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<目次>
1.はじめに
(1)「ビジネスと人権」にかかる国内の動向
(2)「ビジネスと人権」にかかる海外の動向 
2.日本における近時の動向――「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」及び「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」の策定
(1)企業による人権尊重の取組の全体像(総論) (以上、第1回)
(2)人権方針の作成・表明
(3)人権DD
(4)救済 (以上、第2回)
3.日本企業に求められる対応
(1)本ガイドライン及び本参照資料を踏まえた体制整備
(2)「ビジネスと人権」が企業実務に与える影響の具体例
4.おわりに (以上、第3回)

1.はじめに

いわゆる「ビジネスと人権」、すなわち企業活動における人権の尊重については、近年社会的要請が高まり続けており、これについて十分な対応をしないことは大きな経営リスクとして理解されるようになっている。「ビジネスと人権」の国内外における議論の概要については、2021年6月のコーポレートガバナンス・コードの改訂も踏まえて当事務所の以下のニューズレターで解説したところである。

本記事から始まる3回の連載においては、2021年12月に公表した前回のニューズレター以降の「ビジネスと人権」に関する国内外の動向を解説する。

(1) 「ビジネスと人権」にかかる国内の動向

日本国内では、ソフトローの整備が進展するとともに、人権デューディリジェンスの義務化を内容とするハードロー(制定法)の整備に向けた議論が進められている。
まず重要なのは、2022年9月に経済産業省が公表した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「本ガイドライン」という。)である。2023年4月には、本ガイドラインに沿った企業の取組みについて詳細な解説や事例を掲載した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」(以下「本参照資料」という。)も公表された。
日本政府は、2023年4月、日本政府の実施する公共調達で用いる契約書等において、入札希望者/契約者は本ガイドラインを踏まえて人権尊重に取り組むよう努める旨を記載の導入を進めることを決定しており(※1)、公共調達に関与する企業においては特に対応が重要となる。さらに、三菱UFJフィナンシャル・グループが、2023年7月から融資先のサプライチェーンに人権問題がないか詳細に検討するとともに、改善が見込めない場合は新規融資を停止することを公表するなど、3メガバンクが人権問題で融資の審査を厳格化すると報道されており(※2)、民間においてもビジネスと人権に関する取組みが強く求められるようになっている。
これらのソフトローの公表に続き、本ガイドラインが求めている人権デューデリジェンス(以下「人権DD」という。)については法制化の動きも具体化している。2023年5月には、与野党議員でつくる「人権外交を超党派で考える議員連盟」が人権DDの義務付けを求める提言を政府に提出し、2023年度中の人権DD法の制定を求めている(※3)。

(※1)「公共調達における人権配慮について」(ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議決定)(2023年4月3日付け)
(※2)日本経済新聞「3メガ銀、融資審査で人権厳格に 改善なしで新規受けず」(2023年6月28日付け)
(※3)産経ニュース「「人権DD法」の年内制定を 超党派議連が首相補佐官に提言」(2023年5月17日付け)

(2) 「ビジネスと人権」にかかる海外の動向

また諸外国ではビジネスと人権に関する制定法の策定(ハードロー化)がより一層進展している。前回ニューズレター以降の主な進展の状況は以下のとおりである(※4)。

①EU「企業持続可能性デューディリジェンス指令案」(2022年2月公表)

  • 潜在的な人権に対する負の影響について、企業に求められる具体的な対応として例えば以下を規定
    • 潜在的な悪影響の場合には、予防行動計画を策定・実施。即座に負の影響を解消できない場合には、実際のアクションに関するタイムラインと、改善を監督するための定性的および定量的な指標を伴う是正行動計画の策定・実施
    • 直接の取引関係に対して、企業の行動規範及び(必要に応じ)予防行動・是正行動計画の遵守を確保させるための契約上の保証を要求
    • 中小企業と契約を締結する場合等における条件が公正で合理的かつ差別なく適用
  • 企業活動や人権・環境上の悪影響に関する対応状況の定期的な(少なくとも12か月に1度)及び随時の評価の実施
  • 企業の義務違反については罰金や損害賠償責任を規定

②EU「強制労働製品流通禁止規則案」(2022年9月公表)

  • 強制労働により生産された製品をEU市場に流通させること、またEUから域外に輸出することを禁止

③米国「ウイグル強制労働防止法(UFLPA)」(同法に基づく輸入禁止措置は2022年6月に施行)

  • 中国の新彊ウイグル自治区が関与する製品の輸入を原則禁止(強制労働によって作られたものと推定され、差止めの解放には厳格な証明責任を課すもの(※5))

④カナダ「サプライチェーンにおける強制労動と児童労働との闘いに関する法律の制定および関税率の改正法」(2023年5月公布)

  • 企業に対し生産工程における強制労働リスクの防止措置について政府への報告を義務付け

ビジネスと人権に関する海外の動向については、以下の資料が参考になる。

(※4)日本貿易振興機構(ジェトロ)調査部「「サプライチェーンと人権」に関する政策と企業への適用・対応事例(改訂第八版)」(2023年6月付け)
(※5)日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部 国際経済課 藪恭兵「経済安全保障法令の最新動向と求められる企業の対応~日本企業の対応と課題~」(2023年3月付け)10頁

2.日本における近時の動向――「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」及び「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」の策定

本ガイドラインは、国際機関等が公表する人権尊重のための各種基準・ガイドライン等を踏まえ、日本で事業活動を行う全ての企業(個人事業主を含む)が実施すべき人権尊重の取組を解説するものである。また、本参照資料は、主として企業の実務担当者に対して、人権尊重の取組の内容をより具体的かつ実務的な形で示すための資料とされている。
企業は、本ガイドラインに則り、国内外における自社・グループ会社、サプライヤー等(サプライチェーン上の企業及びその他のビジネス上の関係先をいい、直接の取引先に限られない。)の人権尊重の取組に最大限努めるべきものとされている(本ガイドライン1.3)。
本ガイドラインは法的拘束力を持たないが(本ガイドライン1.3)、企業においては、将来的にビジネスと人権に関するハードロー化が国内でも進むことなども想定し、本ガイドラインを踏まえた対応を検討することが重要である。
近年の動向を踏まえれば、人権尊重に向けた取組は、企業活動における人権への負の影響の防止・軽減・救済という観点だけでなく、その結果として、経営リスク(人権侵害を理由とした製品・サービスの不買運動、投資先としての評価の降格、投資候補先からの除外・投資引き揚げの検討対象化、人権侵害を理由に取引先から取引を停止される可能性等)の抑制や企業価値の向上(企業のブランドイメージの向上、投資先としての評価の向上、取引先との関係性の向上、新規取引先の開拓、優秀な人材の獲得・定着等)という視点でも大きな意義を持つ(本ガイドライン1.2)。

(1)企業による人権尊重の取組の全体像(総論)

本ガイドラインが示している企業による人権尊重の取組の全体像は、以下のとおりである(本ガイドライン2.1)。

本ガイドラインにいう企業が尊重すべき「人権」は国際的に認められた人権を意味する。具体的には国際人権章典や「労働における基本的原則及び権利に関するILO宣言」により規定された人権であり、例えば以下の人権が含まれる。

  • 強制労働や児童労働に服さない自由
  • 結社の自由
  • 団体交渉権
  • 雇用及び職業における差別からの自由
  • 居住移転の自由
  • 人種、障害の有無、宗教、社会的出身、性別・ジェンダーによる差別からの自由等

したがって、日本法やサプライヤーが所在する現地法を遵守するという考え方では、国際的に認められた人権を十分に尊重することはできないことから、国際的に認められた人権の内容を適切に理解した上でそれを最大限尊重する必要がある(本ガイドライン2.1.2.1)。
このような人権について、企業活動に際して「負の影響」が生じている場合とは、以下の3つの類型が想定されている(本ガイドライン2.1.2.2)。

① 企業がその活動を通じて負の影響を引き起こす(cause)場合

  • (例)自社工場の作業員を適切な安全装備なしで危険な労働環境において労働させる場合
  • (例)自社工場からの化学物質の流出が地域の飲料水を汚染する場合

② 企業がその活動を通じて-直接に、又は外部機関(政府、企業その他)を通じて-負の影響を助長する(contribute)場合

  • (例)過去の取引実績から考えると実現不可能なリードタイム(発注から納品までに必要な時間)であると知りながら、そのリードタイムを設定してサプライヤーに対して納品を依頼した結果、そのサプライヤーの従業員が極度の長時間労働を強いられる場合
  • (例)企業が、投資先企業が保有する工場における廃水処理のための高額な設備の導入が地域の飲料水の汚染を防止するために必要であると認識しているにもかかわらず、その企業が導入案に反対することで、投資先企業の工場による排出水がその地域の飲料水を汚染する場合

③ ①や②に該当しないものの、企業が、取引関係によって事業・製品・サービスが人権への負の影響に直接関連する(directly linked)場合

  • (例)小売業者が衣料品の刺繍を委託したところ、受託者であるサプライヤーが、小売業者との契約上の義務に違反して、児童に刺繍を作成させている業者に再委託する場合
  • (例)事業活動のためにある企業への貸付を行ったが、その企業が自社との合意に違反し、地域住民を強制的に立ち退かせる場合

本ガイドラインは、上記のような「人権」への「負の影響」について、企業に対して以下のような措置の実施を求めている(本ガイドライン3~5)。

・人権尊重に向けた方針の作成・表明

・人権DDの実施

  • 企業が関与ないし関与し得る負の影響を特定しその内容を評価すること
  • 人権への負の影響の防止や軽減に向けた取組みの実施と実効性の評価
  • 取組状況に関するステークホルダーへの説明・情報開示

・「負の影響」を被ったステークホルダー等のための救済策

ただし、人権への負の影響を同時かつ網羅的に対応することは困難であるため、企業においては深刻度のより高い負の影響に優先して取り組むことになる(本ガイドライン2.2.4)。また、自社だけでなく、自社のサプライヤー等とともに対応することも想定されている。例えば、下請法や独占禁止法に留意しつつ、自社・グループ会社向けワークショップにサプライヤーも招待することや、取引先と定期的に取組を強化すべき人権課題等についての意見交換会を開催して人権尊重の取組に活用すること、国際スタンダードに基づく人権尊重の取組が十分に行えていない取引先に対して参考になる取組方法や取組の好事例を紹介するといった対応が考えられる(本ガイドライン2.2.5)。

第2回以降は、本ガイドライン及び本参照資料が求める措置の各論及び近時の動向を踏まえ日本企業に求められる対応について解説する。

以 上

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