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<目次>
1. はじめに
2. 成立の経緯
3. 本条例の概要とポイント
(1)前文の概要とポイント
(2)各条項の概要とポイント
4. 今後の動向

1. はじめに

2024年10月4日に、「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(東京都条例第百四十号)」(※1)(以下、「本条例」といいます。)が成立しました(2025年4月1日施行予定(附則1項))。本条例は、カスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」といいます。)を防止するための全国初の条例であるとされています。近時は、本条例制定の議論を皮切りに、東京都以外の都道府県、市区町村でもカスハラ対策や条例制定の議論が活発になっています。条例の策定やその運用に当たっては、先例である本条例が参考になされる可能性が高く、都内で事業を行う企業に限らず、各事業者においてその内容を参考に今後の対応を検討している状況です。
本稿では、本条例の概要とポイントを紹介いたします。
なお、後述するガイドラインに基づき企業に求められる取組の具体的な内容や他の自治体の動向等については、別稿にて解説いたします。

 ※1 「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」(2024年10月11日公布)

2. 成立の経緯

近年はカスハラ問題が深刻化しており、特に、第三次産業の従事者や顧客、公務従事者や住民等の利用者が最も多い東京では、その対策・対応が求められる状況にあります。このような背景を受け、東京都では、2023年10月から、カスハラへの対応の在り方についての議論が開始されました。検討過程の大まかな流れは以下のとおりです。

日付内容
2023年10月20日東京都にて(以下同じ。)、カスタマーハラスメントへの対応の在り方を議事として、「公労使による『新しい東京』実現会議」実施
2023年10月31日カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会(第1回)開催
2023年12月22日カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会(第2回)開催
2024年2月6日カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会(第3回)開催
2024年4月22日カスタマーハラスメント防止対策に関する検討部会(第4回)開催
2024年5月22日カスタマーハラスメントへの対応の在り方に関する検討状況を議事として、「公労使による『新しい東京』実現会議」実施
2024年7月19日~8月19日「東京都カスタマーハラスメント防止条例(仮称)の基本的な考え方」をまとめ、パブリックコメントを募集
2024年7月26日カスタマーハラスメント防止ガイドライン等検討会議(第1回)開催
2024年9月18日前記意見を踏まえて、都議定例会において、条例案提出
2024年10月4日「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」が可決・成立
2024年10月28日カスタマーハラスメント防止ガイドライン等検討会議(第2回)開催
2024年12月25日条例の考え方や運用の在り方を示すガイドラインとして、「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」を公表
2025年4月1日まで団体共通マニュアルを公表予定
2025年4月1日東京都カスタマー・ハラスメント防止条例施行予定

3. 本条例の概要とポイント

本条例は、前文と全14条の条文、附則から成っており、規定されている用語の詳細や具体例等については、「東京都カスタマーハラスメント防止条例(仮称)の基本的な考え方」(※2)及び「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」(11条)(※3)で示されています。
ガイドラインのポイントについては別稿にて解説いたします。
以下では、前文と各条文についての概要とポイントを説明いたします。

 ※2 東京都産業労働局「東京都カスタマーハラスメント防止条例(仮称)の基本的な考え方」(2024年7月)
 ※3 6産労雇労第1524号「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」(2024年12月19日)

(1)前文の概要とポイント

前文では、本条例の理念や目的、考え方が掲げられています。企業が特に注目すべきは、「働く人は、商品又はサービスを提供する就業者であると同時にそれらの提供を受ける顧客等でもあり、誰もがカスタマー・ハラスメントを受ける側にも行う側にもなり得る」と指摘されている点(第3段落の第2文)です。
カスハラは、典型的には消費者から従業員に対してなされることが一般的ですが、近年は、取引先からなされるB to Bのカスハラも問題視されています。前記ガイドライン1~2頁においても、取引先からのハラスメントもカスハラに含まれるということが説明されています。カスハラが企業間でも問題となることについては、日本経済新聞「春原、企業間でも問題に「暴言浴びる」営業担当」(※4)の当職のコメントもご確認下さい。
本条例は、従業員も時としてカスハラ行為の加害者になり得ることを意識したものとなっています。

 ※4 日本経済新聞「カスハラ、企業間でも問題に「暴言」浴びる営業担当」(2024年6月28日)

(2) 各条項の概要とポイント

(a)第2条(定義)

ⅰ 規制対象となる「事業者」・「就業者」・「顧客等」

本条例の規制対象となる「事業者」は、官民や規模を問うことなく、「都内で事業を行う法人、その他の団体、国の機関、個人事業主」を指すことが前記ガイドラインで示されています。都内に本社がある企業、都外に本社があるが都内に支店等の事務所・事業所がある企業、都内の官公署なども含まれます。
本条例で規定される「就業者」は、都内で仕事をする全ての個人であり、都民か否か、従事する期間、就業の形態を問わず、ボランティアやフリーランスの形態、インターンシップ生、芸能・芸術分野、地域の委員・議員などもこれに該当します。「事業者の事業に関連し、都の区域外でその業務に従事する者」として、都内企業で勤務する会社員が都外でテレワークを行う場合なども含まれるとされています。
本条例の規制対象となる「顧客等」は、「都民」に限られません。
また、取引先もカスハラの加害者として規制対象となることは前記のとおりです。

ⅱ 「カスタマー・ハラスメント」の定義

本条例では、カスハラの定義を「顧客等から就業者に対し、その業務に関して行われる著しい迷惑行為であって、就業環境を害するもの」とし、「著しい迷惑行為」を「違法な行為」又は「不当な行為」と定義しています。「違法な行為」には、暴行、傷害、脅迫、強要、名誉毀損、侮辱、業務妨害、不退去といった刑事罰に当たる行為が想定されており、「不当な行為」とは、「申出の内容又は行為の手段・態様が社会通念上相当であると認められないもの」をいうとされています。
「違法な行為」については、申出内容及び手段・態様の相当性を検討するまでもなく「著しい迷惑行為」に該当するとしている点で、厚生労働省が2022年2月に発表した「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(※5)よりも厳格な内容となっていますが、「違法な行為」は類型的に手段・態様の相当性を肯定することは難しいため、結論として、両者の定義のいずれに従うのかでカスハラ行為の該当範囲に違いはないように思われます。

 ※5 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(2022年2月)

(b)第4条(カスタマー・ハラスメントの禁止)

第4条で、何人もカスハラを行ってはならないことが明示されています。条例制定の過程では、条例の実行性担保の観点から、罰則等の制裁規定を設けることが議論されておりましたが、罰則の対象にならない類似行為が許されるといった誤ったメッセージになり得るといった懸念等から、罰則は設けられないことになりました。カスハラ行為に対する制裁措置はカスハラ規制の一大論点であり、他の自治体でも導入の是非について議論が行われています。
もっとも、罰則がないからといって、従来と実質的な変化がないわけではありません。禁止規定が設けられているにもかかわらずこれに違反した場合、これまでよりも不法行為責任(違法性)が肯定されやすくなる可能性があるため、より一層注意を払う必要があるといえます。

(c)第5条(適用上の注意)

一方で、正当なクレームは企業の業務改善やサービス向上につながるものであり、不当に制限されるべきではないことはもちろんのこと、顧客等の中には合理的配慮が必要な方も存在するなど顧客等の権利について十分に配慮する必要があることから、「顧客等の権利を不当に侵害しないように留意しなければならない」ことが第5条で明記されました。
ここにいう「顧客等の権利」について、具体的には、消費者基本法、消費者教育推進法、障害者差別解消法上の権利や、表現の自由などが想定されています。

(d)第7条(顧客等の責務)

顧客には「就業者に対する言動に必要な注意を払う」ことが第7条で求められています。たとえば、「就 業者に対する意見や要望の伝え方等を工夫するなど、自らの言動に注意を払うことが求められ、…特に、就業者が提供する商品やサービスに瑕疵・過失があった場合であっても、怒りの感情を抑え、落ち着いてその内容を伝えるなど、冷静な姿勢でその改善を要求することが重要である」と説明されています(前記ガイドライン15頁参照)。

(e)第8条(就業者の責務)

就業者に対してもその果たすべき責務が第8条で規定されており、カスハラ問題の関心と理解を深め、カスハラの防止に資する行動をとるように努めなければならないとされています。そのためには、企業による研修・教育が必要不可欠であり、このことは、後記事業者に求められる取組みとして前記ガイドラインでも示されています。

(f)第9条(事業者の責務)

事業者には、カスタマー・ハラスメントの防止に主体的かつ積極的に取り組むことが第9条で求められています。
その事業に関して就業者がカスタマー・ハラスメントを受けた場合には、速やかに就業者の安全を確保するとともに、当該行為を行った顧客等に対してその中止の申入れその他の必要かつ適切な措置を講ずるよう努めなければならないとされています。
就業者の安全を確保するための措置また顧客に対する措置については、あらかじめ対応方針を定めておくことが前提となっていますので、その場しのぎの対応ではかかる措置を十分に講じたことにはならないことに注意が必要です。たとえば、現場監督者等が対応を代わった上で顧客等から就業者を引き離す、あるいは、必要に応じて弁護士や管轄の警察と連携を取りながら対応することや、不当な退去要請や出入り禁止・商品やサービスの提供拒否とならないような対応方針・判断基準などについてもあらかじめ策定することが必要といえます。

また、就業者は被害者のみならず、他の企業(取引先等)の従業員に対するカスハラの加害者にもなりうるため、就業者がそのようなことを行うことのないように教育等をすることが事業者の責務として求められています。B to Bのカスハラが生じた場合、カスハラ被害を受けた就業者の所属する企業からカスハラ行為を行った企業に対して業務妨害等を理由とする不法行為に基づく損害賠償請求がなされる可能性もあります。また、B to Bのカスハラが企業間の力関係の差を背景としてなされた場合には、下請法や独占禁止法違反を理由に、罰金(刑事罰)や課徴金(行政罰)等の対象になり得ますので、自社の就業者に対してカスハラ加害者にならないように教育等を行うことが必要となります(前記ガイドライン2頁、「危機管理としてのカスハラ対策」(※6)参照)。

 ※6 日経リスクインサイト「危機管理としてのカスハラ対策」(2024年8月8日)

(g)第11条(カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針の作成)

第11条では、都は、カスハラ防止に関する指針において、カスタマー・ハラスメントの内容に関する事項、顧客等・就業者・事業者の責務に関する事項、事業者の取組に関する事項等を定めることとされており、前記ガイドラインは、本条に基づき作成されたものとなります。
前記ガイドラインのポイントについては別稿にて解説します。

(h)第14条(事業者による措置等)

本条例第14条でも、第9条と同様に、事業者に対して、カスハラ防止等のために必要な措置(必要な体制の整備、カスタマー・ハラスメントを受けた就業者への配慮、カスタマー・ハラスメント防止のための手引の作成その他の措置)を講ずることが求められています。
これら事業者の責務はいずれも努力義務にとどまり、何らの制裁規定も設けられておりません。もっとも、カスハラ防止や発生後の対策・対応が十分であったか否かは、カスハラ被害者から被害者の所属する企業に対してしばしば行われる安全配慮義務違反を理由とする損害賠償請求訴訟において、企業の義務違反(過失や違法性の有無等)を判断する上で重要な要素となります。そのため、企業においては、これらの責務を果たすことが必要不可欠といえます。
ガイドラインでは、具体的な取組の内容が示されていますが、そのポイントについては別稿にて解説します。

4. 今後の動向

東京都においては、本条例の施行日である2025年4月1日までに、各業界団体が定めるマニュアルの共通事項等を定める「各団体共通マニュアル」を公表する予定としています(※7)。これらも踏まえて、各業界が、当該業界におけるカスハラの特徴や当該業界において推奨される対応や取組を決定し、これらをもとに各事業者が具体的なカスハラ判断や従業員がとるべき対応、相談窓口、その他企業としてとるべき従業員の保護のための措置、体制整備等を定めたマニュアルを作成することが想定されています(それぞれのルールの位置関係は以下の図をご参照下さい。)。
企業は、ガイドラインやマニュアルの内容を適切に把握し、社内運用マニュアルの整備に取り込む必要があります。

(前記ガイドライン22頁より抜粋)

 ※7 東京都産業労働局「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例Q&A」(2025年1月17日閲覧)

具体的な社内マニュアルのポイント及び留意点については、猿倉健司「クレームへの現場対応・広報対応マニュアルの弊害と現実的対応」(経営法友会リポートNo.590)もご参照下さい。

また、本条例制定前の議論状況や各自治体の動向、企業における取組等につきましては、猿倉健司・福田竜之介「カスタマーハラスメント規制に関する近時の動向と各社の対応実例」(牛島総合法律事務所ニューズレター・2024年6月5日)もご参照下さい。

以上

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