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<目次>
1. 医療法人の支配権をめぐる紛争において留意すべきこと
2. 理事長を解職する際の手続上の留意事項
(1) 事前の検討事項-理事長候補者の要件及び管理医師の問題
(2) 実際の解職手続における留意事項
3. 社員総会における理事長の解任の手続上の留意事項
(1) 事前の検討事項-社員の地位の問題
(2) 実際の解任手続における留意事項
4. 小括

1. 医療法人の支配権をめぐる紛争において留意すべきこと

前回記事において、理事長の解職・解任について説明したが、手続を適法に実施して理事長を解職・解任することができたとしても、同理事長は、同時に社員としての地位も有していることも多く、社員としての地位に基づいて解職・解任等を法的手続で争い、その結果、医療法人の運営が極めて困難になるような事態に陥る可能性も想定されるところである。かかる事態になることを避けるため、理事長の解職・解任が法的に可能であったとしても、退職慰労金の支払い等を条件として任意の退任、あるいは、医療法人の事業譲渡や分割等のM&Aを活用した分院など、まずは医療法人の支配権を巡る紛争を生じさせない双方が納得する形での解決可能性を模索すべきである。しかしながら、実際には支配権を巡る紛争を未然に防ぐ合意などありえないほど関係が悪化していることも多く、そのような場合には理事長を解職・解任することでしか問題を解決することができない。そこで、以下においては、実際に法人の支配権・経験をめぐり争われた裁判例をもとに、具体的事例を想定した上で、医療法人の支配権・経営権をめぐる紛争の具体的な留意事項について説明することとしたい。

2.理事長を解職する際の手続上の留意事項

理事長の選任及び解職に関する紛争は、医療法人における経営方針の対立、同族で経営される医療法人における後継者争いなど様々な場面において生じ得るが、そもそも解職手続の適法性を確保しなければ、理事長から訴訟を提起され、一度解職手続を行ったはずの理事長の地位が取り戻されてしまうことになる。したがって、解職においては手続の適法性の確保が極めて重要である。
以下の事例は、理事長を解職する理事会決議の無効が確認された裁判例(※1)を参考にしたものである。以下の事例をもとに、理事長を理事長の職から解任する際の事前の準備から解職後の対応の留意点について説明することとしたい。

医療法人の理事は、理事長A(医師)、理事B(医師)、理事C(医師)、理事D、理事E及び理事Fである。理事長Aは外部から招聘された医師である。理事B及び理事Cは医師であり、理事Bは医療法人が成立する病院で勤務をしており、理事Cは別の医療法人の経営する病院で勤務している。なお、理事Cは過去に医療法人の経営危機を救済した経緯があり、事実上、医療法人において強い影響力を有している。
理事長Aと理事Cは経営方針の違いから対立し、以下のとおりの対立状況となっている(理事Eは中立である。)。

<理事の間での理事長Aと理事Cの賛否の状況>

※1 最判平成25年10月15日LLI/DB文献番号 L06810175及びその原審を参考とした架空の事例である。医療法人と同じく非営利法人である学校法人において理事長の解職決議が無効とされた事案である。

(1) 事前の検討事項-理事長候補者の要件及び管理医師の問題

理事長は、原則として医師又は歯科医師である必要がある(医療法(以下「法」という。)46条の6第1項)。したがって、理事長を解職した後の新しい理事長候補者は、医師又は歯科医師である必要がある(※2)。
また、病院には管理者を置く必要があるところ(法10条第1項)、理事長が当該管理者であることも少なくない。理事長を解職した場合には、当該理事長は理事としての資格はまだ有しており、管理者としての地位は残ったままである。そのため、理事長を解職された理事長としては、病院の管理に協力しなくなることも考えられ、解職した理事長を管理者にしたままにすると病院の運営に支障を来す可能性が高い。例えば、管理者は、医療従事者を監督し(法15条)、医療事故発生時に遺族及び医療事故調査・支援センターに報告するところ(法6条の10)、管理者がかかる報告に協力しないと報告ができず、また、カルテの管理権は管理者にあるため(医師法24条2項)、管理者が医療法人にとって不適切な方法等でカルテの開示等を行う可能がある(※3)。病院の管理者の変更は医療法人の重要な業務執行の決定に該当すると考えられるため(法46条の7第3項)、理事会決議が必要である。上記事例では、理事Bが医師であり、かつ病院で勤務しているため、理事長A解職後、理事Bを理事長兼管理者とすれば、理事長Aを解職することができる。

※2 法46条の6第1項但書には、都道府県知事の認可が得られれば医師又は歯科医師以外の者が理事長となることができる旨定められている。もっとも、厚生労働省医政局長の通知(昭和61年6月26日健政発第410号)においては、理事会における医師の割合が一定以上であるなどの要件を満たす必要があるため、経営方針の違い等から理事長を解職する場合に当該認可が得られることは期待できない。
※3 厚生労働省の通知(平成15年9月12日医政発第0912001号)別添「診療情報の提供等に関する指針」の7項(3)においても、医療機関の管理者がカルテの開示手続及び開示の決定を行うこととなっている。

(2) 実際の解職手続における留意事項

ア 理事会の招集における留意事項

理事長が自身の解職の計画を察知した場合には、対立している理事Cに賛同することのないよう他の理事、特に医療法人の従業員である理事に強い圧力をかける可能性がある。そこで、理事会が定期的に招集されている場合には、解職対象となる理事長が自身の解職を妨げようとすることが考えられるため、事前に理事長に知らせることなく、定時の理事会においていきなり理事長を解職する議案を提出することが考えられる。
他方、理事会が書面決議等で行われ、実際に開催されないことが常態となっているような場合には、理事会を開催するために、定款の定めに応じて理事長に対して招集請求を行う必要がある(法46条の7の2、一般社団法人及び一般財団法人に関する法律(以下「一般法人法」という。)93条)。この場合には、事前に理事長に解職を計画していることが明らかとなり、他の理事に対して不当な圧力をかけて解職を思いとどまるように説得されることなどが想定されるので注意が必要である。
なお、本項で参考にした最判平成25年10月15日LLI/DB文献番号 L06810175及びその原審の事例は、理事長Aに解職を計画していることを悟られることを警戒してか、理事長Aに無断で理事会を招集したため、理事会の招集手続に瑕疵があるとされ、理事会決議が無効と判示されている。

理事会の運営における留意事項

 理事長Aの解職について決議をする際、理事長Aは議決に加わることができないと解されているため、理事Bないし理事Fのみで決議を行うこととなる(法46条の7の2、一般法人法95条2項)ことに留意が必要である。本項で想定されている事例においては、理事長Aの解職に賛成する理事が過半数であるため、理事長Aは解任されることになる。
なお、多くの医療法人の定款(※4)では、理事長が理事会の議長と定められているが、理事長Aの解職議案との関係では、理事長Aは特別利害関係人に該当するところ(法46条の7の2、一般法人法95条2項)、医療法が準用する一般法人法において特別利害関係人は議長となれないと解されている。したがって、理事長A解職について審理を開始するにあたり、新しい議長(上記事例では、理事Bないし理事F)を選任する必要がある。

※4 厚生労働省が示している社団医療法人定款例(平成30年3月30日最終改正)(以下「モデル定款」という。)37条では、「理事会の議長は、理事長とする」と定められている。

ウ 新理事長の選任手続における留意事項

本項で想定されている事例においては、理事Bを理事長に選任する提案を行い、決議を行うことになる。理事長の解職の場合と異なり、理事長の選任の場合には、理事長の選任候補者は特別利害関係人とならないため、理事Bも議決に加わることができることになる。本項で想定されている事例においては、理事Bないし理事Dが賛成することになるため、理事Eが賛成又は欠席する限り、過半数の賛同を得て理事Bが理事長に選任されることになる。
上記特別利害関係人該当性と議決への参加は以下の表のとおりである。

<議案の対象である理事ないし社員による議決への参加の可否>

なお、理事会の 運営においては、理事長Aが不規則発言や議事妨害等を行うなど想定外の事態が生じる可能性もあるため、必要に応じて弁護士の同席を検討するなど、専門家と事前に十分に準備しておく必要がある。
理事長Aを解職し、理事Bを理事長の選任した後は、病院の管理者の交代、理事長交代の登記申請等を行うことになる。

3. 社員総会における理事長の解任の手続上の留意事項

理事長を理事から解任すれば、自動的に理事長の地位も失うこととなるため、社員総会において理事長を理事から解任することによって理事長を交代させることができる。以下は、社員総会における理事長の解任を想定した事例(※5)である。
創業者が医療法人を設立し、理事長として医療法人を運営していたが死亡した。創業者の長男である理事Aが理事長に就任し、創業者の次男である理事長Bは、医療法人が経営する専門学校の管理者兼理事として医療法人の経営にあたっていた。その後、理事Aと理事長Bの関係が悪化し、理事長Bは、理事Aを理事長から解職し、自らを理事長に選任した。これに対して、理事Aは社員総会において理事長Bを解任することを計画した。
医療法人の理事は、理事A、理事長B、理事C及び理事Dであり、理事C及び理事Dは、理事長Bを支持している。
医療法人の社員名簿上の社員は、以下のとおりである。理事A、理事長B及び社員Dは医療法人の設立時からの社員であり、社員AないしC及び理事Cは、設立後に入社したものである。

<社員名簿上の社員の間での理事長Bの賛否の状況>

上記事例の医療法人においては、理事長Bの支持派が理事会の多数を占めるため、理事長Bを理事長から解職することができない。もっとも、社員総会においては、理事長B解任派が多数を占めるため、理事長Bを社員総会において理事から解任することを検討することとなる。

※5 東京地判平成18年4月26日LLI/DB文献番号L06131750を参考とした架空の事例である。

(1) 事前の検討事項-社員の地位の問題

理事からの解任を行う際の事前準備としてもっとも重要なのは、解任に賛同する社員が真に社員としての地位を有するかどうかを確認することである。上記事例からすると、理事長B解任派の社員が多数を占めており、理事長Bの解任は容易であるように見えるが、実際に裁判になった際には異なった者が社員として認定される可能性もあることから、慎重に医療法人の社員を確認する注意が必要である。
すなわち、医療法人においては、社員名簿を備え置く必要があるとされているが(法46条の3の2第1項)、実際には作成していない医療法人も多く、社員が誰であるのか判然としないことが多い。さらに、社員の多くが親族である医療法人では、社員総会などの法律上必要な手続きが履行されていない場合が多く、この場合、社員として扱われている者がいたとしても、法律上社員として認められない場合があり得る。実際に社員として扱われていた者が社員であるか否かが争われた事例として、最判平成16年12月24日集民215号1081頁、上記東京地判平成18年4月26日LLI/DB文献番号 L06131750などがある。
そこで、以下、社員の地位の得喪に関わる入社手続及び退社手続とその留意点について説明することとする。

ア 社員の資格取得(入社)の方法

医療法及びモデル定款上、社員の資格取得(入社)の手続は、以下のとおりである。
医療法上、社員の資格の取得及び喪失の手続は、医療法人の定款によって定めることとされている(法44条2項8号)。多くの医療法人が参照している厚生労働省のモデル定款上、社員の資格の取得には、社員総会の承認が必要とされている(モデル定款14条1項)。
しかしながら、社員の多くが親族のみである医療法人等では、そもそも社員総会を実際に開催していない場合(理事長が議事録のみ作成している場合など)が少なくない。そのような場合に、理事長や理事が、自己の子や親族などを社員総会の承認なく、社員として扱っていることもしばしば見られる。社員総会の承認を得て入社をしていない者は、法的に必要な手続きを経ていない以上、社員として扱われていたとしても社員ではないため、そのような社員が出席して行われた社員総会決議は瑕疵があるものとして争われる可能性がある。そのため、誰が社員であるか、社員として扱われている者は入社手続が適法に行われているかを確認する必要がある。

イ 社員の資格喪失(退社)の方法

厚生労働省のモデル定款上、社員の資格喪失(退社)は、除名(社員総会の決議で強制的に社員の資格を剥奪すること)、死亡、退社があったときに効力を生じる(モデル定款15条)。このうち退社として、①やむを得ない理由、②理事長への退社及びやむを得ない理由の届出が行われたときに、社員は資格を喪失(退社)すると定めされている(モデル定款16条)。さらに、平成18年以前に設立された医療法人の多くでは、退社において理事長の同意が必要とされている。
実際の医療法人の中には、理事長への届出等の手続きを適切に行わないまま退社をしたと取り扱っているケースや、少なくとも退社の手続きがとられたことについて記録上明確でないケースが散見される。そのため、誰が社員であるか、過去に社員であった者の退社手続が適法に行われているかについても確認する必要がある。

ウ 上記事例における入社手続及び退社手続の確認

上記事例の参考となった東京地判平成18年4月26日LLI/DB文献番号L06131750の事例では、社員A及び社員Bにあたる社員を入社させる社員総会決議は不存在と認定され、社員Cにあたる社員を入社させる社員総会決議は無効と判断された。一方、理事Cにあたる理事を入社させる社員総会決議は有効と判断された。
これを上記事例に当てはめると、法的に社員と認められる社員は以下のとおりとなる。

<実際の社員の間での理事長Bの賛否の状況>

(2) 実際の解任手続における留意事項

ア 社員総会の招集における留意事項

社員総会についても理事会と同様に、理事長が自身の解任の計画を察知した場合には、理事長から対立している社員に強い圧力をかける可能性がある。そこで、理事長の任期が終了し、新しく理事を選任する定時社員総会において、理事長を理事に再任せず(この場合、解任ではなく退任となる。)、新しい理事候補者を社員総会の場で提案の上選任することが考えられる。
しかし、社員総会が書面決議等で行われ、実際に開催されないことが常態となっているような場合や早期に理事長を理事から解任する必要がある場合には、理事長に対して、理事長の解任を目的とする臨時社員総会の開催を請求することとなる。理事長は、総社員の5分の1以上の社員から、当該理事長を理事から解任すること目的とする臨時社員総会の招集を求められた場合には20日以内に同総会を招集する必要がある(法46条の3の2第4項)。しかしながら、事実上、理事長が社員総会の招集を拒む可能性がある。その場合、社員は、理事長を被告として、法46条の3の2第4項に基づき、社員総会の招集手続を行うよう求める訴訟又は民事保全手続を行う必要がある。

議長の選任における留意事項―議長は、原則議決権が認められない

医療法人の社員総会における議長は、株式会社等と異なる医療法特有の規制に留意する必要がある。
医療法人において議長は社員の過半数の賛成を得て選任され(法46条の3の5第1項)、厚生労働省のモデル定款上も議長を特に定めておらず、多くの医療法人では社員総会が開催されるたびに手続の冒頭で議長を選任することとなる。一方で、医療法人は個人が利益を追求することを目的としない非営利法人であるため、議長は、議事運営の公平性を確保するため、社員であったとしても議決に参加することができないという見解が有力であり(法46条の3の3第4項)、理事長を理事からの解任することに賛成している者(5人)と反対している者(4人)と拮抗している状況においては、賛成派の社員を議長として選任すると、議長以外では賛成派と反対派が4対4となってしまい、解任議案が承認されない事態となる。
上記事例において、理事長Bを社員総会の議長に選任した場合、理事長Bは議決権を行使することができなくなるため、採決をした際に、解任賛成2(理事兼社員A及び社員D)対解任反対1(理事兼社員C)で解任議案が可決されることになる。以下の表(再掲)のとおり、理事長Bは議長に就任しなければ議決権を行使でき、解任賛成2(理事兼社員A及び社員D)対解任反対2(理事長兼社員B及び理事兼社員C)で解任されない。つまり、議長を誰に選任するかで結論が変わってしまうことに注意が必要である。

<議案の対象である理事ないし社員による議決への参加の可否>

なお、議長は可否同数の場合に決議を成立させるかの決定権を有しているため(法46条の3の3第3項)、社員以外の者で、かつ、理事長Bの解任に賛同する者を議長とすることで、医療法の文言上、理事長Bを解任することができるという見解もあり得るが、医療法人の社員以外に者が医療法人の社員総会の決定権を認めてよいのかという問題や、会議の一般原則として議長にそのような権限を認めることができるのかという問題があるため、これに従ってよいか否かについては慎重な検討が必要である。

ウ 議案の審議及び採決における留意事項

社員総会における理事からの解任議案の審議においては、解任理由に関する質疑がなされることになる。上記のとおり、理事会においては、解職の対象である理事長は特別利害関係人とされ、議決に参加することができないが、社員総会においては、解任の対象である取締役は特別利害関係人(法46条の3の3第6項)に該当せず、議決に参加できると解されているため、解任の対象となっている理事長Bも議決に参加できることになる。
理事長Aを社員総会において理事から解任した後は、新しい理事長を選任し、病院の管理者の交代、理事長交代の登記申請等を行うことになる。

4. 小括

以上のとおり、医療法人の社員総会及び理事会は、医療法人特有の規制に留意する必要があり、これらに従わないと訴訟において社員総会決議及び理事会決議が無効と判断されることがある。

次回は、社員総会決議及び理事会決議を争わない場合において、理事長がどのような法的な権利を有しているか説明をする。

次回記事「医療法人の経営権・支配権等に関する内部紛争(3)
前回記事「医療法人の経営権・支配権等に関する内部紛争(1)