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<目次>
1.はじめに
(1)「ビジネスと人権」にかかる国内の動向
(2)「ビジネスと人権」にかかる海外の動向 
2.日本における近時の動向――「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」及び「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」の策定
(1)企業による人権尊重の取組の全体像(総論) (以上、第1回)
(2)人権方針の作成・表明
(3)人権DD
(4)救済 (以上、第2回)
3.日本企業に求められる対応
(1)本ガイドライン及び本参照資料を踏まえた体制整備
(2)「ビジネスと人権」が企業実務に与える影響の具体例
4.おわりに (以上、第3回)

前回までの記事(第1回及び第2回)においては、ビジネスと人権に関する国内外の動向や、2022年9月に経済産業省が公表した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「本ガイドライン」という。)の概要等について解説した。

今回の記事では、上記を踏まえ、ビジネスと人権分野において日本企業に求められる実務的な対応のポイントを解説する。

3.日本企業に求められる対応

(1) 本ガイドライン及び本参照資料を踏まえた体制整備

本ガイドラインは日本における全ての企業を対象とするものであるから、本ガイドラインや2023年4月に経済産業省が公表した「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のための実務参照資料」(以下「本参照資料」という。)を踏まえた体制整備を進めることが重要である。
特に、人権尊重への対応がコーポレートガバナンス・コードにより明示的に求められている上場会社は、本ガイドラインや本参照資料を踏まえて検討を深める必要が高い。
また、日本政府は、2023年4月、日本政府の実施する公共調達で用いる契約書等において、入札希望者/契約者は本ガイドラインを踏まえて人権尊重に取り組むよう努める旨の記載の導入を進めることを決定した(※1)。つまり、公共調達に参加している企業においては、本ガイドラインを踏まえて体制整備を進めることが事実上必須になるものと考えられる。
上記以外の企業も例外ではない。ジェトロが実施した調査によれば、大企業のうち5割の企業は、自社のサプライチェーンにおける人権方針について、調達先企業へも「準拠を求めている」と回答している。中小企業であっても大企業と取引する場合が少なくないことから、本ガイドラインを踏まえた対応が今後さらに求められていくと考えられる。なお、顧客から人権尊重方針への「準拠を求められている」企業は全体の24.7%であり、関連の問合せを受けた企業も含めると3社に1社が顧客から人権尊重に関する対応を求められているとのことである(※2)。第1回の記事において述べたとおり、三菱UFJフィナンシャル・グループが、2023年7月から融資先のサプライチェーンに人権問題がないか詳細に検討するとともに、改善が見込めない場合は新規融資を停止することを公表するなど、3メガバンクが人権問題で融資の審査を厳格化するとも報道されている(※3)。
一般に、企業がビジネスと人権に関する体制整備を怠った場合には、サプライチェーン上のステークホルダーの人権侵害といった負の影響が生じるだけでなく、企業にとって例えば以下のような経営リスクが生じるとされおり、その結果、株主、取引先、消費者あるいは人権侵害を受けたと主張する者から、企業やその経営陣が責任を追及される可能性がある(※4)。

①オペレーションへのインパクト(規制当局による監視の強化、許認可の取得条件の厳格化、行政上の罰金・罰則など)
②レピュテーションへのインパクト(NGOやマスコミによるネガティブキャンペーン、消費者による不買運動など)
③財務上のインパクト(ダイベストメント(投資引上げ)、株価の下落など)
④法務的なインパクト(訴訟等への対応など)

このような一般的な経営リスクだけでなく、前述したビジネスと人権に関する動向からすれば、企業が体制整備を怠れば、政府が実施する公共調達への参加ができなくなり、また、銀行からの融資が受けられないなどといった、具体的な経営リスクに直面する状況になっているのである。

(※1)「公共調達における人権配慮について」(ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議決定)(2023年4月3日付け)
(※2)日本貿易振興機構(ジェトロ)海外調査部「日本企業の海外事業展開に関するアンケート調査」(2023年2月付け)60及び61頁
(※3)日本経済新聞「3メガ銀、融資審査で人権厳格に 改善なしで新規受けず」(2023年6月28日付け)
(※4)松井智予「日本における人権尊重関連制度の現状と経営陣リスク」(Jurist1580号、2023年2月)19頁などを参照。

(2) 「ビジネスと人権」が企業実務に与える影響の具体例

ア 契約実務への影響

(ア) 契約の合意内容/解釈について

自社が策定した人権方針や調達基準等については、取引先との取引基本契約において、遵守義務やその履行確保方法を規定することが考えられる(本ガイドライン4.2.1.3参照)。かかる対応はビジネスと人権の観点から以下の点に意味があると考えられる。

  • 企業が取引先への影響力を契約上確保すること
  • 人権尊重に向けた姿勢を対外的に示すこと
  • 人権侵害発生時の責任範囲を明確化すること

上記のような条項を取引基本契約に規定をする際には、例えば、以下の資料が参考になる。

  • 米国法曹協会のモデル契約条項
    • 買主と売主の双方が、人権デューディリジェンスを行うこと(1.1条)
    • 売主が自身の義務を遵守できない場合には買主が支援すること(1.3条)
    • 買主が人権侵害を引き起こし又はその一因となった場合には、買主が改善計画の作成と実施に参加すること(2.3条(e))
  • 日弁連「人権デュー・ディリジェンスのためのガイダンス(手引)」に掲載のCSR条項
    • サプライヤーのCSR行動規範の遵守義務(2項)
    • サプライヤーの人権DD実施義務(3項)
    • 発注企業の情報提供義務、調査権・監査権、是正措置要求(4項、7項、8項)
    • サプライヤーの実施状況報告義務、通報義務(5項、6項)
    • サプライヤーの義務違反の責任(9項、10項)
  • International Bar Association(IBA)の「Handbook for lawyers」「Chapter 2 – Commercial transactions
    • 特定した人権リスクに契約上どのように対処できるかについて、主要な契約類型(長期供給契約(商品)/長期供給契約(サービス)/販売契約/フランチャイズ契約)毎に、具体的な選択肢が挙げられている。

なお、明示的な合意がなかったとしても、契約上の債務の履行の過程において人権侵害が生じた場合には契約不適合責任を問われる可能性が残ることに留意が必要である(※5)。

(※5)木戸茜「「ビジネスと人権」の視点がもたらす契約法学へのインパクト」(Jurist1580号、2023年2月)32頁

(イ) サプライチェーンにおいて人権侵害が発覚した際における対応の考え方

サプライヤー等による人権侵害が発覚した場合には、同社との取引を停止するかどうかも含めた対応方針の決定が重要となる。
本ガイドラインにおいては、「取引停止は最後の手段」であって、まずは取引関係を維持しながら負の影響の軽減等に努めるべきものとされている(本ガイドライン4.2.1.3)。取引を継続する場合の対応例は以下のとおりである。

  • 取引先の状況を継続的に確認する
  • 定期的に取引を継続することの妥当性について見直す
  • 取引維持の決定がいかに自社の人権方針と一致するものであるか、負の影響を軽減するために影響力を行使する試みとして何が行われているか、取引先の状況を今後どのように確認し続けるかを説明する

取引を継続した状態での対応(負の影響の防止や軽減の試み)が何度も失敗した場合や、負の影響が解消不能な場合、改善する合理的な見込みがない場合には、取引停止を検討することになる(本ガイドライン4.2.1.3脚注77)。取引を停止する場合の対応例は以下のとおりである。

  • 取引停止の段階的な手順を事前に取引先との間で明確にしておく
  • 取引停止決定を基礎づけた人権への負の影響について、取引先が適切に対応できるよう情報を提供する
  • 可能であれば、取引先に対して取引停止に関する十分な予告期間を設ける

なお、企業の人権尊重責任は、企業にとって法令違反や契約違反を生じさせる取組みを求めるものではないことから、取引停止が必要な場合であっても、取引停止による違約金等が生じる場合に契約解除のための手順を踏むこと(期間満了まで契約を続け、期間満了をもって契約を終了することなど)も考えられる(本ガイドライン4.2.1.3参照)。

イ M&A実務への影響

本ガイドラインが企業に実施を求める人権DDは、M&A実務において実施されるデューデリジェンス(DD)とは異なるものである。
M&AにおけるDDは、当該M&Aという一回的な取引に伴う各種の経営リスクを把握するためのものであるが、人権DDは、企業が関与する(経営リスクではなく)各種ステークホルダーの人権への負の影響(人権侵害)を把握することを目的としており、そのプロセスも一回的なものではなく継続的に実施されるべきものである(本ガイドライン4.1.2.1参照)。
もっとも、ビジネスと人権に関する社会的要請が高まり続けており、これに反する事態より生ずる経営リスクも大きくなっていると考えられる近時の動向を踏まえれば、M&Aにおいても、対象会社が関与する人権侵害の有無(及びこれによって買主企業が被る可能性のある経営リスク)をDDにおいて検証することはますます重要になっている。かかる検証の際には、対象会社の人権方針や関連規程・マニュアルといった資料や、過去の当局やNGO等とのコミュニケーションに関する資料の開示を受けることのほか、ビジネスと人権分野に関する対象会社の担当役員・従業員にインタビューを実施する方法などが考えられる。
より詳細には、International Bar Association(IBA)「Handbook for lawyers」の「Chapter 1 – Mergers and acquisitions (M&A) and corporate restructuring」を参照されたい。同資料は、M&AのDDにおいて人権リスクを調査する際の質問項目(例えば以下のようなもの)や、特定した人権リスクへの契約上の対処方法等を紹介している。

  • 対象会社の経営陣は、ビジネスと人権に関して公の方針をコミットしているか。
  • 対象会社は人権行動規範に従って運営されているか。どこに文書が存在し、従業員にどのように周知されているか。人権研修がスタッフの研修等に含まれているか。対象会社はその行動規範に従った運営について報告がされているか。その報告は外部的に検証されているか。その報告については一般的に定評のあるフレームワークに基づくものか。
  • 対象会社はその事業に関連する人権リスクやその管理について開示しているか。その内容が外部で検証または評価されているか。開示について定評のあるフレームワークが用いられているか。当該開示は人権リスクの開示に関する適用法令等が求める要件を満たすか。
  • 対象会社が人権関連リスクの主たる原因として特定したものは何か。特定された人権への悪影響を評価、対処、軽減、是正するためにどのような措置を講じたか。
  • 対象会社は、ビジネスと人権に関する自主規制や業界固有の取組みに参加しているか(またはその対象か)。これらの取り組みに対する対象会社の遵守状況について何らかのコメントを受領しているか。
  • 対象企業は、独立したベンチマークやネガティブニュース、株主のアクション、デモ、消費者のボイコットなどの対象となったことがあるか。

M&Aの対象会社が関与する人権侵害等がDDにより発見された場合には、本ガイドラインの考え方からすると、人権への負の影響の防止・軽減のための継続的な対応が必要となると考えられる。

4.おわりに

第1回から今回までの記事においては、「ビジネスと人権」分野において企業に求められる対応について、国内外の動向を踏まえて解説した。日本においては、本ガイドラインなどのソフトローの整備が急速に進展しており、各企業においては本ガイドライン等に沿った対応の検討が急務である。

今後、ソフトローの改定や人権DDを企業に義務付ける法律(ハードロー)の制定なども想定されるところであり、各企業においては、国際法務やM&A実務に精通した法律専門家等の助言も得ながら体制整備を進めることが重要である。

以 上

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