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<目次>
1. はじめに
2. 反外国制裁法の概要
(1) 対抗措置の対象(反外国制裁法第3条ないし第5条)
(2) 講じることができる対抗措置(同第6条)
(3) 中国国内の組織・個人による報復措置の実行(同第11条)
(4) 差別的措置の実行あるいは実行への協力の禁止(同第12条)
3. 対抗措置の具体例
4. 日本企業が留意すべき事項
(1) 米国輸出管理規制をはじめとする外国法令と反外国制裁法との抵触関係の把握
(2) コンプライアンス規程等の見直し
(3) 契約条項や取引関係の見直し
5. おわりに

1. はじめに

2021年6月に中華人民共和国反外国制裁法(以下「反外国制裁法」という。)が制定されてから約2年が経過した。反外国制裁法は、中国政府幹部や中国企業に対する米国等による制裁措置を受けて、中国政府が対抗措置の根拠法として制定したものであるが、その制定当初から、適用要件や効果等が明確でないことや、中国企業と取引を行う日本企業や中国所在の日系企業等が、米国その他の国の輸出管理規制や経済制裁等と同法との間で板挟みとなり得ることなどが指摘されていた。
近時の中国をめぐる通商関係は引き続き緊張関係が高まっている状況にある。2022年10月に米国商務省が公表した輸出管理規則(Export Administration Regulations)による半導体関連の輸出管理の強化は中国を念頭においたものとされている。日本においては、2023年7月23日に半導体製造装置等の23品目について輸出管理を厳格化する外為法の関連政省令等の改正が施行されるところ、政府は当該改正について中国など特定の国を念頭に置いた措置ではないと説明しているが、中国政府は、当該改正が輸出管理措置の乱用であり国益を守るための行動を起こすと表明している。
上記のような情勢からすれば、中国政府が、反外国制裁法に基づく対抗措置等をこれまで以上に積極的に講じていく可能性も否定できないのではないかと考えられる。本稿では反外国制裁法の概要を改めて確認するとともに、同法制定後の適用事例を踏まえて、日本企業等が留意すべきポイントについて概説する。

2. 反外国制裁法の概要

(1) 対抗措置の対象(反外国制裁法第3条ないし第5条)

対抗措置の対象は、外国国家による「差別的規制措置」の制定、決定、実施に直接、あるいは間接的に関与した個人・組織(その配偶者や実質支配者等も対象となり得る)である。国務院の関係部門はこれらの個人・組織を報復リストに掲載し、対抗措置を講ずることができる。「差別的規制措置」については「外国国家が国際法と国際関係の基本準則に違反し、各種口実やその本国の法律に依拠して我が国に対して抑制、抑圧を行い、我が国の公民、組織に対して差別的規制措置を講じ、我が国の内政に干渉した」ことと規定している。

(2) 講じることができる対抗措置(同第6条)

国務院の関係部門は、対抗措置の対象となった主体に対して、実際の状況に基づいて、以下の一つあるいは複数の措置を講じることができる。

  1. 査証の発給拒否・入国拒否・査証の取消あるいは国外追放
  2. 中国国内における動産・不動産やその他の各種財産の差押え・押収・凍結
  3. 中国国内の組織・個人との関連取引、協力等の活動の禁止あるいは制限
  4. その他の必要な措置

(3) 中国国内の組織・個人による報復措置の実行(同第11条)

中国国内の組織と個人は国務院の関係部門が講じる報復措置を実行しなければならない。上記に違反した組織・個人に対して、国務院の関係部門は「法に基づいて処理し、これら組織・個人が関連活動に従事することを規制あるいは禁止する」とされている。

(4) 差別的措置の実行あるいは実行への協力の禁止(同第12条)

「いかなる組織・個人もすべて、外国国家が我が国の公民、組織に対して講じた差別的規制措置を実行、あるいは実行に協力してはならない」と規定されており、条文上は、日本を含む外国所在の企業・個人への適用もあり得る規定となっている。上記に違反して中国の公民、組織の合法権益が侵害された場合、中国の公民、組織は人民法院に侵害の停止や損害賠償を求める訴訟を提起することができる。

※ 反外国制裁法については、CISTEC事務局「中国の「反外国制裁法」の施行について(仮訳添付)」添付の仮訳を参照した。

3. 対抗措置の具体例

公表されている対抗措置の具体例は以下のとおりであり、中国企業と取引を行う日本企業や中国所在の日系企業等について反外国制裁法に基づく対抗措置がなされた事例は公表されていないものと考えられる。

米国の前商務長官ら7個人・組織への対抗措置(2021年7月23日公表)

米国が2021年7月16日に中国政府の香港出先機関である中央駐香港連絡弁公室の幹部7名を制裁対象に指定したことへの対抗措置とされており、具体的な内容としては、米国の前商務長官や米国議会の米中経済・安全保障調査委員会の委員長らに対して、中国(香港、マカオを含む)への入国禁止や在中資産の凍結、中国の公民および機関との取引の禁止などの措置を行ったとされている。
また、反外国制裁法に基づく対抗措置を公表する初めてのケースと言われている。

米国の国際宗教自由委員会(USCIRF)の委員長ら4名への対抗措置(2021年12月21日公表)

米国財務省が2021年12月10日に新疆ウイグル自治区政府の幹部らについて米国への入国禁止などの措置を発表したことへの対抗措置とされ、上記4名について、2021年7月の対抗措置と同様の措置を行ったとされている。

米国のロッキード・マーチンとレイセオン・テクノロジーズへの対抗措置(2022年2月21日公表)

米国が2022年2月7日に台湾に対して総額約1億ドルの武器売却を行う計画を公表したことを受けた措置であり、民間企業に対して反外国制裁法に基づく対抗措置を公表する初めてのケースとされている。

米国下院議長への対抗措置(2022年8月5日公表)

米国下院議長の台湾訪問に対し、米中間の協力を中止・停止する内容の対抗措置(両軍の管区幹部間対話の中止、国防部(国防総省)間の事務レベル会談の中止、不法移民送還に関する協力の停止等)を公表していたところ、同議長とその直系親族に対しても制裁を行う旨を公表した(中国外交部の声明において当該制裁が反外国制裁法に基づくものかは明らかとされていない)。

米国のレイセオン・テクノロジーズのCEO及びボーイングの防衛・宇宙・セキュリティー部門CEO(取締役副社長を兼務)への対抗措置(2022年9月16日公表)

米国が2022年9月2日に台湾に対して約11億ドルの武器売却計画を公表したことを受けた措置とされる。

米国の前国務長官の中国問題顧問及び米国議会中国委員会事務局副主任への対抗措置(2022年12月28日公表)

米国が2022年12月9日にいわゆる「チベットの人権」問題を理由として2名の中国当局者に制裁措置をとったことを受けた措置とされる。上記の2名はリストに掲載され、以下の対抗措置が取られるとされている。

  • 中国境内の動産、不動産及びその他の各種財産の凍結。
  • 中国境内の組織・個人と関連取引活動を行うことの禁止。
  • 当該対象者及びその直系親族に対して査証を発給せず、入境を許可しない。

米国のハドソン研究所、ロナルド・レーガン大統領図書館及び両組織の責任者らへの対抗措置(2023年4月7日公表)

ハドソン研究所とロナルド・レーガン大統領図書館が、台湾指導者が米国で行った政治活動のために舞台を提供し、便宜を図ったことなどを受けた対抗措置とされる。
両組織とその責任者らはリストに掲載され、それぞれ以下の対抗措置が取られるとされた。

ハドソン研究所、ロナルド・レーガン大統領図書館に対する措置:

  • 中国境内の大学、機関などの組織および個人との関連する取引、交流、協力などの活動を厳格に制限。

ハドソン研究所評議員会議長、同研究所所長、ロナルド・レーガン大統領財団・研究所の元専務理事、同財団・研究所最高管理責任者に対する措置:

  • 中国境内の動産、不動産及びその他の各種財産の凍結。
  • 中国境内の組織、個人が当該個人と関連する取引、協力などを行うことを禁止。
  • 当該個人に対して査証を発給せず、入境を許可しない。

※ 上記の対抗措置の例については独立行政法人日本貿易振興機構(ジェトロ)のウェブサイトや報道資料等を参照した。また、肩書はいずれも対抗措置公表当時のものである。

4. 日本企業が留意すべき事項

(1) 米国輸出管理規制をはじめとする外国法令と反外国制裁法との抵触関係の把握

例えば、米国の輸出管理規制は日本企業が規制対象物品・技術等を用いて製造した物品の中国への輸出に適用される場合があるとされている。また、中国企業等が外国の経済制裁措置の対象者として指定されたような場合に、これらの輸出管理規制による制限や経済制裁措置が反外国制裁法における「差別的制限措置」とされると、かかる措置を遵守することは「差別的制限措置」の実施への関与(4条)や「差別的制限措置」の実行あるいは実行への協力(12条)と評価される可能性がある。
米国その他の外国法令(日本の外為法を含む)の遵守が反外国制裁法違反と評価されることがあり得るが、まず重要なのは、専門家のアドバイス等を踏まえ、かかる関係性や問題となる法令の内容等を正確に理解することである。例えば、上記のような外国法令において要求されている範囲を超えた過剰な対応を、合理的理由なくとることは、反外国制裁法への抵触リスクが高くなり得ることを理解しておく必要がある。

(2) コンプライアンス規程等の見直し

中国企業と取引を行う日本企業や中国所在の日系企業等において、主として米国等の輸出管理規制や経済制裁の遵守を想定してコンプライアンス規程等を整備してきている場合には、反外国制裁法の規定も踏まえて社内のコンプライアンス規程等を改めて見直す必要がある。
なお、日本の会社法上、取締役には会社の業務執行が法令等に適合することを確保するための体制をはじめとした内部統制システムの構築が求められ、当該「法令」には外国法令も含まれ得ると考えられることから、かかる観点からも上記の社内規程等を見直すことが重要である。

(3) 契約条項や取引関係の見直し

取引先である中国企業との取引が米国等の輸出管理規制や経済制裁等による制限の対象となった場合を想定し、コンプライアンスの観点から契約の履行が困難な場合などを契約解除事由として規定することが考えられる。また、かかる規定が反外国制裁法等との関係で無効とされたり、かかる規定に基づく解除について反外国制裁法12条等に基づく損害賠償請求を受けたりすることもあり得ることから、損害賠償を請求できる金額を制限すること(例えば上限の設定や通常損害の範囲に限ること)なども考えられる。
また、中国企業と取引する際には、外国の輸出管理規制や経済制裁規制に加え、反外国制裁法の観点からも事前の検証を十分に行い、リスクの高い先とは取引関係に入らないことや、取引を開始するとしても取引先を分散して受発注金額を抑えることでリスクを分散することも考えられる。

5. おわりに

中国企業との取引等においては、本稿で解説した反外国制裁法だけでなく、いわゆる輸出管理法やブロッキング規則、信頼できないentity listなども問題となり得る。反外国制裁法が日本企業に適用された事例はこれまで公表されていないと考えられるが、冒頭で述べたとおり、近時の中国をめぐる通商関係は引き続き緊張関係が高まっており、米国等の外国の各種規制・制裁措置の動向や中国における動向(いわゆる反スパイ法改正を含む)について適切に把握しつつ、社内体制の整備や取引先との関係を継続的に見直していくことが重要である。


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