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事務所概要・アクセス
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<目次>
1.はじめに
(1)「ビジネスと人権」にかかる国内の動向
(2)「ビジネスと人権」にかかる海外の動向
2.日本における近時の動向――「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」及び「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」の策定
(1)企業による人権尊重の取組の全体像(総論) (以上、第1回)
(2)人権方針の作成・表明
(3)人権DD
(4)救済 (以上、第2回)
3.日本企業に求められる対応
(1)本ガイドライン及び本参照資料を踏まえた体制整備
(2)「ビジネスと人権」が企業実務に与える影響の具体例
4.おわりに (以上、第3回)
前回記事では、ビジネスと人権に関する近時の国内外の動向及び経済産業省が公表した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「本ガイドライン」という。)や「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」(以下「本参照資料」という。)の位置づけやこれらが企業に求める措置の全体像等について解説した。
今回は、本ガイドラインが企業に実施を求める具体的な対応策について、本参照資料にも言及しながら解説する。
企業は、人権尊重責任を果たすというコミットメント(約束)を、以下の5つの要件を満たす人権方針により、企業内外に表明するべきである(本ガイドライン3)。なお、各要件に付記した対応例は、各要件の内容をイメージしやすいように、外務省「『ビジネスと人権』に関する取組事例集」(2021年9月付け)3頁及び4頁を参照して記載したものである。人権方針の策定・公表に至る作業プロセスは本参照資料3頁を参照されたい。
①企業のトップを含む経営陣で承認されていること
②企業内外の専門的な情報・知見を参照した上で作成されていること
③従業員、取引先、及び企業の事業、製品又はサービスに直接関わる他の関係者に対する人権尊重への企業の期待が明記されていること
④一般に公開されており、全ての従業員、取引先及び他の関係者にむけて社内外にわたり周知されていること
⑤企業全体に人権方針を定着させるために必要な事業方針及び手続に、人権方針が反映されていること
この点、日本貿易振興機構(ジェトロ)が2023年に結果を公表した調査によれば、対象企業(※1)のうち32.9%の企業が人権方針を「策定している」と回答した。「1年以内に策定予定」、「数年以内の策定を検討中」と回答した企業を含めると、約7割の企業が人権方針を策定中又は策定へ意欲を示していることになり(※2)、日本において人権方針の策定については一定程度取組みが進んでいると評価されている。
(※1)ジェトロが調査対象企業とした9,377社(うちジェトロ・メンバーズ3,300社、メンバーズ以外でジェトロのサービスを利用したことのある企業6,077社)に案内状を送付し、3,118社から有効な回答を得たもの。業種、規模、上場・非上場の別による区別はなされていない。
(※2)日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2023年2月付け)58頁
人権DDは、「企業が、自社・グループ会社及びサプライヤー等における人権への負の影響を特定し、防止・軽減し、取組の実効性を評価し、どのように対処したかについて説明・情報開示していくために実施する一連の行為」である(本ガイドライン2.1.2)。
人権DDの第一歩は、企業が関与している、又は、関与し得る人権への負の影響(人権侵害リスク)を特定・評価することである(本ガイドライン4.1)。具体的には以下のステップで実施することが考えられる(本参照資料7頁)。ステップ①ないし③で使用できる参考資料及び作業シートを経済産業省が公表しており、最初に取組みに着手する際にはこれらの資料を活用することが考えられる。
これらのステップを実効的なものにするには、様々なステークホルダーと対話し、その結果を反映することが有益である(本ガイドライン4.1)(※3)。例えば、自社工場の従業員にアンケートやヒアリングを実施することや、サプライヤーに対するCSR調達方針の説明会を実施すること、自己評価アンケートへの回答を依頼することなどが考えられる(本ガイドライン4.1.2.1)。
各ステップにおいて留意すべき点は以下のとおりであると考えられる。
まず、取組みの初期段階から人権への負の影響を同時かつ網羅的に対応するのは困難であることから、本ガイドラインは、人権への負の影響の「深刻度」(人権への負の影響の規模、範囲、救済困難度により判断されるもので、企業経営に与え得る負の影響(経営リスク)を基準とするものではない)が高いものから対応していくという考え方を示している(本ガイドライン4.1.3。深刻度が同程度の場合についての本ガイドライン2.2.4の記載も参照)。
また、脆弱な立場にあるステークホルダー(外国人、女性、子ども、障害者、先住民族、民族的又は種族的、宗教的、及び言語的少数者等)には特別な注意を払う必要がある(本ガイドライン4.1.2.2)。
日本貿易振興機構(ジェトロ)が2023年に結果を公表した調査によれば、人権DDを実施しているのは調査対象企業(※4)のうち10.6%である。「1年以内に実施予定」ないし「数年以内の実施を検討中」と回答した企業を含めると、約5割の企業が人権DDを実施中または実施に意欲を示している。特に、情報通信機械/電子部品・デバイス、金融・保険にかかる企業は、約3割の企業が人権DDを実施済みである(※5)。
日本企業の対応は未だ始まったばかりといえるが、1次サプライヤーへの調査だけでも年単位の時間が必要との指摘があり(※6)、将来的な人権DD法の制定も踏まえると、現時点から人権DDの実施に向けた検討を進めておくべきものと考えられる。
(※3)2022年のロシアによるウクライナ侵攻時において、欧米企業がロシア事業の撤退・縮小に迅速に対応できたのは、危機発生以前から、政府、投資家、NGO及び経営者が密接にコミュニケーションを取っていたことなどによると指摘されている(https://www.alterna.co.jp/46872/)。
(※4)ジェトロが調査対象企業とした9,377社(うちジェトロ・メンバーズ3,300社、メンバーズ以外でジェトロのサービスを利用したことのある企業6,077社)に案内状を送付し、3,118社から有効な回答を得たもの。業種、規模、上場・非上場の別による区別はなされていない。
(※5)日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2023年2月付け)59頁
(※6)日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部 国際経済課 藪恭兵「経済安全保障法令の最新動向と求められる企業の対応~日本企業の対応と課題~」(2023年3月付け)9頁
前回記事において述べたとおり、人権に対する負の影響は以下の3つの類型で生ずる。
①企業が負の影響を引き起こす(cause)場合
②企業が負の影響を助長する(contribute)場合
③企業が、①や②に該当しないものの、取引関係によって事業・製品・サービスが人権への負の影響に直接関連する(directly linked)場合
①自社が負の影響を引き起こす(cause)場合や②これを助長する(contribute)場合には、負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を確実に停止するとともに、将来同様の事態に至ることを防止することが必要である。負の影響を引き起こしたり助長したりする活動を直ちに停止することが難しい場合は、その活動の停止に向けた工程表を作成し、段階的にその活動を停止する必要がある(本ガイドライン4.2.1.1)。
負の影響を防止・軽減する方法として、例えば以下の対応をすることが考えられる(本ガイドライン4.2.1.1)。
また、③自社の事業等が人権への負の影響に直接関連する(directly linked)場合には、企業は自らの影響力を行使し、又は、支援を行うことなどにより、負の影響の防止・軽減に努めるべきである(本ガイドライン4.2.1.2)。例えば以下の対応が考えられる(本ガイドライン4.2.1.2)。
【影響力の行使・強化の例】
【支援の例】
本ガイドラインは、人権への負の影響が生じている又は生じ得る場合の対応策として、直ちにビジネス上の関係を停止するのではなく、サプライヤー等との関係を維持しながら負の影響の防止・軽減に努めるべきであると規定しており、取引停止は最後の手段と位置づけられている点に留意が必要である(本ガイドライン4.2.1.3)。その詳細は次稿3(2)を参照されたい。
企業には、人権尊重のための取組みの実効性について、その効果を評価して継続的に改善するとともに、積極的に情報開示(ウェブサイトへの掲載やサステナビリティ報告書の公表など)をしていくことが期待される(本ガイドライン4.3及び4.4)。例えば以下の対応が考えられる(本ガイドライン4.3及び4.4)。
【評価の方法の例】
【実効性評価の社内プロセスへの組込の例】
【説明・開示する人権DDに関する基本的な情報の例】
2023年1月には、サステナビリティ情報開示に関して企業内容等の開示に関する内閣府令等が改正された。これにより、上場会社は、有価証券報告書においてサステナビリティ情報(人権の尊重に関する事項が含まれ得る(※7))を開示することが義務化された。本ガイドラインに基づく対応についても有価証券報告書で開示することが考えられる。
上場会社についてみると、自社のサステナビリティについての取組みの開示等を求めるコーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」という。)補充原則3-1③のコンプライ率はプライム市場で62.3%(1,145社)、スタンダード市場で59.1%(861社)となっており、他の原則と比較すると相対的に低い水準にとどまっており、サステナビリティを巡る課題への対応・開示をこれから進めていく会社も多い状況と指摘されている(※8)。
(※7)金融庁「記述情報の開示に関する原則(別添) ―サステナビリティ情報の開示について― 」注1
(※8)人権の尊重を含めたサステナビリティを巡る課題への積極的・能動的な取組みの検討を深めることを求めるCGコード補充原則2-3①のコンプライ率は95%程度(プライム市場は95.8%、スタンダード市場は94.0%)である。また、サステナビリティを巡る取組みについての基本的な方針の策定を求めるCGコード補充原則4-2②のコンプライ率はプライム市場で86.4%、スタンダード市場でコンプライ率は67.1%である(株式会社東京証券取引所上場部「東証上場会社 コーポレート・ガバナンス白書 2023」(2023年3月付け)141頁)。
本ガイドライン及び本参照資料が示している人権DDを実施するに際し、より具体的な検討をするに際しては、以下の資料が参考になる。
また、EUや各国政府が公表しているガイドラインやQ&A集、NGOによるレポート、イギリス等の現代奴隷法が企業に提出を義務づけている報告書なども参考になる(※9)。
上記のうち、GCNJ(※10)の「人権デュー・ディリジェンスの実践のためのマニュアル ~人権分野の責任ある企業行動~」は、日本企業が制作に関与しており、国際規範を前提としながら人権DDの具体的手順や必要な文書・記録のフォーマット(ひな形)を提供するなど、実務上の参照価値が高いものと考えられる。
(※9)佐藤暁子「外国人事件に関する研修 ~ビジネスと人権~」(二弁フロンティア第220号)(2023年2月20日付)10頁
(※10)GCNJ(一般社団法人グローバル・コンパクト・ネットワーク・ジャパン)は、持続可能な発展を目指すプラットフォームとして活動する組織であり、2023年7月時点で552の企業・団体が会員である(https://www.ungcjn.org/gcnj/about_gcnj.html)。
企業が引き起こし又は助長している人権への負の影響について、本ガイドラインは以下の救済方法を示している(本ガイドライン5)。
また、企業には、ステークホルダーが利用できる苦情処理メカニズムの確立(又は、業界団体等の苦情処理メカニズムへの参加)が求められる。苦情処理メカニズムは以下の要件をみたす必要がある(本ガイドライン5.1)。
①正当性
②利用可能性
③予測可能性
④公平性
⑤透明性
⑥権利適合性
⑦持続的な学習源
⑧対話に基づくこと
企業においては、既存の内部通報制度について上記8要件を充足するよう見直していくという対応や、まずは苦情処理メカニズムを導入した上で、8要件の充足についてはメカニズムを運用しながら徐々に進めていくなどといった対応も考えられる。