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1. はじめに

2023年3月に、公正取引委員会から、「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」が公表され、翌年に改定版(※1)が公表されました(以下、改定後のものを「本ガイドライン」といいます。)。本ガイドラインの概要については、連載「SDGs・ESGへの取組と独占禁止法・下請法①【目次】【グリーンガイドラインの概要】」で説明したとおりですが(※2)、資源循環(サーキュラーエコノミー)や脱炭素(カーボンニュートラル)への取組みについて、独占禁止法(不公正な取引方法、優越的地位の濫用等)や下請法違反(改正後は「製造委託等に係る中小受託事業者に対する代金の支払の遅延等の防止に関する法律」(中小受託法))(※3)となる場合があります。

本稿では、優越的地位の濫用行為が問題となる事例(連載2の(1))のうち、取引対価の一方的決定と単独の取引拒絶について解説します。
連載全体の目次は以下のとおりです。

【連載】
1. グリーンガイドラインの概要(リンク
 
2. ケーススタディ
(1) 優越的地位の濫用行為が問題となる事例
a. 購入・利用強制(リンク
b. 経済上の利益の提供要請(同上)
c. 取引対価の一方的決定(※本稿)
d. 単独の取引拒絶(※本稿)
 
(2) 事業者間の共同取組が問題となる事例
a. 共同での情報発信
b. 情報交換
c. 自主基準の設定
d. 標準化活動
 
(3) 取引先の事業活動に対する制限等が問題となる事例
a. 選択的流通
b. 単独の取引拒絶
c. 共同ボイコット
 
3. おわり

※1 公正取引委員会「グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方」(2024年4月24日改訂版)
※2 同「概要版(1枚紙)」(2024年4月24日)も参照
※3 下請法改正について、猿倉健司・堀田稜人「2025年/中小受託法(改正下請法)の成立(5月16日改正法案の成立を受けた改訂版))」(牛島総合法律事務所ニューズレター、2025年5月19日)

2. ケーススタディ

(1) 優越的地位の濫用行為が問題となる事例

事業者が、資源循環や温室効果ガス削減を目的として、取引の相手方に対して、取引の対象となる商品又は役務の品質等に関して、従前と異なる条件を設定するケース

独占禁止法上、「事業者は、不公正な取引方法を用いてはならない」とされており(第19条)、「自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して、正常な商慣習に照らして不当に」特定の類型行為(後述)を行うことは「不公正な取引方法」に該当します(第2条第9項第5号)。
事業者がどのような取引条件で取引するかについては、基本的に、取引当事者間の自主的な判断に委ねられており、従前と異なる条件の設定を行ったことをもって、直ちに独占禁止法上問題となるものではありません(本ガイドライン51頁)。
もっとも、脱炭素への取組として温室効果ガス削減という社会公共的な目的で取引条件を設定・変更する場合であっても、事業者が、自己の取引上の地位が相手方に優越していることを利用して行われるものである場合には、正常な商慣習に照らして不当なものであると認められ、優越的地位の濫用行為として独占禁止法上問題となる場合があります。
なお、優越的地位の濫用に関する解釈や定義については、公正取引委員会のガイドライン(以下、「優越的地位の濫用ガイドライン」(※4)といいます。)もご確認ください。

※4 公正取引委員会「優越的地位の濫用に関する独占禁止法上の考え方」(2017年6月16日改正版)

また同様に、取引条件を設定・変更することが下請法に違反する場合もあります。

c. 取引対価の一方的決定

独占禁止法は、「取引の相手方からの取引に係る商品の受領を拒み、取引の相手方から取引に係る商品を受領した後当該商品を当該取引の相手方に引き取らせ、取引の相手方に対して取引の対価の支払を遅らせ、若しくはその額を減じ、その他取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること」を優越的地位の濫用行為となる類型としており(第2条第9項第5号ハ)、取引対価の一方的決定は「取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定・・・すること」に該当する場合があります
同号ハでは、「受領拒否」、「返品」、「支払遅延」及び「減額」が優越的地位の濫用につながり得る行為の例示として掲げられていますが、それ以外にも、取引の相手方に不利益を与える様々な行為が含まれます(優越的地位の濫用ガイドライン第4の3(15頁))。

同条項により問題があるとされる行為とされるかどうかの判断にあたっては、以下の要素が総合的に勘案されます(本ガイドライン57頁、優越的地位の濫用ガイドライン第4の3(5)ア(ア)21~22頁)。

                     考慮要素
● 対価の決定にあたり当該取引の相手方と十分な協議が行われたかどうか等の対価の決定方法
● 他の取引の相手方の対価と比べて差別的であるかどうか
● 当該取引の相手方の仕入価格を下回るものであるかどうか
● 通常の購入価格または販売価格との乖離の状況
● 取引の対象となる商品・サービスの需給関係等

特に、一般に取引の条件等に係る交渉が十分に行われないときには、取引の相手方は、取引の条件等が一方的に決定されたものと評価されることがあります。そのため、取引上優越した地位にある事業者は、取引の条件等を取引の相手方に提示する際、当該条件等を提示した理由について、当該取引の相手方へ十分に説明することが望ましいということが指摘されています(優越的地位の濫用ガイドライン第4の3(5)(21頁))。

また、製造コストが上昇した場合にもかかわらず製品の買取価格を据え置くことは下請法で禁止される買いたたき(下請法4条1項5号)に該当するおそれがあるほか、あらかじめ定められた下請代金の額を減じて支払うことは下請法で禁止される減額(下請法第4条第1項第3号)に該当するおそれがあります(公正取引委員会・中小企業庁「下請取引適正化推進講習会テキスト」(令和6年11月)(※5)1(5)オ(70頁)参照)。
なお、下請法の改正法(※6)では、委託事業者(親事業者)と中小受託事業者(下請事業者)との間で実行的な価格交渉がなされることを確保するという観点から、現行の下請法第4条第1項第5号の「買いたたき」規制とは別途、中小受託事業者(下請事業者)の給付に係る費用の変動等が生じた場合において、中小受託事業者(下請事業者)から委託事業者(親事業者)に対して価格協議の求めがあったにもかかわらず、協議に応じなかったり、価格協議において中小受託事業者(下請事業者)が求めた事項について必要な説明・情報を提供せず、一方的に製造委託等代金(下請代金)の額を決定して、中小受託事業者(下請事業者)の利益を不当に害する行為を禁止する禁止規定(中小受託法第5条第2項第4号)が新設されました(※3のニューズレター参照)。

※5 公正取引委員会・中小企業庁「下請取引適正化推進講習会テキスト」(2024年11月)
※6 公正取引委員会・中小企業庁「下請代金支払遅延等防止法及び下請中小企業振興法の一部を改正する法律」(2025年3月11日閣議決定)

(a) 優越的地位の濫用とならない行為

事業者が、温室効果ガス削減等を目的として、取引の相手方に対し、商品又は役務の改良等を求めるに当たって、その実施に伴い取引の相手方に生じる追加的なコストを加味した取引価格の見直しを提案し、取引価格の再交渉において、当該取引の相手方に生じるコストの上昇分を考慮した上で、双方納得の上で取引価格を設定する場合には、独占禁止法上問題とはなりません(本ガイドライン56頁)。

(本ガイドライン想定例69 取引先のコスト上昇を反映した対価の設定)
➢ 商品Aの製造販売業者Xは、商品Aの製造に用いられる部品Bの製造を委託している取引の相手方Yに対して、従来使用していた資材Cではなく、環境に配慮した資材Dを使用できないか相談し、実現した場合の部品Bの単価について協議した。
➢ その結果、資材Dの調達価格は資材Cの調達価格より高価であったことが判明したため、その差額分を上乗せした単価を、資材変更後の部品Bの単価として新たに設定した。
●(本ガイドライン想定例70 貨物輸送の発注における非化石エネルギー自動車の利用要請)
➢ 商品Aの製造販売業者Xは、貨物輸送事業者Bに対して、需要者への商品Aの輸送に当たって排出される温室効果ガス削減を目的として、非化石エネルギー自動車での貨物輸送に限定した発注を行った
➢ Xは、前記発注を行うに当たり、前記発注のために新たに非化石エネルギー自動車を導入する費用を踏まえた見積書の提出をBに要請し、Bから提出された見積書に基づいて、その合理性について双方で協議を行った
➢ また、Xは協議の中で、Bに対して見積額からの減額を求める主張を行う際には、その合理的な理由を説明し、Xが一方的に対価を決定することとならないよう十分な協議を行った

(b) 優越的地位の濫用となる行為

これに対して、取引上の地位が相手方に優越している事業者が、温室効果ガス削減等を目的として、取引の相手方に対し、当該取引の相手方に生じるコスト上昇分を考慮することなく、一方的に、著しく低い対価での取引を要請する場合であって、当該取引の相手方が、今後の取引に与える影響等を懸念して当該要請を受け入れざるを得ない場合には、正常な商慣習に照らして不当に不利益を与えることとなり、独占禁止法上問題となります(本ガイドライン57頁、優越的地位の濫用ガイドライン第4の3(5)ア(21~22頁))。

●(本ガイドライン想定例71 従来品より温室効果ガス排出量を削減した仕様に基づく発注における対価の一方的決定)
➢ 商品Aの製造販売業者Xは、商品Aの製造に用いられる部品Bの製造を委託している取引の相手方Y及びZに対して、今後は、部品Bの製造過程で排出される温室効果ガスの削減を盛り込んだ新たな仕様に基づき納品するよう発注した。
➢ 当該仕様を実現するためには、Y及びZにおいては、研究開発費の増加や従前とは異なる原材料等の調達に当たってコストが発生することになった。Xは、Y及びZとの価格交渉の場において、当該コストの発生に関してそれぞれ明示的に協議することなく、従来の部品Bと同じ取引価格に据え置いた
●(本ガイドライン想定例72 非化石エネルギー自動車での貨物輸送の発注における対価の一方的決定)
➢ 商品Aの製造販売業者Xは、貨物輸送事業者Yに対して、需要者への商品Aの輸送に当たって排出される温室効果ガス削減を目的として、非化石エネルギー自動車での貨物輸送に限定した発注を行った。
➢ Yは、当該発注への対応のために非化石エネルギー自動車を導入する必要があり、コストが大幅に増加したため、Xに対して、当該費用を運賃に反映するよう交渉を求めたが、Xは交渉に応じることなく、一方的に、従来同様の運賃に据え置いた

対価の一方的決定のケースとしては、上記本ガイドライン想定例7~72のケースのほか、下記のケースなどが考えられ、この場合には下請法違反のおそれもあります(公正取引委員会・中小企業庁「下請取引適正化推進講習会テキスト」(令和6年11月)1(5)オ(67~68頁、70~71頁)参照)。

  • 労務費、原材料価格、エネルギーコスト等のコストの上昇分の取引価格への反映の必要性について、 価格の交渉の場において明示的に協議することなく、従来どおりに取引価格を据え置くこと
  • 発注内容に対応するため、下請事業者が品質改良等に伴う研究開発費用が増加したにもかかわらず、一方的に通常支払われる対価より低い対価で下請代金の額を定めること
  • 価格交渉時に下請事業者から環境対策に係る法規制等に対応するためのコストが増大したとして対策費用を下請代金の額に含めるよう求められたにもかかわらず、下請事業者と十分な協議をすることなく、一方的に下請代金の額を据え置くことにより、通常の対価を大幅に下回る下請代金の額を定めること
  • 「●年後までに温室効果ガスの排出量●%減」という自己の目標を達成するために、自動車部品の製造を委託している下請事業者に対して半年毎に排出低減を要求し、下請事業者と十分な協議をすることなく一方的に通常の対価を大幅に下回る下請代金の額を定めること

d. 単独の取引拒絶

前記3の想定例等のほか、取引解消を手段として不利益を受け入れさせるような場合(単独の取引拒絶)も、独禁法第2条第9項第5号ハの「取引の相手方に不利益となるように取引の条件を設定し、若しくは変更し、又は取引を実施すること」に該当する可能性があります(本ガイドラインのパブリックコメント(※7)4−4の意見の概要(73頁)参照)。そのため、単独の取引拒絶についても優越的地位の濫用が問題となり得ます。

※7 公正取引委員会「『グリーン社会の実現に向けた事業者等の活動に関する独占禁止法上の考え方』(案)に対する意見の概要及びそれに対する考え方」(2025年4月23日最終閲覧)

なお、単独の取引拒絶のうち、取引先の事業活動等に対する制限等が問題となる事例については、別稿にて改めて解説いたします。

(a) 優越的地位の濫用とならない行為

事業者がどの事業者と取引するかは、基本的には事業者の取引先選択の自由の問題です。事業者が、価格、品質、サービス等の要因を考慮して、独自の判断によって、ある事業者と取引しないことを決定しても、基本的には独占禁止法上問題となりません(本ガイドライン46頁)。

●(本ガイドライン想定例54 温室効果ガス削減に係る一定の基準を満たさない取引先事業者との取引の打切り)
➢ 役務Aの所管官庁は、指針により、役務Aを提供する事業者に対して、温室効果ガス排出量を毎年3%削減することを努力義務として定めている。役務Aの提供事業者Xは、経営上の判断により、当該努力義務を履行していない。
➢ 役務Aの提供に用いられる商品Bの製造販売業者Yは、自社の社会的責任を踏まえれば、所管官庁の定めた努力義務を履行していないXとの取引は望ましくないと独自に判断し、これまでXに販売していた商品Bの供給を取りやめることとした。

(b) 優越的地位の濫用となる行為

これに対して、事業者が単独で行う取引拒絶であっても、例外的に、独占禁止法上の違法行為の実効を確保するための手段として取引を拒絶する場合や、競争者を市場から排除するなどの独占禁止法上不当な目的を達成するための手段として取引を拒絶する場合は独占禁止法上問題となります(本ガイドライン47頁)。

●(本ガイドライン想定例56 排他条件付取引の実効を確保するための手段としての流通業者との取引の打切り)
➢ 製造販売業者Xは、役務Aの提供に用いられる商品Bの製造販売を行っているところ、商品Bの製造販売市場における市場シェアは50%である。
➢ Xは、自己の競争者である商品Bの製造販売業者と取引しないことを、かねてから取引先に対して要請していたところ、自己の競争者である商品Bの製造販売業者の取引の機会を減少させ、他に代わり得る取引先を容易に見いだすことができなくなるようにするとともに、その実効を確保するための手段として、温室効果ガス削減目標を具体的に掲げていない事業者とは取引しないことを名目としつつ、自社の要請に従わない取引先との取引を打ち切ることとした。

取引解消を手段として不利益を受け入れさせるケースとしては、上記本ガイドライン想定例56のケースのほか、下記のケースなどが考えられ、この場合には下請法違反のおそれもあります(公正取引委員会・中小企業庁「下請取引適正化推進講習会テキスト」(令和6年11月)1(5)オ(71頁)参照)。

  • 下請事業者に対してISOの品質マネジメントシステム構築に係る認証の取得を要請し、当該要請に応じない場合には以後の取引を停止する旨通知する一方で、下請事業者における同認証の取得のためには多額の費用を要することが明らかであるにもかかわらず、当該多額の費用を考慮することなく、一方的に、従来どおりに下請代金を据え置くこと

このほか、取引解消を手段として、資源循環(サーキュラーエコノミー)や脱炭素(カーボンニュートラル)に関する知的財産権やノウハウが含まれる技術資料を無償で提供させる行為は、不当に経済上の利益提供を要請することを禁止する下請法第4条第2項第3号にも違反するおそれがあります(下請法運用基準第4の7、公正取引委員会・中小企業庁「下請取引適正化推進講習会テキスト」(令和6年11月)1(5)コ(82頁)参照)。

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以 上