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事務所概要・アクセス
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<目次>
1. はじめに
2. 事業者の責務
3. ガイドラインで企業に求められる取組み
(1)カスハラ対策方針の策定
(2)相談窓口の設置
(3)社内対応マニュアルの作成
(4)内部手続の整理
(5)カスハラ被害者への配慮のための体制整備
(6)社内研修・教育の実施
4. 必要な取組みを怠った事業者の法的リスク
5.まとめ
2024年10月4日に、「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例(東京都条例第百四十号)」(※1)(以下、「本条例」といいます。)が成立しました(2025年4月1日施行予定(附則1項))。本条例は、カスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」といいます。)を防止するための全国初の条例であるとされています。近時は、本条例制定の議論を皮切りに、東京都以外の都道府県、市区町村でもカスハラ対策や条例制定の議論が活発になっています。条例の策定やその運用にあたっては、先例である本条例が参考になされる可能性が高く、都内で事業を行う企業に限らず、各事業者においてその内容を参考に今後の対応を検討している状況です。
本稿では、本条例及び、2024年12月25日に公表された同条例のガイドライン(※2)を踏まえて、企業に求められる取組みの具体的な内容について解説致します。本条例の概要については猿倉健司・福田竜之介「2025年東京都カスハラ防止条例の実務ポイント①(条例の概要とポイント)」(牛島総合法律事務所ニューズレター・2025年1月21日)、これまでの行政・企業の動向については猿倉健司・福田竜之介「カスタマーハラスメント規制に関する近時の動向と各社の対応実例」(牛島総合法律事務所ニューズレター・2024年6月5日)をご確認ください。
他の自治体の動向等については、別稿にて解説いたします。
※1 「東京都カスタマー・ハラスメント防止条例」(2024年10月11日公布)
※2 「カスタマー・ハラスメントの防止に関する指針(ガイドライン)」(2024年12月25日公表)
本条例第9条、第14条では事業者の責務を定めており、都の実施するカスハラ防止策へ協力するように努めること、その事業に関して就業者がカスハラを受けた場合に速やかに就業者の安全を確保するとともに、当該行為を行った顧客等に対しその中止の申入れその他の必要かつ適切な措置を講ずるよう努めること、自社の就業者がカスハラを行わないよう必要な措置を講じるように努めること、その他カスハラ防止策を講じることが責務として掲げられています。
これらはいずれも努力義務に留まり、これを遵守しなかったことに対する罰則等の制裁措置は現在設けられておりませんが、企業がこれらの責務を遵守しなかった場合の法的リスクについては、後述の4にて解説いたします。
本条例のガイドライン18頁以降では、事業者に求められる具体的な取組内容(方針、相談窓口の設置、社内対応マニュアルの作成、内部手続の整理、カスハラ被害者への配慮のための体制整備、社内研修・教育の実施等)とそのポイントが示されています。特に重要と思われるものを以下でご紹介いたします。
カスハラ対策方針は企業のカスハラに対する考え方や対応方針等を対外的に示すものであり、2024年頃から様々な業界の企業・団体により活発に公表されています。種々のカスハラ対策を実施するにあたり、カスハラに対して毅然とした対応をする方針をトップが示さなければ、現場で働く従業員がカスハラに対して毅然と対応することを躊躇する可能性があるため、まずはじめに自社の方針を策定する必要があります。
本条例のガイドライン19頁及び同ガイドラインが参照する厚生労働省のマニュアル(※3)20頁では、カスハラ対策方針に含める要素例として以下のものが示されており、企業においては、これらの要素例を意識した上で、自社の特殊性等を踏まえた独自の方針を策定する必要があります。
基本方針に定める要素例 |
● カスタマー・ハラスメントの内容(筆者注:定義・該当例など) |
● カスタマー・ハラスメントは自社にとって重要な問題である |
● カスタマー・ハラスメントを放置しない |
● カスタマー・ハラスメントから就業者を守る |
● 就業者の人権を尊重する |
● 常識の範囲を超えた要求や言動を受けたら、周囲に相談してほしい |
● カスタマー・ハラスメントには組織として毅然とした対応をする |
カスハラ対策方針を公表することは、自社の就業者に対して安心感を与えることができるだけでなく、就職活動中の求職者等の将来的な就業者に対して、カスハラ対策の進んでいる企業であり従業員を第一に考える企業であるというアピールにもつながりうるため、「カスハラから就業者を守る」ということが非常に重要な要素になります。
また、潜在的なカスハラ顧客に対してけん制する効果も期待できるため、カスハラに対して「組織として毅然とした対応を行う」ということも重要な要素になります。
各企業が実際にどのようなカスハラ対策方針を策定しているのかについては、猿倉健司・福田竜之介「カスタマーハラスメント規制に関する近時の動向と各社の対応実例」(牛島総合法律事務所ニューズレター・2024年6月5日)を参考にしてください。
※3 厚生労働省「カスタマーハラスメント対策企業マニュアル」(2022年2月)
社内におけるカスハラの実態を把握するため、企業においては、相談窓口(規模によっては相談担当者)を設置する必要があり、ガイドライン20頁でもその設置が求められています。
もっとも、相談窓口を設置したとしても、実際に従業員に利用されなければまったく意味がないことから、従業員に対して広く周知することが重要となります。実例として、ヤマト運輸株式会社では、マニュアルに相談窓口の連絡先を掲載するとともに、同連絡先を社内イントラで周知する等の取組が行われています(※4)。
窓口の設置にあたっては、従業員に利用されやすいように、面談だけでなく、電話やメールなど、複数の方法で相談を受けられるようにし、また、その利用がためらわれないように、プライバシー保護に必要な措置を講じることや、相談を理由とした不利益取扱を行わないことを周知する必要があります。
このほか、ガイドライン20頁以下では、相談窓口の担当者と人事部門等が連携を図ることができる仕組みづくりもポイントとして挙げられています。
※4 厚生労働省NOハラスメントあかるい職場応援団「カスタマーハラスメント防止対策企業事例 ヤマト運輸株式会社 社員の健全な業務を守るため、カスハラ対策の取組を始動」(2025年1月22日閲覧)
ガイドライン21頁では、カスハラが生じた場合にどのような対応をするのかといった、現場での具体的な対応方法・手順等を定めた社内マニュアルの作成も求められています。
ガイドラインでは、カスハラへの複数人での対応や、一次対応者に代わって現場監督者が対応するなど、就業者の安全に配慮した内容にすることがポイントとして挙げられています。
また、ガイドラインでは、実際の事例を活用してマニュアルの改善に役立てることも推奨されていますので、平時から現場従業員にヒアリングを行い、社内事例を蓄積することが重要です。もっとも、必ずしも多くの事例に触れることができないことから、カスハラ対応を数多く担当している弁護士を通じて事例を把握したり、同業者間での情報共有を行うことが実務的には多くみられます。
企業においては、これらのポイントを意識した上でマニュアルの作成に望む必要がありますが、現場や業界の特質を踏まえた“実際に使える”マニュアルにする必要があります。後述のとおり、かかる対応が十分かどうかによって、万が一の場合に企業が責任を負うかどうかの判断に影響を与えることになります。マニュアル作成におけるポイント・注意点等の詳細については、猿倉健司「クレームへの現場対応・広報対応マニュアルの弊害と現実的対応」(経営法友会リポートNo.590)も参照してください。
カスハラ対応は、場合によっては法的な手続や警察・弁護士等との連携が必要になります。このような対応を行うにあたっては、本社・本部が現場及び警察・弁護士等と連携をとるための仕組みづくりが欠かせません。ガイドライン22頁では、報告が必要な事項、報告をする場合の手続きを事前に決めておくことが求められています。
ガイドライン23~24頁や前記厚労省のマニュアル33頁では、企業の規模に応じた内部手続体制の構成例(例えば、大規模な企業では、カスハラ対策推進、相談対応者、現場監督者の担当を分ける例)が示されています。
カスハラ被害は従業員の心身に深刻な被害を与える可能性があるとともに、このような体制整備を怠った場合には、被害の拡大や前記の安全配慮義務違反にもつながりうることから、カスハラ被害を受けた従業員への配慮措置を整えることは非常に重要です。当職らもカスハラ被害を受けた従業員が心身的に大きなダメージを受け、休職や退職を余儀なくされる例を多く目にしてきましたが、カスハラ対応が非常にストレスを受けるものであることについて十分に理解することが必要です。
ガイドライン25頁では、顧客対応者の変更による迷惑客からの引き離しといった就業者の安全確保措置や、専門家への受診を被害就業者に促す、定期的なストレスチェックを実施するといった精神面・身体面への配慮措置などが取組例として挙げられています。
以上の取組内容や運用を従業員に周知するためにも、社内研修・教育を行う必要があります。
ガイドライン25~26頁では、ハラスメント発生後の対応(カスハラの判断基準やパターン別の対応方法、苦情対応の基本的な流れ等)やハラスメントの未然防止のための対応(顧客との良好な関係の築き方、接客対応等)が、研修・教育内容の例として示されています。各業界や各社の特殊性を踏まえて様々なカスハラのバリエーションがあることからすれば、有効なカスハラ対策は一方的な座学で身につくようなものではなく、研修・教育を当該企業の実態に応じた効果的なものにするためには、ガイドラインでも挙げられているように、実例に基づいたケーススタディを行うことが重要です。
本条例第9条第3項では、事業者に対して、自社の従業員がカスハラを行わないように必要な措置を講ずることが求められていますので、自社の就業者自身が加害者とならないような研修・教育を行う必要があります。特に、ガイドライン1頁では、取引先によるB to Bカスハラもその対象となることが明記されていますので、多様な場面を意識した研修・教育とすることが必要となります。
また、カスハラに対する向き合い方は、最前線の現場で業務に従事する就業者と管理職以上の就業者(経営層・相談対応者等を含む)とで異なり、その意識も違ってきますので、経営層・相談対応者等を対象にした研修・教育も別途実施することが望ましいとされています。実例として、日本航空株式会社では、全社員を対象とした講義形式での研修のほか、管理職を対象としたグループワークも行われています(※5)。
※5 厚生労働省NOハラスメントあかるい職場応援団「カスタマーハラスメント防止対策企業事例 日本航空株式会社 世界一のサービス品質と安心して働ける職場環境の両立を目指して」(2025年1月23日閲覧)
企業がこれらの取組みを十分に行わず、条例上の責務を怠った場合、様々な法的リスクを負うことになります。カスハラによって深刻な被害が生じるケースでは、しばしばカスハラ被害者からカスハラ被害者の所属する企業・団体等に対して、企業・団体等の安全配慮義務違反等を理由とする損害賠償請求訴訟が提起されます。このような訴訟では、企業のカスハラ発生防止の取組みや事後的な対応が十分であったか否かが企業の責任を判断する上で非常に重要な要素となっています。以下一例を紹介いたします。
(企業・団体側の対策・対応が十分(あるいは適切)でなかったこと等を理由に責任を肯定した事例)
(企業・団体側の対策・対応が十分・適切であったことを理由に責任を否定した事例)
ガイドラインも踏まえて実務一般的な水準の取組みや対応がなされているかどうかにより、自社の責任の有無が判断されることから、ガイドラインを十分に理解して体制を構築することが必要不可欠となります。
なお、上記は自社の従業員がカスハラの被害者になったケースですが、従業員が加害者になってしまうケースもあります。このようなケースでは、カスハラ被害者や同被害者の所属する企業・団体等からカスハラ加害者のいる企業・団体等に対して、業務妨害等を理由とした損害賠償請求訴訟(企業間訴訟)が提起されるケースもあります。また、取引先に対するカスハラが事業者間の優劣関係を背景になされた場合には、独占禁止法上の優越的地位の濫用や下請法上の不当な経済上の利益の提供要請などを理由に、罰則・行政処分がなされる可能性もあります。
カスハラが企業間でも問題となることについては、上記の他、日本経済新聞「カスハラ、企業間でも問題に「暴言」浴びる営業担当」(※6)の当職コメントもご確認ください。また、B to Bのカスハラについては、別稿でも取り上げる予定ですので、そちらもご確認ください。
※6 日本経済新聞「カスハラ、企業間でも問題に「暴言」浴びる営業担当」(2024年6月28日)
前記のとおり、本条例の施行は4月1日に公表される予定となっていますが、条例の施行日にかかわらず、カスハラは現在も現場の従業員ひいては企業に大きなダメージを与えているのが現状です。
条例やガイドラインで求められている対応は多岐にわたり、実際に導入を検討するには相応の時間がかかることも予想されます。そのため、同条例の施行日を待って対策に乗り出すのでは遅いといえます。
また、対応策についても完璧なものを短い期間で作るのは難しく、実際に運用をしてみてはじめて、変更・改善すべき点がわかることもありますし、次々と新たな類型のハラスメントが発生します。そのため、まずは可能な範囲でカスハラ対策を策定、運用し、その後の運用状況や各種の規制動向、業界や他社の状況、裁判例の内容等を踏まえて、逐次アップデートしていくことが重要です。
以上