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牛島総合法律事務所 Client Alert 2023年12月27日号
<目次>

  1. コーポレート/会社法:
    四半期開示の見直しに関する実務の方針の概要
  2. M&A:
    中小企業庁「中小M&Aガイドライン」を改訂
  3. 訴訟/仲裁:
    調停に関するシンガポール条約の締結
  4. ファイナンス:
    金融商品取引法等の一部を改正する法律の成立について
  5. 不動産:
    抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前における、抵当権設定登記後に取得した賃貸人に対する債権と、差押え後の期間に対応する将来賃料債権とを直ちに相殺する合意の効力(最判令和5年11月27日)
  6. 事業継承/株主権:
    近時の株主提案の動向
  7. 危機管理/不祥事対応:
    「未成年者に対する性加害問題に関わる標準ガバナンスコード」(令和5年10月策定)について
  8. 独占禁止法:
    生成AIと独禁法・競争法
  9. 環境法:
    国内外で相次ぐESG規制の施行
  10. 労働法:
    フリーランス保護法の「就業環境の整備に関する規制」について
  11. 税務:
    被相続人が経営していた業績が悪化した会社に対する貸付金の相続税評価
  12. 事業再生/倒産:
    「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」の改定
  13. IT/個人情報/知的財産:
    個人情報の保護に関する法律施行規則の一部を改正する規則案等 雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項広島AIプロセスの検討状況 新AI事業者ガイドライン スケルトン(案)の公表 AI 時代における知的財産権に関するパブリックコメントの実施
  14. 国際業務:
    EU AI規制法に関する暫定的な政治的合意

1. コーポレート/会社法:四半期開示の見直しに関する実務の方針の概要

パートナー    石田 哲也
アソシエイト 木村 洋介

2023年11月20日、第1・第3四半期報告書の廃止を盛り込んだ金融商品取引法の改正が第212回国会で成立しました(四半期報告書の廃止に関する施行日は2024年4月1日が予定されております。)。この改正は、2022年6月の「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告」及び2022年12月の「金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループ報告」が示した第1・第3四半期報告書の四半期決算短信への一本化という方針に対応するためのものです。四半期決算短信への一本化の背景としては、四半期報告書と四半期決算短信についての内容面での重複等を避け、コスト削減や開示の効率化を目指すという点が挙げられます。
この改正を見据えて、東証は四半期開示の見直しに関する実務検討会を立ち上げ、2023年11月22日、「四半期開示の見直しに関する実務の方針」を公表しました。
以下、「四半期開示の見直しに関する実務の方針」の内容を簡単にご紹介します。

(1) 1Q・3Q四半期決算短信の開示内容・開示タイミング

第1・第3四半期決算短信の開示内容については、基本的な考え方として、四半期報告書で開示されていた事項のうち、投資者の要望が特に強い事項を四半期決算短信に追加し、開示を義務付けることとされました。
まず、サマリー情報では、監査人による義務のレビューと任意のレビューを区別して、「レビューの有無」を注記事項に記載することが求められます。
次に、添付資料のうち、財務諸表では、連結貸借対照表、連結損益計算書及び連結包括利益計算書の開示が一律に義務づけられます。キャッシュ・フロー計算書の開示は義務ではありませんが、投資判断に有用な情報として、投資者ニーズに応じた開示が要請されています。
添付資料のうち、注記事項では、現行の注記事項(継続企業の前提に関する注記等)に加えて、「セグメント情報等の注記」及び「キャッシュ・フローに関する注記」も義務づけられました。ただし、「キャッシュ・フローに関する注記」は、キャッシュ・フロー計算書を開示しない場合に、開示が求められます。
添付資料のうち、その他では、「経営成績等の概況」の開示が求められます。ただし、これについては、決算短信以外で開示を行うことも認められ、その場合、該当書類を参照すべき旨、参照方法を記載することが求められます。また、監査人のレビューを受ける場合、「レビュー報告書」も開示する必要があります。
第1・第3四半期決算短信の開示タイミングとしては、決算の内容が固まり次第開示を求めることとされています。決算の内容が固まったかは監査人によるレビューを義務で受けるのか任意で受けるのかで時点が異なります。また、開示までに、四半期末から45日を経過する場合には、その状況について適時開示を求めることとされています。

(2) 1Q・3Q四半期決算短信のレビューの一部義務付け、エンフォースメント

第1・第3四半期決算短信については、監査人によるレビューは原則任意とされています。ただし、会計不正等により、財務諸表の信頼性確保が必要と考えられる場合には、監査人によるレビューが義務付けられることとなりました。
また、取引所における開示に係る審査にあたっては、取引所から上場会社への確認が基本となりますが、取引所において、エンフォースメントをより適切に実施していくため、監査人との連携を強化し、監査人へのヒアリングを通じて会計不正の概要を早期に把握できる仕組みを構築するとされています。

(3) 見直し後の2Q・通期決算短信の取扱い

金融商品取引法上の法定開示である半期報告書・有価証券報告書は存続することから、第2四半期・通期の決算短信については、現行の取扱いが維持されることとなりました。すなわち、第2四半期・通期の決算短信については、半期報告書・有価証券報告書に対する速報という位置づけが維持されます。

以上のように、第1・第3四半期の四半期決算短信では、従前とは異なることが要求されます。また、今後も内閣府令の改正や上場規則の改正が予定されているため、「四半期開示の見直しに関する実務の方針」も含め、関連する情報をアップデートしていくことが必要です。

2. M&A:中小企業庁「中小M&Aガイドライン」を改訂

パートナー 稗田 直己
アソシエイト 阿部  航

2023年9月、中小企業庁が「中小M&Aガイドライン(第2版)ー第三者への円滑な事業引継ぎに向けてー」(以下「本ガイドライン」)を公表しました。
※本ガイドライン:https://www.meti.go.jp/press/2023/09/20230922004/20230922004-b.pdf

中小企業庁は、後継者不在の中小企業がM&Aを検討・実行するための手引きや、これを支援する各種支援機関の行動指針等を示すことを目的として、2020年3月に「中小M&Aガイドラインー第三者への円滑な事業引継ぎに向けてー」(以下「旧ガイドライン」)を策定しました。
その後、後継者不在の中小企業もその対象に含む中小M&Aの市場が急速に拡大し、その支援機関が顕著に増加する中で、M&A専門業者に関して、その契約内容や手数料がわかりにくく、担当者によっては支援の質が十分と言えない場合があるなどといった中小M&Aを取り巻く課題について対応することを目的に、旧ガイドラインの改訂が行われ、本ガイドラインとして公表されました。
本ガイドラインは、「中小企業のM&Aに対する適切な支援を実現するために、特に支援機関においては、本ガイドラインの考え方に準拠した対応を行うことを期待する」としています(本ガイドライン10頁)。

本ガイドラインの旧ガイドラインからの主な改訂点として、以下の(1)乃至(5)が挙げられます。

(1) 仲介者・FAの手数料の整理について

  • 手数料の算定方式として実務上多く用いられるレーマン方式(「基準となる価額」に応じて変動する各階層の「乗じる割合」を、各階層の「基準となる価額」に該当する各部分にそれぞれ乗じた金額を合算して、報酬を算定する手法)について、「基準となる価額」に採用される考え方(譲渡額、移動総資産額または純資産額など)により報酬額が大きく変動し得ることから、「基準となる価額」の考え方・金額の目安や報酬額の目安を確認しておくことが重要であること等の留意点を明記。
レーマン方式の一例(※本ガイドライン54頁)
基準となる価額(円)乗じる割合(%)
5億円以下の部分5
5億円超10億円以下の部分4
10億円超50億円以下の部分3
50億円超100億円以下の部分2
100億円超の部分1
  • 設定されることが多い最低手数料について、登録M&A支援機関における最低手数料の金額別の分布や最低手数料が適用される事例の紹介。

(2) M&A専門業者の支援の質の確保・向上に向けた取組について

  • M&A専門業者には、依頼者との契約に基づく善管注意義務や忠実義務を履行するのみならず、職業倫理を遵守することが求められる旨を明記。特にM&A専門業者が仲介者(譲渡側と譲受側の双方との契約に基づいてマッチング支援等を行う支援機関)の場合、利益相反のリスクに鑑み、いずれか一方の利益を優先しまたは不当に害するような対応をしてはならない旨を明記。
  • 上記のような支援の質の確保・向上のため、M&A専門業者の知識・能力の向上、適正な業務遂行を図ることが重要であり、M&A専門業者や業界に求められる取組を紹介。

(3) 仲介契約等の締結前の書面による重要事項説明について

  • 仲介契約及びFA契約に係る重要事項について、書面を交付する等して明確な説明をすることを明記。
  • 説明すべき重要な事項として、旧ガイドラインで列挙された項目に加え、手数料以外に依頼者が支払うべき費用、直接交渉の制限に関する事項、責任(免責)に関する事項、契約終了後も効力を有する条項等を追加。重要事項説明書のサンプルの掲載。
    ※M&A仲介契約/FA契約 重要事項説明書サンプル(本ガイドライン参考資料11): https://www.meti.go.jp/press/2023/09/20230922004/20230922004-11.pdf
  • 説明を受ける相手方(契約締結権限を有する者に説明を行う必要がある)、説明者(依頼者の質問等に適切に対応できる十分な経験・能力を有する者が説明を行うのが望ましい)、説明後の依頼者の十分な検討時間の確保等を明記。

(4) 直接交渉の制限に関する条項の留意点について

  • 直接交渉の制限に関する条項(依頼者が、M&Aの相手方となる候補先と、M&A専門業者を介さずに直接、交渉又は接触することを禁じる旨の条項)について、直接交渉が制限される①候補先、②交渉目的、③期間を、それぞれ①(依頼者が明示的に了解している場合を除き)M&A専門業者が関与・接触し、紹介した候補先に限定、②依頼者と候補先のM&Aに関する目的で行われる交渉に限定、③仲介契約・FA契約が終了するまでに限定すべきことを明示。

(5) M&A専門業者に依頼する場合の留意点について

  • セカンド・オピニオンについて、「狭義のセカンド・オピニオン」(支援を受けようとする、又は既に支援を受けている元の支援機関と同様の業務を提供する者による意見や助言)と「広義のセカンド・オピニオン」(元の支援機関と異なる業務を提供する者、特に士業等専門家や事業承継・引継ぎ支援センターによる意見や助言)に分けて整理。譲渡対価の決定やM&Aの最終契約の内容等の重要な事項に関して中立的・客観的な意見や助言を求める場合には、広義のセカンド・オピニオンが望ましいとした。
  • 秘密保持条項等について、セカンド・オピニオンを受けられるように契約内容を確認すべき旨を記載。
  • マッチング支援を単独の支援機関に依頼する場合と複数の支援機関に依頼する場合の利点・留意点の比較を記載。

後継者不在の中小企業においては、今回の改訂で示されたセカンド・オピニオンの活用の利点・留意点やマッチングの流れについて理解し、M&A専門業者から契約締結前に重要事項の適切な説明を受けた上で、自身にとって適切な選択を行ってM&Aを進めることが期待されています。
また、M&A支援機関、とりわけM&A専門業者においては、今回の改訂で示された仲介契約・FA契約締結前のプロセスを適切に履行して依頼者の理解を促すとともに、支援の質を確保・向上させるために本ガイドラインで紹介された各種取組を積極的に行うこと等が期待されています。

3. 訴訟/仲裁:調停に関するシンガポール条約の締結

パートナー  石川 拓哉
アソシエイト 服部  梓

(1)はじめに

令和5年10月1日、日本は、「調停による国際的な和解合意に関する国際連合条約」(調停に関するシンガポール条約)(以下「本条約」といいます。)を締結しました。
本条約は、調停による国際的な和解合意の執行等に関する枠組みについて定めるもので、日本においては令和6年4月1日より発効する予定です。(※1)
本条約の発効後、調停による国際的な和解合意につき、和解当事者が本条約等に基づき民事執行をすることができる旨の合意をした場合、和解当事者は、別途訴訟を提起して債務名義(判決等)を取得する時間や費用をかけることなく、日本の裁判所の執行決定を得て、日本で強制執行することが可能となります。

※1:外務省ウェブサイト(https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/press6_001600.html)

(2)強制執行の対象となり得る和解合意

本条約の対象となる調停とは、民事又は商事の紛争の解決をしようとする紛争当事者のため、紛争の解決を強制する権限を有しない第三者が和解の仲介を実施し、紛争の解決を図る手続をいいます。
本条約の的確な実施を確保するために制定された「調停による国際的な和解合意に関する国際連合条約の実施に関する法律」(令和5年法律第16号)(以下、「条約実施法」といいます。)は、本条約又は条約実施法に基づき日本における強制執行の対象となり得る和解合意について、以下のとおり定めています。

第一に、条約実施法は、国際性を有する和解合意(国際和解合意)に適用されます。国際和解合意とは、調停において当事者間に成立した合意であって、①当事者の全部又は一部若しくはその親会社が日本国外に主たる事務所又は営業所等を有するとき(条約実施法2条3項1号)、②当事者の全部又は一部が互いに異なる国に主たる事務所又は営業所等を有するとき(同項2号)、③当事者の全部又は一部が主たる事務所又は営業所等を有する国と和解合意に基づく義務履行地等が異なる国にあるとき(同項3号)のいずれかに該当するものをいいます。

第二に、条約実施法は、商事紛争に係る和解合意に適用されます。そのため、①個人が当事者となっている紛争(条約実施法4条1号)、②個別労働関係紛争(例:残業代請求、解雇無効)(同条2号)、③人事、家庭に関する紛争(例:離婚、相続)(同条4号)に係る国際和解合意は、適用除外とされています。

第三に、条約実施法に基づく強制執行が認められるのは、当事者間にその旨の適用合意がある場合、すなわち、当事者が本条約又は条約の実施に関する法令に基づき民事執行ができる旨の合意をした場合に限られます(オプトイン・アプローチ)(条約実施法3条)。そもそも、本条約は、当事者間に別段の合意がない限り適用され、本条約に基づく執行力が付与されるのが原則とされています(オプトアウト・アプローチ)。ただし、本条約は、例外的に本条約の締約国がオプトイン留保の宣言(和解合意の当事者が本条約の適用に合意した限度においてのみ本条約を適用する旨の宣言)をすることを認めており(本条約8条1項(b))、日本政府は、本条約締結の際、このオプトイン留保の宣言をしているのです。

最後に、条約実施法は、裁判外で行われる調停を対象としています。そのため、①裁判所において成立した和解合意(条約実施法4条4項4号)や、②仲裁判断としての効力を有する和解合意(同項5号)は、条約実施法による強制執行の対象から除外されます。

(3)国際和解合意の執行

調停により成立した国際和解合意が上記(2)に記載した条約実施法のそれぞれの要件を充たし、日本における強制執行の対象となり得るものと認められる場合、当該国際和解合意に基づいて民事執行をしようとする当事者は、日本の裁判所に対し、執行決定(国際和解合意に基づく民事執行を許す旨の決定)を求める申立てをしなければなりません(条約実施法5条1項)。
申立てを受けた裁判所は、執行拒否事由の有無(国際和解合意が効力を有するか、国際和解合意に基づく強制執行が公序良俗に反しないか等)を審査し、その事由がない限り、執行決定をしなければなりません(同条11項)。裁判所の執行決定がされると、執行決定を得た当事者は、確定した執行決定のある国際和解合意を債務名義として、強制執行をすることができます(改正後民事執行法22条6号の4)。

(4)終わりに

本条約の発効により、国際商事調停において本条約に基づき執行できる旨合意して当事者の和解合意が成立した場合、日本における執行力が認められることとなります。その結果、国際的な商事紛争の解決手段として、従来より外国における仲裁判断の執行が比較的容易であった国際商事仲裁(※2)に加え、従来は日本における利用状況が比較的低調とされていた国際商事調停も、とりわけ取引相手方企業が本条約の加盟国である場合には、有力な選択肢の一つに加わるものと考えられます。国際商事調停は、国際商事仲裁と比較し、簡易・迅速・低廉である点、結果の予測可能性が高い点、当事者対立性が低くビジネス関係を継続しやすい点、方式上の要件がなく手続実施のハードルが低い点などがメリットとして挙げられます。ただし、相手方が本条約非加盟国の企業である場合、当事者間で本条約及び関係法令に基づく強制執行ができる旨の合意をすると、相手方が国際和解合意に基づいて日本で強制執行できるようになる反面、日本企業は、相手方の国において和解合意を執行できないことになりますので、国際商事調停の利用を検討する際には、かかる点に留意する必要があります。
現時点では、本条約の加盟国は日本を含む12か国にとどまっているため、国際的な執行の容易性という観点で国際商事仲裁が選択されるケースが依然として多いものと考えられますが、日本による本条約の締結を機に、今後、本条約の加盟国が更に増加していった場合、国際商事調停の利用が更に活性化することも期待され、引き続き動向を注視する必要があるものと考えられます。

※2:国際商事仲裁については、外国仲裁判断の承認及び執行に関する条約(ニューヨーク条約)により、2023年現在、約170カ国で仲裁判断の執行が可能とされています。

4. ファイナンス:金融商品取引法等の一部を改正する法律の成立について

パートナー 牧田 奈緒

令和5年11月20日、第212回国会において「金融商品取引法等の一部を改正する法律」が成立しました(第212回国会における金融庁関連法律案 (fsa.go.jp))。本稿では全体の概要をご紹介します。なお、施行日は交付の日から起算して1年を超えない範囲内において政令で定める日とされていますが、下記(2)の四半期報告書の廃止等一部の規定は2024年4月1日から施行となります(同法附則第1条第3号)。

(1) 顧客本位の業務運営の確保・金融リテラシーの向上

まず、顧客本位の業務運営の確保のため、最終的な受益者たる金融サービスの顧客や年金加入者の最善の利益を勘案しつつ、誠実かつ公正に業務を遂行すべきである旨の義務が、金融事業者(金融商品取引業者、銀行、保険会社、資金移動業者、貸金業者、企業年金等)に対して幅広く法律上の義務として規定されました。かかる規定は、個々の業法等ではなく、「金融サービスの提供に関する法律」(名称が「金融サービスの提供及び利用環境の整備等に関する法律」に変更されます(以下「改正金サ法」といいます。)。)にて、広く金融事業者一般に共通する義務として定められ、金融商品取引法からは新設される規定と同趣旨の誠実公正義務に係る規定が削除されます。また、顧客属性に応じた説明義務を法定するとともに、デジタル化の進展等を踏まえ、顧客への情報提供に関し、顧客のデジタル・リテラシーを踏まえつつ、書面とデジタルのどちらで情報提供することも可能とする見直しもなされました。
さらに、金融リテラシーの向上のため、資産形成の支援に関する施策を総合的に推進するための「基本方針」が策定(閣議決定)され、利用者の立場に立って金融経済教育を広く提供する「金融経済教育推進機構」(認可法人)が創設されます(改正金サ法で規定)。

(2) 企業開示制度の見直し

次に、企業開示の効率化の観点から、上場企業の第1・第3四半期については、金融商品取引法上の四半期報告書が廃止され、取引所規則に基づく四半期決算短信に一本化されます。他方、法令上の開示情報としての重要性が増すことから、半期報告書については監査人によるレビューが必要・提出期限が決算後45日以内となるほか、半期報告書・臨時報告書の公衆縦覧期間が5年間に延長されました。これらについては上記のとおり2024年4月1日から施行されるため、多くの企業において対応に向けた準備が早急に必要になると考えられます。金融庁HPでは2023年12月8日付で関係政令・内閣府令案等が公表され、パブリックコメントの募集が開始されています(令和5年金融商品取引法等改正に係る政令・内閣府令案等の公表について:金融庁 (fsa.go.jp))。
なお、当面は四半期決算短信が一律義務付けられますが、今後、適時開示の充実の状況等を見ながら、任意化について継続的に検討することとされていることにも注意が必要です。

(3) その他のデジタル化の進展等に対応した顧客等の利便向上・保護に係る施策

その他、不動産特定共同事業契約に係るセキュリティトークンへの金融商品取引法のルールの適用、ソーシャルレンディングに係る運用報告に関する規定の整備等もされています(詳細は以下のClient Alert 2023年4月12日号で記載しています)。他にも、金融商品取引業者等のウェブサイトにおいて、営業所を表示する標識と同内容の情報公表を義務付ける規定の整備(改正金サ法)や、虚偽の財務書類の開示を行った企業に対する課徴金納付命令に係る審判手続のデジタル化に関する規定の整備等、デジタル化の進展に対応した各種規定の整備もなされています。

5. 不動産:抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前における、抵当権設定登記後に取得した賃貸人に対する債権と、差押え後の期間に対応する将来賃料債権とを直ちに相殺する合意の効力(最判令和5年11月27日)

パートナー 稗田 直己
アソシエイト 加藤 浩太

(1)はじめに

最高裁は、抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前に、賃貸人との間で、抵当権設定登記後に取得した賃貸人に対する債権と、当該差押え後の期間に対応する将来の賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をしたとしても、当該合意の効力を抵当権者に対抗することはできないと判断しました(最判令和5年11月27日(以下「本判決」)といいます)。
 ※裁判所ウェブサイト https://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/519/092519_hanrei.pdf

(2)事案の概要

2017年1月本件建物の所有者Aは、Yに対し、本件建物を賃貸した。
2017年9月Yは、Aに対する貸付債権990万円(以下「債権①」)を取得した。
2017年10月Xは、本件建物に、極度額を4億7400万円とする根抵当権の設定登記をした。
2017年11月Yは、Aに対する連帯保証債権4000万円(以下「債権②」)を取得した。
2019年1月YとAは、AのYに対する賃料債権(2019年4月分から2022年2月分の賃料)4980万円の期限の利益をYが放棄した上で、YのAに対する債権①・②の残額4980万円と対当額で相殺する旨の合意(以下「本件相殺合意」)をした。
2019年8月Xは、物上代位によりAのYに対する賃料債権4000万円(2019年9月分から2021年5月分の賃料)を差し押さえ、差押命令がYに送達された。

(3)判旨

Yは、Xによる差押前にしたY・A間の本件相殺合意の効力をXに対抗できるとして争いました。

本判決の原審(大阪高裁令和3年7月9日)は、以下の理由で、YはXに対し本件相殺合意の効力を対抗することができると判断しました。

  • 抵当不動産の賃借人が、抵当権者による物上代位権の行使としての差押えがされる前に、賃貸人に対する債権を自働債権とし、弁済期未到来の賃料債務について期限の利益を放棄して同債務に係る債権を受働債権とする相殺の意思表示をした場合には、相殺の効力を否定すべき理由はなく、その後に抵当権者が当該債権を差し押さえたとしても、差押えの効力が生ずる余地はない。このことは、合意による相殺をした場合であっても同様である。

これに対し、本判決は、以下の理由で、Xの根抵当権設定登記の後にYが取得した債権②について(※)、YはXに対し本件相殺合意の効力を対抗することはできないと判断しました。

  • 抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権の差押えをする前においては、原則として、賃貸人に対する債権を自働債権とし、賃料債権を受働債権とする相殺をもって抵当権者に対抗することができる。
  • もっとも、物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは抵当権設定登記によって公示されているとみることができることからすれば、物上代位権の行使として賃料債権の差押えがされた後においては、抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権(以下「登記後取得債権」という。)を上記差押えがされた後の期間に対応する賃料債権(以下「将来賃料債権」という。)と相殺することに対する賃借人の期待が抵当権の効力に優先して保護されるべきであるということはできず、賃借人は、登記後取得債権を自働債権とし、将来賃料債権を受働債権とする相殺をもって、抵当権者に対抗することはできないというべきである。このことは、賃借人が、賃貸人との間で、賃借人が登記後取得債権と将来賃料債権とを相殺適状になる都度対当額で相殺する旨をあらかじめ合意していた場合についても、同様である(最高裁平成13年3月13日第三小法廷判決参照)。
  • 賃借人が、上記差押えがされる前に、賃貸人との間で、登記後取得債権と将来賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をした場合であっても、物上代位により抵当権の効力が将来賃料債権に及ぶことが抵当権設定登記によって公示されており、これを登記後取得債権と相殺することに対する賃借人の期待を抵当権の効力に優先させて保護すべきといえないことは、上記にみたところと異なるものではない。そうすると、上記合意は、将来賃料債権について対象債権として相殺することができる状態を作出した上でこれを上記差押え前に相殺することとしたものにすぎないというべきであって、その効力を抵当権の効力に優先させることは、抵当権者の利益を不当に害するものであり、相当でないというべきである。
  • したがって、抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前に、賃貸人との間で、登記後取得債権と将来賃料債権とを直ちに対当額で相殺する旨の合意をしたとしても、当該合意の効力を抵当権者に対抗することはできないと解するのが相当である。

※Xの根抵当権設定登記の前にYが取得した債権①については、本件相殺合意により、Xによる差押命令の送達前の期間の賃料債権(2019年4月分から同年8月分)が充当されてその全部が消滅したと判断されています。

6. 事業継承/株主権:近時の株主提案の動向

パートナー 東山 敏丈
パートナー 藤井 雅樹
パートナー 山内 大将
アソシエイト 松尾 茂慶

近年、株主総会において株主提案がなされるケースが増加しています。本稿では、近時の株主提案の傾向を紹介するとともに、今後の展望について紹介します。

(1) 近時の株主提案の傾向

2022年7月から2023年6月までに開催された株主総会(臨時株主総会を含みます。)において、株主提案権が行使された会社は113社にのぼり、過去最多を更新しました。このうち、半数以上がいわゆるアクティビストと呼ばれる投資ファンド等からの株主提案となっており、アクティビストを中心に問題意識の高まりがうかがえます。
そのような中で、近時の傾向として注目される株主提案としては、①気候変動に関する提案、②PBR1倍以下に関する提案が挙げられます。

①については、近年の機関投資家における気候変動対応に対する問題意識の高まり、及び議決権行使助言会社が気候変動に係る助言基準を導入したことを受け、機関投資家や環境NGOを中心とする、気候変動関連の開示を求める定款変更議案としての株主提案が増加傾向にあります。
②については、2023年3月31日、東京証券取引所が「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」と題する資料を公表し、資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応が求められるようになったことを受け、PBRの観点からの株主提案が増加傾向にあります。

(2) 2024年株主総会の展望

以上で述べた傾向は、今後も継続し、その勢いは加速していくと思われます。
また、2023年8月31日に経済産業省が「企業買収における行動指針」を策定・公表しました。機関投資家の多くは平時導入型買収防衛策に反対の姿勢であり、これを受け平時導入型買収防衛策を廃止する企業が年々増加していることから、今後は同指針を踏まえ買収防衛策の在り方について株主の関心がより高まることが予想されます。
そのほか、議決権行使助言会社の助言基準及び機関投資家の議決権行使基準は厳格化の傾向にあり、また、機関投資家による株主提案への賛成比率も昨年期よりも上昇しています。そのため、今後株主提案の数が増加していく中で、中長期的な企業価値の向上に資する内容の株主提案に対しては、機関投資家をはじめとしてより多くの株主の賛同が得られるようになっていくものと思われます。

(3) 最後に

以上のとおり、株主提案の数は今後増え続けることが予想されます。企業としては、上記で紹介した近時の株主提案の傾向を踏まえ、議決権行使助言会社の助言方針や機関投資家の議決権行使の動向も注視しつつ、平時から準備しておくことが重要になります。また、平時から、機関投資家との建設的な対話を深めておくことも重要であると考えられます。

7. 危機管理/不祥事対応:「未成年者に対する性加害問題に関わる標準ガバナンスコード」(令和5年10月策定)について

パートナー 渡邉 弘志
パートナー 大澤 貴史
アソシエイト 厚ヶ瀬宏樹

(1)はじめに

日本取締役協会のリスク・ガバナンス委員会は、令和5年10月12日、企業が未成年者に対する性加害に加担しないためのガバナンスコード(未成年者に対する性加害問題に関わる標準ガバナンスコード(以下「本コード」といいます。))を公表しました。本コードは、未成年者に対する性加害に直接的又は間接的に関わった企業がどのような行動を取るべきかを明らかにしようとするものです。

(2)「未成年者に対する性加害問題に関わる標準ガバナンスコード」の概要

本コードは、5つの基本原則を掲げ、未成年者の人権を尊重する企業の責任と確立すべき方針およびプロセスの明確化を求めます。例えば、企業が、サプライチェーン上の取引先において引き起こされた人権への負の影響について、これを助長したことが明らかになった場合、その是正措置に協力し、たとえば通報対応システム等を確立して、救済の実施に協力すべきであるとしています。
本コードは、基本的には国連の「ビジネスと人権に関する指導原則」等の内容を踏襲するものですが、近時のいわゆる旧ジャニーズ事務所事件を背景に、未成年者への性加害は「魂の殺人」とも呼ばれるものであり、最優先の対処が求められる人権侵害類型であると指摘している点(指導原則24参照)や、未成年者の人権侵害、とりわけ性加害といった極めて深刻な人権侵害に対しては、積極的な調査を怠るという不作為が民事責任上の過失を基礎づけることもあり得ると指摘している点が注目されます。

(3)企業が人権問題に直面した場合の対応

企業は、①自らの活動により未成年者の人権に負の影響を引き起こしたり、助長した場合には、これに対処する必要があることはもちろん、②①の場合にあたらなくとも、自社が直接的に関わる未成年者の人権に対する負の影響を防止または軽減する必要があります(本コード基本原則2、指導原則13)。未成年者に対する性加害問題に即して言えば、未成年者に対する性加害を直接惹起している企業のみならず、当該企業の商材を起用したり、当該企業の活動を支援する取引先企業も、未成年者の人権への負の影響について上記責務を負うべき場合があります。また、取引先企業は、単に問題を引き起こした企業との取引を停止して事足れりとするのでなく、人権への負の影響を防止・軽減する影響力を行使すべきであり、取引停止は最後の手段と考えるべきです。
企業においては、自社において未成年者に対する人権侵害が引き起された場合だけでなく、サプライチェーン上の取引先においてかかる人権侵害が引き起こされたことについて、これを助長し、又は直接的に関わった場合には、本コードを参照しつつ、本コードに関連する国内外の基準(「ビジネスと人権に関する指導原則」、「責任ある企業行動のためのOECDデュー・ディリジェンス・ガイダンス」、「責任あるサプライチェーン等における人権尊重のためのガイドライン」等)をも踏まえて、具体的な対応方法を検討することが求められます。当事務所においても以下の関連するニューズレターを発行しておりますので、ご参照下さい。

8. 独占禁止法:生成AIと独禁法・競争法

パートナー 渡邉 弘志
パートナー 東道 雅彦
パートナー 川村 宜志
アソシエイト 池田 侑希

デジタル経済の発展に伴い、ブロックチェーン、メタバース等の新技術が登場しています。そのなかでも、AI、特に生成AI(※)は、人々や事業者に便益をもたらしたり、生産性や成長率を向上させたりする可能性があるとされる一方で、透明性、偽情報、知的財産権、プライバシー、個人情報保護などの様々な問題とともに、競争上の懸念も指摘されています。

※生成AIは、質問・作業指示(プロンプト入力)等に応えて文章・画像等の様々なコンテンツを生成するAIであり、ベースとなる膨大なデータを基に学習(事前学習)を行ったモデル(基盤モデル)に、比較的少量のデータによる学習(ファインチューニング)を行うことで開発されます。

このような中、公正取引委員会は、令和5年11月8日、デジタル分野について競争的な市場と効果的な競争法執行を促進するための国際的な努力が円滑になされるようにするためとして、内閣官房デジタル市場競争本部事務局と連携して、競争当局(エンフォーサー)と政策立案者(ポリシーメイカー)による「G7エンフォーサーズ及びポリシーメイカーズサミット」を開催しました。また、翌9日には、そのサイドイベントとして国際シンポジウム(タイトル「変化する社会経済におけるG7競争当局の役割」)を開催しました。
当該サミットにおいては、デジタル企業による排他的又は搾取的行為、既存の事業者の地位を固めたり維持したりする参入障壁、キラーアクイジション等の懸念に対処するために、デジタル市場に競争法や規制手段を適用することが確認されるなどしました。また、当該シンポジウムにおいては、生成AIにかかる主な競争政策上の論点として以下の点が検討されるなどしました。

アクセス

  • 既にデータセットへの広範なアクセスが可能な事業者が、強固な競争優位性を確立する可能性があるか。
  • 新規参入者にとって、当該データセットへのアクセスの困難性が参入障壁になる可能性があるか。

自社優遇

  • 基盤モデルの提供事業者が、自社が提供する商品やサービスが有利に出現するように当該基盤モデルを開発する可能性があるか。
  • 基盤モデルを利用したサービスを提供している事業者が、自社商品やサービスを優遇する取扱いをする可能性があるか。

抱き合わせ、囲い込み

  • あるレイヤーにおける有力な事業者が、他のレイヤーにおいて自社が提供するサービスを抱き合わせて提供することにより、当該他のレイヤーにおける競争が阻害される可能性があるか。
  • 技術若しくは保有データの取込み又は高度なスキルを持つ専門人材の囲い込みを企図する企業結合や提携等が行われる可能性があるか。

クリエイティブなデータによる学習

  • クリエイティブなデータで学習された生成AIは、潜在的に、クリエイティブをビジネスとする事業者と競争関係にあるか。
  • 生成AIが強固な競争優位性を確立し、当該事業者による競争の機会が失われる可能性があるか。

我が国において生成AIの開発・利用は黎明期にあるものの、急速に圧倒的な市場支配的地位が確立される可能性があることから、直ちに競争法の適用・執行が行われるわけではないとしても、生成AIの在り方を完全に自由市場に委ねることは競争政策上適切ではないと考えられることから、ガイドライン等を制定し、その実効性の確保することが重要と考えられています。
上記サミットにおいて採択された「G7エンフォーサーズ及びポリシーメイカーズサミットデジタル競争コミュニケ(仮訳)」においても「企業がAIを活用し商用化しているところ、G7競争当局及びポリシーメイカーは、既存の競争法がAIの開発、関連商品及びその活用について適用されることを言明する。我々当局は、AIを通じて引き起こされる競争上の弊害に対処する権限を有し、AIに焦点を当てた新たな法律及び政策により補完されることもあり得る」としており、既存の競争法の適用の他新たな法律や政策を打ち出す可能性を示唆しています。
デジタル経済における生成AIの重要性に鑑みれば、公正取引委員会や他の競争当局の生成AIに対する今後の動向が注目されます。

9. 環境法:国内外で相次ぐESG規制の施行

パートナー 猿倉 健司
アソシエイト 上田 朱音
アソシエイト 加藤 浩太

(1) EU「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)

EUが制定した「企業サステナビリティ報告指令(CSRD)」が、2023年1月より発効しています。企業サステナビリティ報告指令(CSRD)とは、概要、対象企業に対してサステナビリティ情報の開示等を求めるものです。
対象となる企業は、段階的に拡大され、最終的にはEUの域外適用となる企業を含めて約5万社になると見込まれています。具体的には、①2024年会計年度からNFRDの対象企業、②2025年会計年度からNFRD適用外の大規模企業、③2026年企業会計年度からEU域内で上場する中小企業等、④2028年会計年度から一定の要件を満たすEU域外企業へと順次適用範囲が拡大されていく予定となっています。④の対象となるEU域外企業とは、EU域内の連結売上高が2会計年度連続して1億5000万ユーロを超え、かつEU域内における子会社が大規模企業若しくは上場企業に該当すること、又はEUにおける支店のEU域内の直近会計年度における売上高が4000万ユーロを超える企業をいいます。
CSRDにおいて開示が求められる事項は、「欧州サステナビリティ報告基準(ESRS)」によって別途定められることとされており(CSRD1条(8))、環境、社会、ガバナンスといったトピックについて、ビジネスモデル・戦略、指標・目標、ガバナンス、リスク管理、デューデリジェンス等があげられています。また、環境に関する事項ついては、気候変動への適応、資源利用・サーキュラーエコノミー、汚染等について開示することとされています。

(2) EU「企業サステナビリティデューデリジェンス指令(CSDDD)案」

また、EUでは「企業サステナビリティデューデリジェンス指令(CSDDD)案」が検討されています。具体的には、人権や環境に関するリスクを特定して是正するデューデリジェンスを企業に義務付けるものであり、方針の策定や負の影響の特定と防止・軽減、「苦情処理メカニズム」の構築等のデューデリジェンスのプロセスを詳細に規定した内容となっています。欧州議会及び理事会は、2023年12月14日、CSDDDの内容について暫定合意に至ったことを公表しています。

(3) 日本における環境DD・開示

上記はいずれも、EU域内の企業だけでなくEU域内の売上高が一定規模以上の域外企業も対象になることから、日本企業も対応が必要となる場合があります。また、日本企業自体が対象企業に該当しない場合であっても、取引先が対象企業である場合には、上記各事項の取り組み状況等の確認を求められることがあり得ます。
サステナビリティ開示をはじめとするESG規制については、近年国内外において様々な発効・改正が相次いでいることから、注意が必要です。特に海外の規制にあたっては、海外の法律事務所と提携している法律事務所に、適宜規制内容・対応のアップデートを依頼することも考えられます。
なお、日本においても、①有価証券報告書におけるサステナビリティ開示の充実を求める開示府令等の改正、②金融庁の金融審議会ディスクロージャーワーキング・グループが日本におけるサステナビリティ開示基準の策定に関する報告書を発表する、等の動向がみられます。

(参考資料)

10. 労働法:フリーランス保護法の「就業環境の整備に関する規制」について

パートナー 山中 力介
パートナー 猿倉 健司
スペシャル・カウンセル 柳田  忍

(1) はじめに

令和5年5月12日、「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律」(以下「フリーランス保護法」といいます。)が公布され、遅くとも、令和6年11月までに施行される予定です。
フリーランス保護法は、下請法類似の「取引の適正化に関する規制」と労働法類似の「就業環境の整備に関する規制」を設けていますが、本稿においては「就業環境の整備に関する規制」について説明します(フリーランス保護法の全体像等については当事務所の Client Alert 2023年8月15日号の「8. 独占禁止法:『特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律』の制定」をご参照ください。)。

(2) 募集情報の的確表示義務(12条)

発注事業者は、広告等によりフリーランスの募集に関する情報を提供するときは、虚偽の表示または誤解を生じさせる表示をしてはならず、また、その内容を正確で最新の内容に保たなければなりません。
公正取引委員会及び厚生労働省が発表した「特定受託事業者に係る取引の適正化等に関する法律(フリーランス・事業者間取引適正化等法)Q&A」(以下「Q&A」といいます。)の問6は、この規定に違反することになる表示の例として「意図的に実際の報酬額よりも高い額を表示する」こと等を挙げています。

(3) 育児介護等と業務の両立に対する配慮義務(13条)

発注事業者は、一定期間以上の期間行う業務委託(継続的業務委託)の相手方であるフリーランスからの申出に応じて、当該フリーランス(法人である場合はその代表者)が妊娠、出産もしくは育児または介護と両立して当該業務に従事することができるよう、必要な配慮を行うことが義務づけられています(継続的業務委託以外の業務委託の場合は配慮の努力義務)。「継続的業務委託」に該当する契約期間は追って政令により定められることになっています。

(4) ハラスメント対策に係る体制整備義務(14条)

発注事業者は、フリーランス(法人である場合はその代表者)に対するハラスメント行為により、その就業環境を害すること等が生じないよう、相談対応のための体制整備その他の必要な措置を講じなければならず、また、発注事業者は、フリーランスが当該相談を行ったこと等を理由として、その者に対し、契約の解除その他不利益な取扱いをしてはならないとされています。
これらは、発注事業者が、別に雇用主として労働関係法令(男女雇用機会均等法等)に基づき講じることとされている従業員のハラスメント対策と同様の内容であり、したがって、労働関係法令に基づき整備した既存の社内の相談体制やツール等を活用することが可能です(Q&Aの問8)。

(5) 中途解除等の事前予告義務(16条)

発注事業者は、継続的業務委託に係る契約の解除(更新拒絶を含みます)をしようとする場合には、災害その他やむを得ない事由により予告することが困難な場合を除き、相手方であるフリーランスに対し、少なくとも30日前までに、その予告をしなければならないとされています。また、フリーランスが、予告の日から契約満了までの間に解除の理由の開示を請求した場合、発注事業者はこれに応じなければなりません。

(6) フリーランス・トラブル110番

フリーランス・トラブル110番は、2020年11月に設置されたフリーランスが弁護士に無料かつワンストップでアドバイスや和解あっせん手続のサポートなどを受けることができる相談窓口で、第二東京弁護士会が厚生労働省から受託して運営しています。本法施行後、法に関する相談の他、違反行為に関する所管省庁への申告についての案内を受けることもできますので、同制度を通じたフリーランスの発注事業者に対するアクションが増加することが予想されます。
したがって、フリーランスに業務を委託する事業者においては、上記義務を履行できるよう社内体制を整備したり業務委託契約書ひな形を見直したりするなどの準備を行う必要があります。

11. 税務:被相続人が経営していた業績が悪化した会社に対する貸付金の相続税評価

オブ・カウンセル 荒関 哲也

(1) はじめに

相続した財産の中に、被相続人が経営していた業績の悪化している会社に対する貸付金が含まれ、その全額の返済の可能性が低いにもかかわらず、額面どおりの評価で相続税が課されることを不服として争い、結局、納税者が敗訴した最近のケースを紹介します(東京地方裁判所令和5年8月31日判決(週刊税務通信3779号10頁))。

(2) 事案の概要

原告が亡兄(被相続人)から相続した財産の中には、被相続人やその親族が全株式を保有する同族会社であるA社に対する額面約6,000万円の貸付金債権が含まれていました。相続開始後、原告は、A社の解散及び清算にあわせて、本件相続で取得したA社に対する本件貸付金債権約6,000万円の債権につき、約1,400万円の返済を受けました。そのうえで、原告は、本件貸付金債権の評価額を実際に返済を受けた約1,400万円として相続税の申告をしましたが、処分行政庁は、本件貸付金債権を額面どおり約6,000万円と評価すべきとし、相続税の更正処分等を行いました。

(3) 裁判所の判断

東京地裁は、貸付金の価額を元本の金額と既経過利息との合計額で評価すると定めた財産評価基本通達204の例外として定められた財産評価基本通達205について、「その回収が不可能又は著しく困難であると見込まれるとき」とは、債務者が手形交換所で取引停止処分を受けたとき等同通達(1)ないし(3)の事由と同程度に、債務者が経済的に破綻していることが客観的に明白であり、そのため、債権の回収の見込みがないか、又は著しく困難であると確実に認められるときをいうとの解釈を示しました。

そのうえで、東京地裁は、①A社は継続して債務超過の状況にあったものの、相続開始時点の債権者は全て原告であったので、直ちに返済を要するものでないことは明らかであること、②A社には不動産賃貸による賃料収入が継続的にあり、相続開始時点でも営業を継続していたこと、③A社は被相続人の死亡によって事業の継続が困難になったということはできず、将来にわたっての本件貸付金債権の返済は可能であったと解されることから、A社が経済的に破綻していることが客観的に明白で、本件貸付金債権の回収の見込みがないか又は著しく困難であると確実に認められるものであったとはいえないとして、本件貸付金債権は、財産評価基本通達204により、相続開始日における元本価額約6,000万円と評価すべきものとしました。

(4) ポイント

この裁判例を踏まえますと、法的整理などがなく、単に業績が悪化し債務超過の状態にある等の事情だけでは、会社に対する貸付金債権につき、額面額を下回る相続税評価が認められることは困難であると思われます。被相続人に本件のような貸付金債権がある場合には、生前に対策を講ずることが肝要と思われます。

12. 事業再生/倒産:「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」の改定

パートナー 東山 敏丈
パートナー 川村 宜志
パートナー 猿倉 健司
アソシエイト 甲斐 成輝

(1) はじめに

令和5年11月22日に、「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」(以下「本基本的考え方」(注1)といいます。)が改定されました。本基本的考え方は、中小企業の廃業時に焦点を当て、中小企業の経営規律の確保に配慮しつつ、「経営者保証に関するガイドライン」(以下「本ガイドライン」といいます。)の趣旨を明確化したものとして令和4年3月に取りまとめられたものです(「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」の公表にかかる中小企業庁のHPをご参照)。
今般の本基本的考え方の改定は、企業経営者に退出希望がある場合の早期相談の重要性について、より一層の周知を行っていくという観点から、廃業手続に早期に着手することが、保証人の残存資産の増加に資する可能性があることについて明確化することを趣旨としています(「廃業時における『経営者保証に関するガイドライン』の基本的考え方」にかかる中小企業庁のHPご参照)。

注1:改定箇所を明示するバージョンも公表されております(リンク)。

(2) 改定の経緯

令和4年3月に本基本的考え方が公表されて以降、主たる債務者が廃業したとしても保証人は破産手続を回避し得ることが周知され、取組みが進んでいる中で、以下を受け、企業経営者に退出希望がある場合の早期相談の重要性について、主たる債務者、保証人、対象債権者及び保証債務の整理に携わる支援専門家に対し、より一層の周知を行うべく、本基本的考え方を改定するに至ったとのことです(本基本的考え方3頁及び4頁)。

  1. 「経済財政運営と改革の基本方針2023」(令和5年6月16日閣議決定)及び「新しい資本主義のグランドデザイン及び実行計画2023改訂版」(令和5年6月16日閣議決定)において、企業経営者に退出希望がある場合の早期相談体制の構築など、退出の円滑化を図る旨が明記され、企業経営者に対し、早期相談の重要性について周知徹底を行うこととされたこと。
  2. 本ガイドラインにおいて、主たる債務者が廃業する場合において、廃業手続に早期に着手したことによる保有資産等の劣化防止に伴う回収見込額の増加額について合理的に見積もりが可能なときは、当該回収見込額の増加額を上限として、事業清算後の新たな事業の開始等のため、一定期間の生計費に相当する額や華美でない自宅等も保証人の残存資産に含まれる可能性があるとされていること。

(3) 改定内容

本基本的考え方の改定では、主たる債務者、保証人、対象債権者及び保証債務の整理に携わる支援専門家に対し、それぞれ以下のような対応を行うことを求める内容が追加されました。

ア 主たる債務者及び保証人について(本基本的考え方6頁及び7頁)
廃業手続に早期に着手したことによる保有資産等の減少・劣化防止に伴う回収見込額の増加額について、合理的に見積もりが可能な場合は、当該回収見込額の増加額を上限として、事業清算後の新たな事業の開始等のため、一定期間の生計費に相当する額や華美でない自宅等も保証人の残存資産に含まれる可能性があることも踏まえ、廃業の検討を行うこと。

イ 対象債権者(注1)について(本基本的考え方5頁及び6頁)
廃業手続に早期に着手したことが、保有資産等の減少・劣化防止に資する可能性があることなども十分斟酌し、本ガイドラインに基づく保証債務の整理に誠実に対応すること、及び、破産手続における自由財産の考え方を踏まえつつ、事業清算後の新たな事業の開始等のため、一定期間の生計費に相当する額や華美でない自宅等を、当該保証人の残存資産に含めることを検討するなどして保証債務の履行請求額を判断すること。

ウ 保証債務の整理に携わる支援専門家について(本基本的考え方7頁及び8頁)
債務整理の方法、特に保証債務の整理の可能性を検討する際に、廃業手続に早期に着手したことによる保有資産等の減少・劣化防止に伴う回収見込額の増加額について合理的に見積もりが可能な場合は、当該回収見込額の増加額を上限として、事業清算後の新たな事業の開始等のため、一定期間の生計費に相当する額や華美でない自宅等も保証人の残存資産に含まれる可能性があることにも配慮すること。

注2:対象債権者とは本ガイドライン3頁において、「中小企業に対する金融債権を有する金融機関等であって、現に経営者に対して保証債権を有するもの、あるいは、将来これを有する可能性のあるもの、または、主たる債務の整理局面において保証債務の整理を行う場合においては、成立した弁済計画により権利を変更されることが予定されている保証債権の債権者」と定義されております。

(4) おわりに

本基本的な考え方が上記のように改定されたことにより、廃業手続に早期に着手したこと、及びそれによる保有資産等の減少・劣化防止に伴う回収見込額の増加を考慮して、廃業の検討、保証債務の整理への対応、債務整理の方法の検討等を行うことが求められるようになりました。本基本的考え方には法的拘束力はありませんが、上記関係各当事者がこれを自主的に尊重・遵守することが期待されているため、今般の本基本的な考え方の改定は、実務においても重要な意義を持つものと思われます。

13. IT/個人情報/知的財産:個人情報の保護に関する法律施行規則の一部を改正する規則案等、雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項、広島AIプロセスの検討状況、新AI事業者ガイドライン スケルトン(案)の公表、AI 時代における知的財産権に関するパブリックコメントの実施等

シニアアソシエイト 坂本慎之介
シニアアソシエイト 殿井 健幸

(1) 【国内】個人情報の保護に関する法律施行規則の一部を改正する規則案等

2023年9月13日、個人情報保護委員会は、第23回委員会にて、個人情報の保護に関する法律施行規則の一部を改正する規則案及び個人情報の保護に関する法律についてのガイドライン(通則編)の一部を改正する告示案等を公表しました。
本改正は、個人情報保護法第26条に規定する漏えい等の報告等の対象の一類型である、「不正の目的をもって行われたおそれがある」「個人データ」「の漏えい等」(個人情報保護法施行規則第7条第3号)につき、不正行為の相手方(当該個人情報取扱事業者及び委託先等)及び漏えい等の対象を「個人データ」のみならず「取得しようとしている個人情報」に拡張するものです。また、改正ガイドラインにおいては、個人情報保護法23条の安全管理措置に「個人情報取扱事業者が取得し、又は取得しようとしている個人情報であって、当該個人情報取扱事業者が個人データとして取り扱うことを予定しているものの漏えい等を防止するために必要かつ適切な措置」が含まれることも明記されています。
本改正は2024年(令和6年)4月1日に施行されるため、それまでに情報セキュリティ規程などの見直しが必要になると思われます。

ニューズレター

セミナー

(2) 【国内】雇用管理分野における個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項

2023年10月、個人情報保護委員会、厚生労働省労働基準局は、「雇用管理分野における個人情報を取り扱うに当たっての留意事項」の一部改正案を公表しました。本事項は、雇用管理分野における労働安全衛生法等に基づき実施した健康診断の結果等の健康情報につき、個人情報保護法通則ガイドラインに定める措置の実施に当たり、事業者において適切に取り扱われるよう特に留意すべき事項を定めるものです。
本事項は、平成29年5月の改正を最後に改正が滞っていましたが、この度、近年の個人情報保護法改正を反映した内容に改正されています。具体的には、健康情報と個人情報保護法上の「要配慮個人情報」との関係がより具体的に規定され(第2の柱書、第3の1(1)など)たほか、要配慮個人情報に当たらない健康情報については、取得に先立つ本人の同意が不要であることが明記されました(第3の3(1))。また、平成31年4月1日施行の労働安全衛生法改正で新設された同法104条(心身の状態に関する情報の取扱い)に関する事項(第3の1(2))や、個人情報保護法第26条に規定する漏えい等の報告等に関する事項(第3の6)等が新たに追加されています。

(3) 【国内】広島AIプロセスの検討状況

AIに関する国際的な議論の大きな動きとして、2023年5月19日から21日にかけて開催されたG7広島サミットにおいて、生成AIに関する国際的な議論のため「広島AIプロセス」を創設することとされ、同年10月30日、「広島AIプロセスに関するG7首脳声明」が発出されるとともに、「高度なAIシステムを開発する組織向けの広島プロセス国際指針」及び「高度なAIシステムを開発する組織向けの広島プロセス国際行動規範」が公表されました。年内には、閣僚級会合でAI開発者を含むすべてのAI関係者向けの国際指針等を内容とする広島AIプロセス包括的政策枠組みの合意がなされる予定です。
2023年11月28日には、広島AIプロセスを保管するものとして、セキュアAIシステム開発ガイドラインが作成され、内閣府科学技術・イノベーション推進事務局及び内閣サイバーセキュリティセンターが共同署名に加わり、公表されました。

(4) 【国内】新AI事業者ガイドライン スケルトン(案)の公表

2023年9月8日開催の内閣府AI戦略会議第5回資料として「新AI事業者ガイドライン スケルトン(案)」が公表されました。本ガイドラインは、生成AIの普及を踏まえ、総務省や経済産業省がそれぞれ作成した既存の複数のガイドラインを、事業者向けに統一的で分かりやすい形となるよう見直し、統合するものです。
本スケルトン(案)は、新AI事業者ガイドラインに関する議論・検討過程の透明性を高めるために、本スケルトン(案)の公開時点において議論・検討中であるガイドラインの項目立て及び記載内容案の概要を示すものとなっています。開発・運用・利用を行う各事業者向けの項目が設けられており、別紙として契約上の留意事項、チェックリストが設けられる構成が想定されています。

(5) 【国内】AI 時代における知的財産権に関するパブリックコメントの実施等

内閣府知的財産戦略推進事務局は、10月5日から11月5日までを募集期間として、「AI時代の知的財産権検討会」(「本検討会」)での検討課題に関して意見募集を実施しました。

本検討会において検討すべき課題について」によりますと、本検討会での検討課題は、大きく、生成AIと知財をめぐる懸念・リスク対応等について(検討課題I)及びAI技術の進展を踏まえた発明の保護の在り方について(検討課題II)とされております。本検討会における議論は、今後の知的財産法における立法や解釈にも影響を与えることとなると思われますので、意見募集の結果及びこれを踏まえた議論の動向には注視が必要です。
また、2023年11月20日開催の文化庁文化審議会著作権分科会法制度小委員会の令和5年第4回資料として、「AIと著作権に関する考え方(骨子案)」が公表されました。こちらについては、2024年1月中旬頃にかけて「AI と著作権に関する考え方について(案)」が作成され、同年2月上旬にかけて意見募集がされる予定です。こちらについても、今後の著作権に関する立法や解釈に影響するものと考えられますので、注視が必要です。

14. 国際業務:EU AI規制法に関する暫定的な政治的合意

パートナー 辻 晃平
アソシエイト 中井 杏

2023年12月8日、欧州議会、欧州理事会、欧州委員会の代表者による三者会合において、EU AI規制法に関する暫定的な政治的合意が成立しました。EU AI規制法は、2021年4月に欧州委員会が法案を発表し、2023年6月に欧州議会がこれを(修正のうえ)採択しましたが、同法は、成立すれば世界初となるAIの包括的な規制法であり、また、EUにおいてAIシステム又はそのアウトプットを提供する者に対して域外適用されることから、世界的にその動向が注目されていました。EU AI規制法は、AIを一律に規制することはせずに、もたらすリスクの大小に応じてAIを①禁止されるAI、②ハイリスクAI、③限定リスクAI、④最小リスクAIの4種類に分類したうえで、分類に応じた規制を課すこととしています。今回合意された法文案は公開されていませんが、欧州議会のプレスリリースによれば、概要以下の点について合意したとされています。

(1) 禁止されるAI利用

以下のAI利用を禁止する。

  • センシティブな特性(政治的、宗教的、哲学的信条、性的指向、人種など)を利用したバイオメトリクス分類システム
  • 顔認識データベースを作成するために行う、インターネットや防犯カメラ映像からの顔画像の無作為なスクレイピング
  • 職場及び教育機関における感情認識
  • 社会的行動や個人的特徴に基づくソーシャルスコアリング
  • 人間の自由意志を回避するために人間の行動を操作するAIシステム
  • 人の脆弱性(年齢、障がい、社会的・経済的状況による)を利用するために使用されるAI

(2) 法執行目的でのAI利用に関する適用除外

法の執行を目的とした、公にアクセス可能な場所での遠隔生体識別システム(RBI)の利用は、事前の司法当局の許可を得て、以下の条件でのみ認められる。

  • 事後のRBI利用は、重大犯罪について有罪判決を受けた又はその嫌疑のある人物を対象として、厳格な条件の下で行う。
  • リアルタイムのRBI利用は、以下の目的のために、厳格な条件の下で、限定された時間と場所で行う。
    – (誘拐、人身売買、性的搾取の)被害者に標的を絞った捜索
    – 特定かつ現在のテロ脅威の防止
    – 規則で定める特定の犯罪(テロ、人身売買、性的搾取、殺人、誘拐、強 姦、武装強盗、犯罪組織への参加、環境犯罪など)の嫌疑のある人物の所在確認や身元確認

(3) ハイリスクAIに関する義務

(健康、安全、基本的権利、環境、民主主義、法の支配に重大な害を及ぼす可能性があるがゆえに)ハイリスクに分類されるAIシステムについて、基本的人権への影響評価を含む明確な義務を課す。市民は、AIシステムに関して苦情を申し立てる権利や、AIシステムに基づく決定のうち市民の権利に影響を与えるものについて説明を受ける権利を有する。

(4) 汎用AIシステムの規制

汎用AI(GPAI)システムおよびそのベースとなるGPAIモデルは、透明性要件を遵守(技術文書の作成、EU著作権法の遵守、AIの訓練に使用されたコンテンツに関する詳細な要約の公表等)しなければならない。特に、システミックリスクを伴う影響力の大きいGPAIモデルについては、モデル評価の実施、システミックリスクの評価と軽減、敵対的テストの実施、重大インシデントに関する欧州委員会への報告、サイバーセキュリティの確保、エネルギー効率の報告等のより厳しい義務が課される。

(5) イノベーション及び中小企業の支援

企業(特に中小企業)が、巨大企業から不当な圧力を受けることなくAIソリューションを開発できることを目的として、国家当局による規制のサンドボックスとリアルワールドテストを促進し、革新的なAIを市場投入前に開発・訓練する。

(6) 制裁

本法に違反した場合、違反内容と企業規模に応じて、3,500万ユーロまたは世界売上高の7%から750万ユーロまたは世界売上高の1.5%までのレンジで罰金が科せられる可能性がある。

今回合意に至った法案がEU法となるためには、欧州議会及び欧州理事会の双方で正式に採択される必要がありますが、早ければ年内に法案が成立し、2026年に施行される見通しであるとされています。前述のとおり、EU AI規制法には域外適用の規定もあることから、今後の動向を注視する必要があります。

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