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<目次>
1. はじめに
2. そもそも「強制労働」とは何か ―非常に広い概念であり、日本も強制労働リスクのある製品を多く輸入している―
3. EUの強制労働産品禁止規則の概要
(1) 適用対象企業
(2) 禁止行為
(3) 当局による強制労働産品か否かの調査
(4) 予備調査・本調査において求められる企業の対応
(5) 自社の製品が強制労働産品であると決定された場合の処分・罰則等
(6) 適用開始時期
(7) ガイドライン等の公表見込み
4. 日本企業に今から求められる対応

1. はじめに

 2024年12月13日、EUの強制労働産品禁止規則(Regulation of the European Parliament and of the Council on prohibiting products made with forced labour on the Union market and amending Directive。以下「本規則」といいます。)が施行されました(39条)。本規則の施行日から36ヶ月後である2027年12月から、本規則の適用が開始されます(同条)。
 本規則は、あらゆる事業者に対し、サプライチェーンのいずれかの段階において、強制労働が全部又は一部使用された製品を、①EU市場に供給すること及び②EU市場から輸出することを禁止するものです(3条)。
 当局による調査対象となった事業者等は、強制労働のリスクを特定、防止、軽減、終了、又は是正するために実施した措置について当局へ情報提供しなければなりません。そして、当局による調査の結果、自社の製品が強制労働産品であると認定されると、当該製品の供給・輸出の禁止や引上げ、処分が命じられることになります。
 本規則はその適用対象となる事業者に限定がないことから、EU域内で事業を行ったり、EU企業と直接・間接の取引関係を有する日本企業も本規則への対応が必要となります。
 以下では、そもそも「強制労働」とは何かについて確認した後(後記2参照)、本規則の概要を説明するとともに(後記3参照)、本規則の施行により日本企業に今から求められる対応を解説します(後記4参照)。

2. そもそも「強制労働」とは何か ―非常に広い概念であり、日本も強制労働リスクのある製品を多く輸入している―

 本規則は「強制労働」の定義について、ILO条約第29号を参照しています。「強制労働」とは、ある者が(i)処罰の脅威の下に強要され、かつ、(ii)自らの自由意思で申し出たものではない一切の労務を指します(本規則2条1号、ILO条約第29号2条)。

(i)  処罰の脅威について

  • 処罰とは、逮捕や投獄といった刑罰や、賃金の支払拒否や労働者の自由な移動の禁止といった権利又は特権を奪うことです(※1)。

(ii)  非自発的な労働について

  • 非自発的な労働には、例えば以下のような、外部からの間接的な圧力によるものも含まれます(※2)。
    • 借金の返済として労働者の給与の一部が天引きされている
    • 賃金や報酬が支給されていない
    • 労働者の身分証明書等が取り上げられている
    • 違法な人材斡旋会社の利用/高額な就職斡旋料の徴収

 それゆえ、企業が外国人労働者からパスポート等の身分証明書を没収・保管したり、寮からの外出を許可制にしたりすること、労働者が拒否することが難しい状況で時間外労働を強いること、賃金の未払い(一部未払いを含む。)は、強制労働と評価される可能性があります(※3)。
 このように、「強制労働」は、一般に想像されている以上に広い概念です。ILOの調査によれば、全世界で2760万人(2021年時点)が強制労働下にあるとされています(※4)。また、人権NGO(Walk Free Foundation)の調査によれば、日本は、強制労働リスクのある製品の輸入総額が世界第2位(2023年時点)であるとされています(※5)。強制労働のリスクは日本企業にとって非常に身近なものなのです。
 今後は、日本企業がEUから製品を輸入しようした際に、本規則の適用により、当該製品が強制労働により作られた製品であることを理由にかかる輸入ができなくなるという事態が十分に想定されます。本規則の下では、日本企業も、その企業活動において、強制労働の問題を避けては通れなくなるのです

(※1) ILO「ILOビジネスのためのヘルプデスク:強制労働に関するQ&A」
(※2) 同上
(※3) 同上
(※4) ILO「Global Estimates of Modern Slavery: Forced Labour and Forced Marriage」
(※5) Walk Free Foundation「The Global Slavery Index 2023」

3. EUの強制労働産品禁止規則の概要

(1)適用対象企業

 本規則の適用対象企業はあらゆる経済事業者であり(3条)、日本企業もその対象となります
 人権・環境デューディリジェンスの義務付けなどを内容とするEUのCSDDD(企業サステナビリティ・デューディリジェンス指令)が、EU域外企業について一定のEU域内売上があること等を適用要件としていること(CSDDD2.1、2.2)と対照的です(CSDDDはEU域内企業についても一定の売上があること等を適用要件としています。)。

(2)禁止行為

 強制労働により作られた製品を、①EU市場に製品を供給することや、②EU市場から輸出することが禁止されます(3条、2条4号・5号・22号)。「強制労働により作られた製品」とは、採掘、収穫、生産、又は製造といったサプライチェーンのいずれかの段階で強制労働が全部又は一部に使用された製品です(2条7号・8号)。
 EUのCSDDDが、対象企業に人権・環境DDの実施等を求めるに留まることや、米国のウイグル強制労働防止法(UFLPA)が一定の国・地域における強制労働産品の輸入のみを禁止していることと比較すると、本規則の適用対象が広いことが分かります。

3当局による強制労働産品か否かの調査

 当局による強制労働産品か否かの調査は、①予備調査(preliminary phase of investigation)、②本調査(investigation)の順で実施されます。
 ①予備調査の結果、「根拠のある懸念(substantiated concern)」(欧州委員会又は当局において、当該製品が強制労働により製造された可能性が高いと疑うに足りる客観的で事実に基づきかつ検証可能である情報に基づく、合理的な指摘)(2条16号)が認定されると、②本調査が開始されます(18条1項)(※6)。
 これらの調査は、リスクベース・アプローチ(リスクが高い領域の対応を優先すること)により行われます(14条1項)。例えば、本規則3条が規定する強制労働産品の供給等の禁止への違反(以下「3条違反」といいます。)が疑われる製品を優先的に調査するために、以下の基準が用いられます(14条2項)。

① 強制労働の疑いの程度と深刻さ
② EU市場に供給された製品の数量
③ 最終製品に占める強制労働で製造されたと疑われる部品の割合

 また、予備調査を開始する際に、当局は、サプライチェーンのうち強制労働が発生している可能性が高いところにできるだけ近い事業者に焦点を当てるとともに、関係する事業者の規模や資力(特に事業者が中小企業であるかどうか)、及びサプライチェーンの複雑さを考慮に入れます(14条4項)。

(※6)この場合、当局は、本調査の開始決定日から3営業日以内に、調査対象の事業者に通知を行います。通知内容は、調査の開始とそれにより起こりうる結果、調査対象製品、調査開始理由(通知が調査を妨げることになる場合を除く。)、事業者が文書等を当局に提出する権利があること及びかかる文書等の提出期限です(18条1項)。
本規則においては、当局側が強制労働の有無を立証しなければなりません。その点で、ウイグル産品が強制労働により作られたことを推定する米国のウイグル強制労働防止法(UFLPA)と異なります。

(4) 予備調査・本調査において求められる企業の対応

①予備調査について

(a) 当局は、評価対象の事業者や関連する他の製品供給者に対し、評価対象の製品に関する自社の事業及びサプライチェーンにおける強制労働のリスクを特定、防止、軽減、終了、又は是正するために実施した措置について、情報提供を要請します(17条1項)。
(b) これに対し、事業者は、(a)の要請を受けた日から30営業日以内に回答しなければなりません。事業者が有用と考えるその他の情報を提供することもできます(17条2項)。
(c) 当局は、事業者からの(b)の情報を受領した日から30営業日以内に、3条違反があったという「根拠のある懸念(substantiated concern)」があるかどうかを判断します(17条3項)。

②本調査について

(a) 当局から要請があった場合、調査対象の事業者は、例えば以下のような、調査に関連して必要な情報を提出しなければなりません(18条3項)(※7)。
・調査対象の製品を特定する情報
・調査を限定すべき製品の部分を特定する情報
・上記製品又はその一部の製造業者、生産者、製品供給者、輸入者又は輸出者を特定する情報

(b) 事業者は、30営業日から60営業日までのいずれかで設定された期限内に、情報を提出しなければなりません。事業者は、正当な理由に基づき、期限の延長を請求できます(18条4項)。

(※7) 当局は、本調査における情報提供要請に際しても、リスクベース・アプローチで対応します(18条3項)。

(5) 自社の製品が強制労働産品であると決定された場合の処分・罰則等

本調査を経て、自社の製品が強制労働産品であると決定された場合の処分・罰則等は、以下のとおりです。

ア. 処分

 当局は、調査開始から9か月以内に、決定をするか調査を終了するよう努めるものとされています(20条1項)。
 当局は、3条違反を立証した場合には、その調査結果・根拠等とともに、以下を含む決定をします(20条4項、22条1項各号)。
① 製品をEU市場に供給すること、及びEU市場から輸出することの禁止
② 既にEU市場に供給した製品の引上げ
③ 製品の全部又は一部の処分

 決定では、事業者がこれを遵守するための合理的期間(30営業日を下回らない)が設定されます(※8)。事業者がかかる期間内に決定を遵守しなかった場合には、管轄当局が製品の引上げや廃棄等について対応する責任を負います(23条1項)。この決定は税関当局にも伝達されるため、税関においても対象製品の流通や輸出が差し止められることになります(28条ないし30条)。

(※8) 対象製品が生鮮食品や動物、植物の場合には、合理的期間は10営業日を下回ってはなりません。

イ. 罰則

 事業者が決定に従わなかった場合には罰則が科されます(23条2項)。具体的な罰則の内容はEU加盟各国が定めることになります(37条)。

ウ. 決定の撤回等

 事業者は、当局に対し決定の再審査を求めることができ(21条1項)、当局はその請求の受領から30営業日以内に当該請求に対する判断をするものとされています(21条2項)。また、事業者が、決定を遵守し、かつ関係する製品に関して自社の事業又はサプライチェーンから強制労働を排除したことを証明した場合、当局は、将来に向けて決定を撤回等します(21条3項)。

(6) 適用開始時期

 本規則の適用は、本規則の施行日(2024年12月13日)から36ヶ月後である2027年12月から開始されます(39条)。

(7) ガイドライン等の公表見込み

欧州委員会は、本規則に関連して、以下を実施予定です。

  • 特定の地域、産品及び産品グループに関する強制労働のリスク情報を提供するデータベースの作成(8条):2026年6月まで
  • ガイドラインの公表(11条):2026年6月まで
  • 本規則の執行及び実施の評価(38条):本規則の施行日から5年ごと

4. 日本企業に今から求められる対応

 本規則を踏まえ、EU企業と直接の取引関係を有する日本企業はもちろん、取り扱う製品のサプライチェーンにEU企業が含まれる日本企業は、可及的速やかに、人権DDの体制の強化(仮に人権DDが未実施であれば実施に向けた速やかな体制整備)を進める必要があります。また、人権DDの結果、自社のサプライチェーン上に強制労働と評価されうる状況が生じている場合には、優先順位を上げて対応すべきです(※9)。
 本規則によれば、サプライチェーンのいずれかの段階で、強制労働が全部又は一部に使用されて作られたあらゆる製品について、EU域内の供給やEU域外への輸出が禁止されます。しかも、当局による強制労働産品か否かの調査は比較的短期間で実施され、事業者はかかる期間内に必要な情報提供等をしなければなりません。つまり、自社又はそのサプライチェーンにおいて強制労働が存在しないことを、十分かつ速やかに説明できなければ、対象製品を一切取り扱うことができなくなるリスクがあるということです。
 当局による調査の際にかかる説明を適切に行うには、平時から、人権DDの体制を強化(仮に人権DDが未実施であれば実施に向けた速やかな体制整備)しておくとともに、強制労働リスクも含めて自社のサプライチェーンにおける人権リスクについての考え方や情報を整理しておく必要があります。

 本規則のガイドライン等の公表までにはまだ時間がありますが(上記3(6)ご参照)、人権DDの実施やサプライチェーンの見直しは、定期的に繰り返し、かつ徐々に掘り下げながら行うべきものですので(日本政府「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」4.1.2.1参照)、数年単位で計画を立てて進めていくことが望ましいです。そのため、日本企業においては、本規則のガイドラインの公表に先立って人権DDの体制の強化等を進めるのが効果的です。この点、本規則は、サプライチェーンにおける強制労働の排除を求めるものであり、国連「ビジネスと人権に関する指導原則」やOECD「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」と人権リスクへの対応について基本的なコンセプトを同じくするものですので、これらのガイドラインや実例等を参照して体制を強化していくことにより、本規則への対応を進めることが可能となります。

(※9) 今後、取引先から、本規則への対応の一環として、①自社に対し強制労働に関する質問票が送付されてきたり、②強制労働に関連する潜在的な負の影響を防止するためなどとして、取引先の取引方針や負の影響への対応策の遵守が求められる機会がより一層増えるものと予想されます。

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