もあるとされています。
 本報告書によると、芸能事務所が所属を希望する実演家と契約を行う際に、書面を取り交わさず口頭で契約を行う、又は契約内容を十分に説明しないこと等自体が、直ちに独占禁止法上問題となるものではないとされています。しかしながら、契約書を取り交わさないこと又は実演家に契約内容を十分に説明しないことは、契約内容が明確でない状態で実演家が役務を提供することとなり、実演家にあらかじめ計算できない不利益を与えるなどの優越的地位の濫用となる行為を誘発する原因となり得るとされています。また、芸能事務所が実演家と契約するに当たり、金銭の支払・請求に関する事項、実演家の活動(退所後を含む)を阻害し得る事項、各種権利の帰属に関する事項などの重要な事項について、十分な説明を行わず又は虚偽若しくは誇大な説明をし、これにより実際の契約内容よりも著しく優良又は有利であると誤認させ、他の芸能事務所と取引し得る実演家を自己と契約するように不当に誘引する場合には、欺瞞的顧客誘引として独占禁止法上問題となり得ます。
 そのため、芸能事務所は、実演家(特に若年の実演家)との契約締結時及び契約更新時において、契約内容を明確化した上で契約を書面で行い、重要な事項についてはその目的を含め十分に説明するべきであるとされています。
 なお、特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(以下「フリーランス保護法」といいます。)や下請代金支払遅延等防止法(以下「下請法」といいます。)の適用がある場合、フリーランス保護法3条の取引条件の明示義務や下請法3条の書面の交付義務が課されるため注意が必要です。

(7) その他

 上記のほか、本報告書においては、以下の項目について調査結果及び独占禁止法上の考え方が示されています。

ア 実演家と芸能事務所の取引について

  • 芸名・グループ名の使用制限
  • 報酬に関する一方的決定
  • 業務等の強制(望んでいないにもかかわらず、身体の露出が高い仕事を強要するなど)
  • 実演家に対する実演等に係る取引内容の明示(実演等に係る取引内容(業務の内容や報酬等の条件等)を事前に知らせること
  • 実演家報酬に係る明細等の明示(芸能事務所と放送事業者等との契約額や実演家に請求される費用の内訳を示すこと)

イ 放送事業者と芸能事務所、実演家の取引について

  • 契約を書面により行わないこと・契約内容を十分に説明しないこと
  • 交渉に応じないこと

ウ レコード会社と芸能事務所・実演家の取引について

  • 実演禁止条項(レコード会社と芸能事務所・実演家との契約終了後の一定期間、実演家による当該レコード会社以外における収録のための実演(原盤制作、配信等)を行うことを禁止する条項)
  • 再録禁止条項(レコード会社と芸能事務所・実演家との契約終了後の一定期間、実演家が当該レコード会社において既にリリースした楽曲等に係る収録のための実演(原盤制作、配信等)を行うことを禁止する条項)

3. おわりに

 公正取引委員会は、今後、独占禁止法に違反する行為がある場合には厳正・的確に対処するとしています。さらに、本報告書の内容を基に、独占禁止法及び競争政策上の具体的な考え方を示す指針を策定、公表する予定とのことですので、引き続き、公正取引委員会の動向を注視する必要があると考えられます。

以 上

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