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<目次>
1. はじめに
(1) ジャニーズ問題の概要
(2) ジャニーズ問題のような人権侵害は各企業が深刻に受け止めるべき重大事案であること
2. 日本政府作成のガイドラインを踏まえた検討の必要性
3. 本ガイドラインが想定する人権侵害の類型
4. 取引停止に関する考え方
5. 取引停止等に関連する法的リスクと対応策

1.はじめに

ジャニーズ事務所におけるいわゆる性加害問題(以下「ジャニーズ問題」という。)をきっかけに、取引先において人権侵害が判明した場合の企業の対応に注目が集まっている。このような場合における企業の対応に際しては、企業の事業活動に関連して人権侵害が生じた場合などに問題となる「ビジネスと人権」の観点からの検討が必要不可欠である。

(1) ジャニーズ問題の概要

2023年3月18日にBBCが故ジャニー喜多川前社長による性加害疑惑を報道したこと(※1)、同年4月12日にジャニーズJr.の元メンバーが日本外国特派員協会で会見し、前社長による性加害を告発したことなどをきっかけに、国連ビジネスと人権の作業部会が調査を実施して、被害者の実効的救済や正当かつ透明な苦情処理メカニズムの確保等をするべきとの提言を行った(※2)。
そのような経緯もあり、ジャニーズ事務所は、外部専門家による再発防止特別チームを設置して調査を行い、2023年8月29日にその調査報告書を公表した(※3)。調査報告書は、故ジャニー喜多川前社長による性加害を認定するとともに、再発防止策として、被害者の救済措置制度、人権方針の策定と実施、ガバナンスの強化(代表取締役のジュリー藤島氏の辞任や社外取締役の活用)等を提言している(※4)。2023年9月7日に、ジャニーズ事務所は、その記者会見において故ジャニー喜多川前社長による性加害を認めて謝罪した。
ジャニーズ事務所に所属するタレントを広告や販促活動等に起用していた企業は、例えば以下のとおり、相次いで同事務所との取引関係の見直しを表明している。

  • 所属タレントの起用の停止(例:花王、大阪ガス)
  • 契約期間満了時に契約を更新しないことの表明(例:東京海上日勤火災保険、日本マクドナルド)
  • 所属タレント個人との契約への切替えなどを検討(例:アフラック生命保険)

また、帝国データバンクの調査(2023年9月30日時点)によれば、テレビCMなどの広告・販促活動にジャニーズタレントを起用した上場企業65社のうち、放映中のCMなどを「中止する」と表明した企業は19社、契約期間満了後に「契約を更新しない」などの対応を表明した企業は14社に上っている(※5)。

(※1)BBC NEWS「J-POPの捕食者 秘められたスキャンダル」(2023年3月18日付け)
(※2)国連ビジネスと人権の作業部会「訪日調査、2023 年 7 月 24 日~8 月 4 日 ミッション終了ステートメント」(2023 年 8 月 4 日付け)9頁
(※3)株式会社ジャニーズ事務所「外部専門家による再発防止特別チームに関する調査結果について」(2023年8月29日付け)
(※4)外部専門家による再発防止特別チーム「調査報告書(公表版)」(2023 年 8 月 29 日付け)55頁~66頁
(※5)株式会社帝国データバンク「特別企画:「ジャニーズタレント」CM 等起用の上場企業動向調査(2023 年 9 月 30 日時点)」(2023年10月2日付け)

(2) ジャニーズ問題のような人権侵害は各企業が深刻に受け止めるべき重大事案であること

故ジャニー喜多川前社長による性加害は、まず、社会で取り残されやすく脆弱な立場にある児童に対するもので(※6)、性加害という極めて重大な人権侵害であること(被害者には様々なトラウマ反応、すなわちフラッシュバックなどの精神的不調が将来にわたりが生じ得るし被害前の状態を回復することも容易ではない)(前掲※4・24頁及び25頁)、数十年にわたり数百名の被害者が存在している可能性があり侵害の規模が大きく範囲も広いことから、極めて深刻な人権侵害である(人権侵害の深刻度については本ガイドライン(後述)の4.1.3.2参照)。
取引先企業としても、かかる重大な人権侵害を長期にわたり引き起こした企業と漫然と取引関係を続けるということは、国際的な人権感覚に照らし到底許容されるものではないことを十分に理解する必要がある。現に、国連ビジネスと人権の作業部会はジャニーズ問題を「深く憂慮すべき疑惑」として、「日本の全企業に対し、積極的に[人権デュー・ディリジェンス]を実施し、虐待に対処するよう強く促します」旨を表明した(前掲※2・9頁)。また実際に、帝国データバンクの上記調査によれば、ジャニーズタレントの起用見直しを表明した上場企業の海外売上比率は平均で3割を超えたとのことである(前掲※5)。
特に国際的にビジネスを展開する企業においては、本件あるいは類似事例が生じた際には事態の重大性を十分に理解して速やかに対応を検討する必要がある。
本稿では、ジャニーズ問題を踏まえ、取引先企業において人権侵害が判明した際の企業の対応について、特に再発防止特別チームの調査報告書などでも言及されていた「ビジネスと人権」の観点から検討したい。「ビジネスと人権」の一般的で網羅的な解説については、当事務所の以下のニューズレターを参照されたい。

(※6)unicef「子どもの権利とビジネス原則」(2012年3月付け)2頁

2.日本政府作成のガイドラインを踏まえた検討の必要性

取引先において人権侵害が判明した場合の企業の対応を含め、「ビジネスと人権」の分野において企業に求められる対応については、「ビジネスと人権に関する行動計画の実施に係る関係府省庁施策推進・連絡会議」により「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」(以下「本ガイドライン」という。)が公表されている。
本ガイドラインは、企業の事業活動に関係する人権への負の影響(以下本稿では「人権侵害」と表記する)に対して日本企業が適切に対応するために策定されたものであり、企業は本ガイドラインに基づく取組みに最大限努めるべきであるとされている(本ガイドライン1.1~3)。
企業の事業活動との関係で人権侵害が生じた場合の企業の対応においては、これまで主として企業自身の経営リスク(取引先や行政当局からの監視強化や制裁、株価や売上の下落、レピュテーション低下、訴訟提起を受けること等)の観点から検討されてきた。本ガイドラインは、企業の人権尊重責任を根拠として、人権侵害を防止・軽減することを目的とした取組みを企業に求めている点が重要である。
以下では、取引先において人権侵害が判明した場合の対応について、本ガイドラインを踏まえて検討することとしたい。

3.本ガイドラインが想定する人権侵害の類型

企業活動に際して人権侵害が生じている場合、以下の3つの類型がある(本ガイドライン2.1.2.2)。

①企業が人権侵害を引き起こす(cause)場合

②企業がその活動を通じて-直接に、又は外部機関(政府、企業その他)を通じて-人権侵害を助長する(contribute)場合

  • 例:過去の取引実績から考えると実現不可能なリードタイムであると知りながら、そのリードタイムを設定してサプライヤーに対して納品を依頼した結果、そのサプライヤーの従業員が極度の長時間労働を強いられる場合。

③企業が、①や②に該当しないものの、取引関係によって事業・製品・サービスが人権侵害に直接関連する(directly linked)場合

  • 例:小売業者が衣料品の刺繍を委託したところ、受託者であるサプライヤーが、小売業者との契約上の義務に違反して、児童に刺繍を作成させている業者に再委託する場合。

上記の①又は②の場合には、企業はその活動を確実に停止(直ちに停止することが難しい場合には工程表を作成して段階的に停止)するとともに、将来同様の事態に至ることを防止する必要がある(本ガイドライン4.2.1.1)。上記の③の場合にも、企業は自らの影響力を行使し、又は、支援を行うことなどにより、人権侵害の防止・軽減に努めるべきである(本ガイドライン4.2.1.2)(※7)。
ジャニーズ問題のように、取引先企業における人権侵害が判明した場合は上記のうち②または③に該当し得るものと考えられるが、各企業においては、まずは自社の関与がいずれの類型に該当するかを整理したうえで、対応について検討することが重要である。

(※7)ここで、人権侵害の防止・軽減に「努める」べきとされているのは、人権侵害を①引き起こし(Cause)又は②助長(Contribute)している場合と異なり、企業の影響力が及ばない範囲において人権侵害が発生することもあるためである(本ガイドライン別紙Q&AのNo.9)。企業においては、具体的には、影響力を行使し、若しくは、影響力がない場合には影響力を確保・強化し、又は、支援を行うことにより、その人権侵害を防止・軽減するように努めるべきとされている(同上)。

4.取引停止に関する考え方

取引先における人権侵害が判明した場合、漫然と取引を継続すれば自社のレピュテーションリスク(例えば、人権侵害に寛容であると評価されるリスク)その他の経営リスクが生じ得る。
この点について、人権尊重のための企業責任という観点から、本ガイドラインは、取引停止(すなわち契約解除や契約不更新)は最後の手段であって、直ちにビジネス上の関係を停止するのではなく、サプライヤー等との関係を維持しながら人権侵害の防止・軽減に努めるべきであると規定している(本ガイドライン4.2.1.3)。ジャニーズ性加害問題当事者の会も、ジャニーズタレントを起用している企業においてジャニーズ事務所との取引を直ちに停止することを希望するものではない旨を表明している。
これは、取引の停止により、自社と取引先における人権侵害との関連性を遮断しても、それにより人権侵害自体をなくすことには必ずしもつながらず、むしろ注視の目が届きにくくなったり、取引停止に伴い相手企業の経営状況が悪化するなどして、人権侵害がさらに深刻になる可能性もあるためである(本ガイドライン4.2.1.3、同別紙Q&AのNo.10)。
かかる観点から、取引を継続する場合の対応例は以下のとおりである。

  • 取引先の状況を継続的に確認する。
  • 定期的に取引を継続することの妥当性について見直す。
  • 取引維持の決定がいかに自社の人権方針と一致するものであるか、人権侵害を軽減するために影響力を行使する試みとして何が行われているか、取引先の状況を今後どのように確認し続けるかを自社のステークホルダーに説明する。

上記のうち、取引先の状況確認に際してはヒアリングだけでなく現地調査をすることが効果的であるし、影響力を行使する方法としては、一方的に是正を求めるだけでなく、例えば取引内容を見直したり取引先の研修に協力することも考えられる。
取引を継続した状態での対応(人権侵害の防止や軽減の試み)が何度も失敗した場合や、人権侵害が解消不能な場合、改善する合理的な見込みがない場合には、取引停止を検討することになる(本ガイドライン4.2.1.3脚注77)。取引を停止する場合の対応例は以下のとおりである。

  • 取引停止の段階的な手順を事前に取引先との間で明確にしておく。
  • 取引停止決定を基礎づけた人権侵害について、取引先が適切に対応できるよう情報を提供する。
  • 可能であれば、取引先に対して取引停止に関する十分な予告期間を設ける。

より具体的には、例えば、独立した第三者による調査の実施とその結果を踏まえた救済措置や再発防止策の実施を求め、期限までに完了しない場合には契約を終了する旨をあらかじめ通知しておくことが考えられる。あるいは、取引を一時的に停止するにしても、契約関係は維持するとともに、取引再開の条件として救済措置や再発防止策の実施を求めることも考えられる。
ジャニーズ問題のように、取引先企業における人権侵害が判明した場合は、上記のような本ガイドラインの考え方を理解したうえで、人権侵害の深刻度を含めた個別具体的な事情や専門家のアドバイスを踏まえて対応を検討することが重要である。

5.取引停止等に関連する法的リスクと対応策

以上のように、取引先企業における人権侵害が判明した場合の対応には、取引先企業の調査、是正要請、取引の一時停止や解除など様々な方法があり得るところ、これらの対応をとることが取引先企業との間の契約上も可能であることが確保されている必要がある。各企業においては、取引先との契約において、例えば、策定した人権方針やこれを基にした行動規範及び調達基準等の遵守義務やその履行確保方法(調査権限や取引先の協力義務)をあらかじめ規定しておくことが考えられる。その際には、以下の資料が参考になる。

なお、かかる規定を事前に設けておくことで、単に取引先企業における人権侵害が判明した場合に円滑な対応をできるというのにとどまらず、人権侵害を引き起こすないしその可能性のある企業との取引関係を事前に排除できる可能性があることは注目されるべきである。
また、取引先企業との契約において、取引停止の際には違約金等が生じる旨が規定されている場合には、違約金の支払義務が生じることがないよう、契約解除に向けた必要な手順を踏むこと(期間満了まで契約を続け、期間満了をもって契約を終了することなど)が考えられる(本ガイドライン4.2.1.3参照)。また、取引先における人権侵害の軽減・防止に向けて影響力を行使する際には、独占禁止法や下請法をはじめとする関係法令に違反することがないよう留意しなければならない(本ガイドライン2.1.3脚注35)。
他方で、必要な検討・対応をすることなく、人権侵害が判明した取引先との取引を漫然と続けた場合には、人権侵害に加担しているあるいは許容しているなどとして強い非難にさらされることになるし、人権侵害の被害者から不法行為等に基づく損害賠償請求訴訟を提起される可能性も否定しきれない(※8)。
企業においては、これらの事態に突然直面するということがないように、実効的な人権デュー・ディリジェンスを継続的に実施して、取引先によるものも含めた人権侵害の未然防止や軽減に努めておくことも重要である。その際には、取組全体にわたり、ステークホルダー(取引先、従業員、労働組合、消費者、NGO、業界団体、投資家・株主など)の対話や(本ガイドライン2.1.2.3及び2.2.3)、取組みの実効性を継続的に評価・改善して情報開示をしていくことの重要性も留意すべきである(本ガイドライン4.3及び4.4)。

(※8)松井智予「日本における人権尊重関連制度の現状と経営陣リスク」(Jurist1580号14頁、2023年)19頁

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