〒100-6114
東京都千代田区永田町2丁目11番1号
山王パークタワー12階(お客さま受付)・14階
東京メトロ 銀座線:溜池山王駅 7番出口(地下直結)
東京メトロ 南北線:溜池山王駅 7番出口(地下直結)
東京メトロ 千代田線:国会議事堂前駅 5番出口 徒歩3分
東京メトロ 丸の内線:国会議事堂前駅 5番出口
徒歩10分(千代田線ホーム経由)
セミナー
事務所概要・アクセス
事務所概要・アクセス
<目次>
1.はじめに
2.雇用管理上講ずべき措置等に関する規定
3.本指針案の概要
(1) 「職場におけるカスタマーハラスメント」の定義・解説
(2) 事業主が雇用管理上講ずべき措置の内容
(3) 事業主が行うことが望ましい取組みの内容
4.おわりに
2025年6月4日、カスタマーハラスメント(以下、「カスハラ」といいます。)の防止策を企業に義務づけること等を内容とする労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律の改正法が可決・成立されました(以下、「本改正法」といいます。2026年10月1日施行予定。)(※1、2)。
本改正法第33条第1項~第3項では、労働者の就業環境を害する「顧客等言動」(カスハラ)に関して、事業主に求められる対応等が規定され(後記2ご参照)、同条第4項では、厚生労働大臣が、これらの規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関する指針を定めることとされています(本改正法成立の経緯や全体の概要につきましては、猿倉健司・福田竜之介「カスタマーハラスメント防止措置の義務化(2025年6月改正労働施策総合推進法)について」(牛島総合法律事務所ニューズレター、2025年6月12日)等をご確認ください)。
2025年12月10日、かかる雇用管理上講ずべき措置等についての指針案(以下、「本指針案」といいます。)が公表されましたので(※3)、本稿では、その内容を解説いたします。
なお、本指針案については、2025年12月11日から2026年1月9日にかけてパブリック・コメントの意見募集を行っていることから(※4)、得られた意見をもとに、今後更なる追加修正が行われる可能性があります。
※1 「労働施策の総合的な推進並びに労働者の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律等の一部を改正する法律」(官報、2025年6月11日)23~24頁
※2 日本経済新聞「カスハラ防止が企業の義務に 改正法成立、女性の管理職比率公表も」(2025年6月4日)
※3 労働政策審議会 雇用環境・均等分科会(第88回)資料3-4別紙「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)」(2025年12月10日)
※4 厚生労働省「事業主が職場における顧客等の言動に起因する問題に関して雇用管理上講ずべき措置等についての指針(案)に関する御意見の募集について」(2025年12月11日)
冒頭にてご紹介した本改正法33条の規定は以下のとおりです。
| 第33条(職場における顧客等の言動に起因する問題に関する雇用管理上の措置等) | |
| 第1項: | 「事業主は、職場において行われる顧客、取引の相手方、施設の利用者その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者(次条第五項において「顧客等」という。)の言動であって、その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたもの(以下この項及び次条第一項において「顧客等言動」という。)により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備、労働者の就業環境を害する当該顧客等言動への対応の実行性を確保するために必要なその抑止のための措置その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。」 |
| 第2項: | 「事業主は、労働者が前項の相談を行ったこと又は事業主による当該相談への対応に協力した際に事実を述べたことを理由として、当該労働者に対して解雇その他不利益な取扱いをしてはならない。」 |
| 第3項: | 「事業主は、他の事業主から当該他の事業主が講ずる第1項の措置の実施に関し必要な協力を求められた場合には、これに応ずるように努めなければならない。」 |
| 第4項: | 「厚生労働大臣は、前三項の規定に基づき事業主が講ずべき措置等に関して、その適切かつ有効な実施を図るために必要な指針(次項において「指針」という。)を定めるものとする。」 |
上記のとおり、事業主には、労働者の就業環境を害するカスハラ対応の実行性を確保するために必要な措置の実施(第1項)、カスハラ相談を行ったこと等を理由に不利益な取扱いをしてはいけないこと(第2項)が義務として定められ、他の事業主への協力(第3項)が努力義務として定められています。
指針案では、事業主が講ずべき雇用管理上の措置の内容(後記(2))のほか、「職場におけるカスタマーハラスメント」の定義や解説(後記(1))、事業主が行うことが望ましい取組みの内容(後記(3))などが記載されています。
本指針案は、本改正法に直接は記載されていない「職場におけるカスタマーハラスメント」という用語を「職場において行われる①顧客等の言動であって、②その雇用する労働者が従事する業務の性質その他の事情に照らして社会通念上許容される範囲を超えたものにより、③労働者の就業環境が害されるものであり、①から③までの要素を全て満たすもの」と定義し、雇用管理上講じなければならない措置の対象を示しています。また、本指針案では、以下のとおり、定義内における各用語の解説も示されています。
| 事業主が雇用する労働者が業務を遂行する場所を指し、当該労働者が通常就業している場所以外の場所であっても、当該労働者が業務を遂行する場所については、「職場」に含まれる |
取引先の事務所、取引先と打合せをするための飲食店、顧客の自宅等であっても、当該労働者が業務を遂行する場所であればこれに該当することとされています。
| 正規雇用労働者のみならず、パートタイム労働者、契約社員等いわゆる非正規雇用労働者を含む事業主が雇用する労働者の全てをいう |
なお、労働者派遣の役務の提供を受ける者は労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の保護等に関する法律第47条の4の規定により、その指揮命令の下に労働させる派遣労働者を雇用する事業主とみなされることから、派遣労働者も雇用する労働者と同様に、雇用管理上講ずべき措置等を講じる必要があり、カスハラ相談をしたこと等を理由に不利益な取扱いをしてはなりません。
| 顧客(今後商品の購入やサービスの利用等をする可能性がある潜在的な顧客も含む。)、取引の相手方(今後取引する可能性のある者も含む。)、施設の利用者(駅、空港、病院、学校、福祉施設、公共施設等の施設を利用する者をいい、今後利用する可能性のある者も含む。)その他の当該事業主の行う事業に関係を有する者 |
上記の具体例としては、例えば、事業主の行う事業に関する内容等に関し問い合わせをする者や、取引先の担当者・企業間での契約締結に向けた交渉を行う際の担当者といったB to B取引の相手方、施設の近隣住民等が指針案に挙げられており、広範な概念となっています。
| 社会通念に照らし、当該顧客等の言動の内容が契約内容からして相当性を欠くもの、又は手段や態様が相当でないもの |
上記の該当性判断にあたっては、「言動の内容」と「手段や態様」に着目し、様々な要素(当該言動の目的、当該言動を受けた労働者の問題行動の有無や内容・程度を含む当該言動が行われた経緯や状況、業種・業態、業務の内容・性質、当該言動の態様・頻度・継続性、労働者の属性や心身の状況、当該言動の行為者とされる者)を総合的に考慮することが適当であるとされています。
「言動の内容」や「手段や態様」の一方のみが社会通念上許容される範囲を超える場合でもかかる言動に該当することになります。
| 当該言動により労働者が身体的又は精神的に苦痛を与えられ、労働者の就業環境が不快なものとなったため、能力の発揮に重大な悪影響が生じる等当該労働者が就業する上で看過できない程度の支障が生じること |
上記の該当性判断にあたっては、「平均的な労働者の感じ方」(同様の状況で当該言動を受けた場合に、社会一般の労働者が、就業する上で看過できない程度の支障が生じたと感じるような言動であるかどうか)を基準とすることが適当であるとされています。
本指針案では、大きく5つの講ずべき措置が定められており、その内容は以下のとおりです。
また、各措置の解説においては、当該措置を講じていると認められる具体例も示されています。企業においては、これらの具体例や企業の取組例等を参考に、以下の措置を講じなければなりません。
事業主は、職場におけるカスハラに関する方針の明確化、労働者に対するその方針の周知・啓発として、次の措置を講じなければならないこととされています。
● 職場におけるカスハラには毅然とした態度で対応し、労働者を保護する旨の方針を明確化し、管理監督者を含む労働者に周知・啓発すること
● 職場におけるカスハラの内容及びあらかじめ定めた職場におけるカスハラへの対処の内容を、管理監督者を含む労働者に周知すること
事業主は、労働者からの相談に対し、その内容や状況に応じ適切かつ柔軟に対応するために必要な体制の整備として、次の措置を講じなければならないこととされています。
● 相談窓口をあらかじめ定め、労働者に周知すること
● 相談窓口の担当者が、相談に対し、その内容や状況に応じ適切に対応できるようにすること
● 被害者が萎縮するなどして相談を躊躇する例もあること等も踏まえ、相談者の心身の状況や当該言動が行われた際の受け止めなどその認識にも配慮しながら、職場におけるカスハラが現実に生じている場合だけでなく、その発生のおそれがある場合や、職場におけるカスハラに該当するか否か微妙な場合であっても、広く相談に対応し、適切な対応を行うようにすること
事業主は、職場におけるカスハラに係る相談の申出があった場合において、その事案に係る事実関係の迅速かつ正確な確認及び適正な対処として、次の措置を講じなければならないこととされています。
● 事案に係る事実関係を迅速かつ正確に確認すること(必要に応じて他の事業主に事実関係の確認への協力を求めることも含む。)
● 事実関係の確認の結果、職場におけるカスハラが確認できた場合においては、速やかに被害者に対する配慮のための措置を適正に行うこと
● (職場におけるカスハラが生じた事実が確認できたかどうかにかかわらず)改めて職場におけるカスハラに関する方針を周知・啓発し、必要な場合には、職場におけるカスハラの発生の原因や背景となった商品・サービス・接客等における問題や顧客等とのコミュニケーションの不足などの改善を図る等の再発防止に向けた措置を講ずること(必要に応じて他の事業主に再発防止に向けた措置への協力を求めることも含む。)
事業主は、職場におけるカスハラの抑止のための措置として、労働者に対し過度な要求を繰り返すなど特に悪質と考えられるものへの対処の方針をあらかじめ定め、管理監督者を含む労働者に周知するとともに、当該方針において定めた対処を行うことができる体制を整備しなければならないこととされています。
事業主は、上記アからエまでの措置を講ずるに際しては、併せて次の措置を講じなければならないこととされています。
● 相談への対応又は当該カスハラに係る事後の対応に当たっては、相談者等のプライバシーを保護するために必要な措置を講ずるとともに、その旨を労働者に対して周知すること
● 労働者が職場におけるカスハラに関し相談をしたこと若しくは事実関係の確認等の事業主の雇用管理上講ずべき措置に協力したこと、都道府県労働局に対して相談、紛争解決の援助の求め若しくは調停の申請を行ったこと又は調停の出頭の求めに応じたことを理由として、解雇その他不利益な取扱いをされない旨を定め、労働者に周知・啓発すること
本指針案では、事業主が義務として行わなければならない上記(2)のほか、以下のとおり、望ましい取組内容も示しています。
● 職場におけるカスハラの原因や背景となる要因を解消するための取組み
● 必要に応じて、労働者や労働組合等の参画を得つつ、アンケート調査や意見交換等を実施するなどにより、その運用状況の的確な把握や必要な見直しの検討等に努めること
● 業種・業態等における被害の実態や業務の特性等を踏まえて、それぞれの状況に応じた必要な取組みを進めること
● 当該事業主が雇用する労働者が、他の事業主が雇用する労働者に対する言動についても必要な注意を払うよう配慮するとともに、事業主自らと労働者も、他の事業主が雇用する労働者に対する言動について必要な注意を払うよう努めること
●労働者を保護する旨の方針の明確化等を行う際に、職場における当該事業主が雇用する労働者以外の者に対する顧客等の言動についても、同様の方針を併せて示すこと
● 職場におけるカスハラに類すると考えられる相談があった場合には、その内容を踏まえて、講じなければならない雇用管理上の措置も参考にしつつ、必要に応じて適切な対応を行うように努めること
これらはいずれも義務的なものではありませんが、企業がカスハラ対策先進企業であることを示し、内外からのレピュテーションを高めるためには、重要な取組みといえます。また、実効的なカスハラ対策との関係で必要不可欠なものも含まれています。
例えば、業種・業態等における被害の実態や業務の特性等を踏まえることは実効的なカスハラ対策との関係で欠かすことができませんし、B to Bのカスハラが問題化している以上、自らの雇用する労働者が他の事業主の労働者にカスハラを行わないようにする意味でも、実質的に事業主が行わなければならない内容といえます。
雇用管理上の措置義務を定める本改正法の施行は、2026年10月1日とされています(※1)。
本稿にて解説した上記の講ずべき措置や望ましい取組内容は多岐にわたることから、企業においては、弁護士等の専門家の助言を得て、指針案に記載されている具体例等を参考に、今のうちから早急に対策に乗り出すことが重要です。
なお、カスハラに関する国・自治体や企業のこれまでの動向、企業の負いうるリスク等については、本稿のほか、以下をご参照ください。
● 猿倉健司・福田竜之介「カスタマーハラスメント規制に関する近時の動向と各社の対応実例」(牛島総合法律事務所ニューズレター、2024年6月5日)
● 猿倉健司・福田竜之介「2025年東京都カスハラ防止条例の実務ポイント①(条例の概要とポイント)」(牛島総合法律事務所ニューズレター、2025年1月21日)
● 猿倉健司・福田竜之介「2025年東京都カスハラ防止条例の実務ポイント②(ガイドラインに基づく実務対応)」(牛島総合法律事務所ニューズレター、2025年2月10日)
● 猿倉健司・福田竜之介「取引先からのカスハラ(B to Bカスハラ)に関する留意点」(牛島総合法律事務所特集記事、2025年2月25日)
● 猿倉健司・福田竜之介「カスタマーハラスメント防止条例に関する各自治体の動向」(牛島総合法律事務所ニューズレター、2025年3月4日)
● 猿倉健司・福田竜之介「カスタマーハラスメント防止措置の義務化(2025年6月改正労働施策総合推進法)について」(牛島総合法律事務所ニューズレター、2025年6月12日)
● 猿倉健司・福田竜之介「2026年施行カスタマーハラスメント規制の法制化と企業実務への影響」(Manegy、2025年11月6日)
また、カスハラが企業間でも問題となることについては、上記のほか、下記当職の担当記事、取材コメント等もご確認ください。
● 日経ビジネス電子版「政府が関連法案を閣議決定 企業間のカスハラ深刻 下請法違反に発展も」(2025年3月28日)、日経リスクインサイト「危機管理としてのカスハラ対策」(2024年8月8日)、日本経済新聞「カスハラ、企業間でも問題に「暴言」浴びる営業担当」(2024年6月28日)
● 猿倉健司「クレームへの現場対応・広報対応マニュアルの弊害と現実的対応」(経営法友会リポートNo.590、2023年4月)、猿倉健司「研究開発リーダーも知っておきたい~ カスハラ問題の基礎と対策 [カスハラ規制化の動きと事業者に求められる対応]」(研究開発リーダー、2025年3月)
以 上